第十八話:沈黙の決壊、あるいは命の共鳴
1. 最後の一撃
「公爵閣下、お引き取りを! 副団長にこれ以上の無理を強いるなら、我らも黙ってはおりません!」
混迷を極める廊下に、鋭い叫びが響いた。
現れたのは、公爵家直属の騎士たちではない。王宮騎士団の中でも、アルフレートを心から慕う彼自身の部下たちだった。
サーラが秘密裏に送った急報を受け、彼らは主君の危急に駆けつけたのだ。
「反逆か! 貴様ら、自分の立場を分かっているのか!」
公爵の怒声が飛ぶが、副団長の部下たちは一歩も引かない。
「立場など知ったことか! 我らが忠誠を誓ったのは、国でも家でもない、アルフレート様お一人だ!」
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。その混乱の隙を突き、サーラが私の手を引いた。
「お嬢様、今です! アルフレート様を……あの方を止めてください!」
私は、魔力の嵐の中心にいる彼へと駆け寄った。
2. 沈黙の破滅
離宮の廊下で、黄金の魔力が吹き荒れる。
私はアルフレートの名前を呼び、彼を抱きしめた。
「……アル、フレート……。愛して、いるわ」
呪いの鎖が千切れる音が、魂の奥底で響く。
魔導書に記されていた通り、私の「愛情」が、アルフレートを縛っていた「沈黙の契約」を内側から食い破っていく。
アルフレートの青い瞳が、驚愕に揺れた。
彼は吐血し、私の腕の中で崩れ落ちそうになりながらも、信じられないものを見るように私を見つめている。
「……なぜ……。なぜ、お前が……それを……」
彼の声が、聞こえた。
呪いによって封じられていたはずの、彼の本当の声。
それは一周目の最期に聞いた冷徹な響きではなく、震えるほどに繊細で、情愛に満ちた掠れ声だった。
3.公爵の敗北
「な……なんだ、この光は……!?」
公爵と騎士たちが、黄金の奔流に圧されて後退する。
アルフレートから溢れ出す力は、もはや一人の人間が制御できる域を超えていた。だが、それは破壊の力ではなく、すべてを拒絶し、二人だけの世界を護るための絶対的な「障壁」だった。
「……下がるのだ、父上。……私はもう、貴方の駒ではない」
アルフレート様は、私の肩を抱き寄せたまま、公爵を真っ直ぐに見据えた。
彼の身体を蝕んでいた黒い死の気配が、私の告白と接触によって、少しずつ霧散していく。
完全な解除ではない。けれど、「命日までのカウントダウン」を一時的に停止させるほどの、奇跡の共鳴が起きていた。
公爵は、息子から放たれる圧倒的な魔力と、その腕の中で「死人」の面影を捨てて輝くエルシアの姿に、初めて気圧されたように唇を噛んだ。
「……狂ったか、アルフレート。……だが、その力が本物である以上、これ以上の手出しは無用か」
公爵は苦々しく吐き捨てると、踵を返した。
「せいぜい、その女と地獄へ落ちるがいい。……ディトハルトの名は、私が継がせる別の者を探すまでだ」
騎士団が撤退し、廊下には再び静寂が戻った。
だが、それは以前のような「拒絶の沈黙」ではなかった。
嵐のあとの、初めての言葉
崩れ落ちる壁、散らばった血痕。
その惨状の中で、アルフレートは私の頬を、壊れ物を扱うようにそっと撫でた。
「……聞こえたよ。エルシア」
彼は再び血を吐いたが、その顔にはどこか清々しい微笑みが浮かんでいた。
「お前を死なせないために、俺は言葉を捨てた。……だが、お前が俺のために死を覚悟したのなら。……俺は、地獄の王にだって抗ってみせる」
私は、彼の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。
もう、沈黙を守る必要はない。
まだ呪いのすべてが解けたわけではないけれど、私たちはようやく、同じ「絶望」と「希望」を共有する、たった二人の存在になれたのだ。




