第十四話:沈黙の猶予、あるいは命の期限
昏い寝室の中に、アルフレート様の微かな呼吸音だけが響いている。
自らの手で足枷を外したはずの私は、結局この部屋を去ることができずにいた。
かつて、私を冷酷に切り捨てた銀髪の騎士。
けれど今、私の目の前で死の淵を彷徨っているのは、あまりにも脆く、今にも消えてしまいそうな一人の男だった。
濡らした布巾で、彼の額をそっと拭う。
数日前までの私は、彼が近づくだけで心臓が凍りつくような恐怖を感じていた。けれど、彼が血を吐いて倒れたあの瞬間から、私の中の「記憶」と「現実」が激しく軋みを上げている。
(……貴方は、何者なの?)
一度目の人生。彼は私を一度も顧みず、最後にはその剣で私の命を奪った。
二度目の人生。彼は私を狂ったように追い詰め、監禁し、けれどその手は驚くほど優しく、私を生かすために命を削っているように見える。
もし、私の知る「アルフレート」という男が、私の妄想に過ぎなかったとしたら。
もし、彼がずっと一人で、私には見えない「地獄」と戦っていたのだとしたら――。
◇◇◇
【Side:アルフレート】:絶叫の静寂と、神との取引
アルフレートの意識は、底のない闇の中にあった。
彼が生まれ持った特異体質――『感情共鳴』。
他人の強い感情が「音」として、あるいは「物理的な痛み」として脳に直接流れ込む呪われた力。
一度目の人生。エルシアの彼への執着は、彼にとって鼓膜を突き破るような爆音の絶叫だった。
「愛して」「こっちを見て」という彼女の声が響くたび、彼の精神はひび割れ、正気を保つために「無口な氷の仮面」を被るしかなかった。
そしてあの日。エルシアの愛が魔力と共に暴走し、彼女の魂が焼き切れる寸前だった時。
彼は、彼女を狂乱の苦しみから救う唯一の方法として、泣きながらその胸に剣を突き立てた。
『……もう一度、彼女に会いたいか』
暗闇の中で響く、無慈悲な神の声。
「……あいつの声が、聴きたい。あいつが笑っている世界に、戻してくれ」
『ならば契約だ。お前の命を薪とし、時間を巻き戻そう。だが、お前が「過去」を語れば、彼女の心臓は即座に止まる。そして、彼女の「真実の愛」を得られぬまま運命の日を迎えれば、お前の命は尽き、彼女もまた死の運命に呑まれるだろう』
「……構わない。謝ることも、愛を伝えることもできなくていい。……ただ、あいつが生きているなら」
目覚めれば、そこは五年前の朝だった。
二度目の人生。彼は「彼女に嫌われてでも、生かし続けること」を誓った。
彼女が黙れば黙るほど、彼の脳を灼く「絶叫」は消え、代わりに愛おしい「静寂」が彼を癒やした。
たとえ、彼女から「殺人鬼」として恐れられようとも。




