第十一話:沈黙の断罪、あるいは狂愛の盾
「――アルフレート、説明を願おうか」
重厚な扉が蹴り開けられ、冷たい夜気が一気に流れ込んだ。
軍靴の音を響かせて現れたのは、ディトハルト公爵。この国の軍部を統べる「氷の元帥」であり、アルフレートの父だ。
私は寝台の脇で、石のように固まった。公爵の鋭い視線は、血の跡が残る絨毯と、青ざめて横たわる息子、そしてその傍らに立ち尽くす私を、まるで不浄なものを見るかのように射抜いている。
「……ローゼンベルク侯爵令嬢。静養中と聞いていたが、これは一体どういう惨状だ。貴様、息子に毒でも盛ったか?」
公爵から放たれる殺気だけで、呼吸が止まりそうになる。彼の瞳の奥にあるのは、息子への心配よりも、公爵家の名誉を汚しかねないこの「醜態」を即座に消し去りたいという冷徹な計算だった。そのために、元凶である私をどう排除し、あるいは徹底した管理下に置くべきか。その冷たい検分に、私の肌は粟立った。
「……父上。その、汚れた手を……彼女から離せ」
低く、けれど背筋を凍らせるような声が響く。
意識を失っていたはずのアルフレートが、私の手首を掴み、力任せに自分の方へと引き寄せた。
私は彼の顔を見て、息を呑んだ。上体を起こした彼は死人のように白く、私を掴む手は制御できないほど激しく震えている。彼は、何かを口にしようとするたびに見えない鎖に全身を締め上げられているかのように、幾度も呼吸を詰まらせていた。
その凄絶な横顔から伝わってくるのは、狂気にも似た独占欲だ。周囲のすべてを敵と見なし、誰の手も届かない深い闇の底へ私を隠してしまいたい――そんな、呪いのような愛が、彼の震える指先から流れ込んでくる。
「これはこれは、公爵閣下。穏やかではありませんな」
廊下から響いた、わざとらしいほどに落ち着いた声。
次に現れたのは、私の父、ローゼンベルク侯爵だった。父は部屋の惨状を一瞬で観察し、獲物を見つけた獣のように、その薄い唇を吊り上げた。
父は、娘である私の安否など、これっぽっちも気にかけていない。その瞳は、アルフレートの喀血とこの軟禁状態という「公爵家の失態」を、どれほど高価な利権と交換できるかを冷酷に算定していた。
「我が娘エルシアを『静養』させると仰りながら、これはいささか度が過ぎた『もてなし』ではありませんか? 閣下、我が家の大事な娘をこのような目に遭わされては、黙っているわけには参りませんな」
公爵は鼻で笑い、侯爵を睨みつける。
二人の親たちは、私という存在を間に挟み、互いの腹を探り合いながら、政治という名の冷たい刃を研ぎ合っている。
沈黙という盾を奪われ、私は二つの巨大な家に圧し潰されそうな絶望の中にいた。
どこを見渡しても、私を救おうとする者などいない。公爵は私を「毒」と断じ、父は私を「商品」として扱う。
「……あ……」
私は、目の前で血を吐きながらも私を庇い続ける、アルフレートの背中にそっと手を触れた。
彼の制服越しに伝わってくる鼓動は、狂ったように速い。
私を殺したはずの男。私を閉じ込めた男。
けれど今、私を一個の人間として、狂おしいまでに求めているのは、この猛毒のような愛を捧げる男だけなのではないか――。
そんな、毒を煽るような錯覚が、私の胸を静かに侵食していった。




