第九話:血の刻印と、動かぬ死神
「……っ、げほっ、……はぁ……っ!!」
唇が離れた直後、アルフレートの身体が大きく跳ねた。
彼が激しく咳き込むたび、私の白い夜着に、どす黒い鮮血が点々と花を咲かせていく。
(……何? 一体、何が起きているの!?)
混乱する私を置き去りに、アルフレートの全身から力が抜けた。
そのまま、彼は糸の切れた人形のように、私の体の上に覆い被さってきたのだ。
「……様? アルフレート……様?」
重い。
鍛え上げられた騎士の体躯が、衰弱した私の胸を圧迫する。
私の肩に彼の顔が埋まり、首筋に彼が吐き出した血の熱さと、鉄の匂いがべっとりとこびりついた。
(どいて。……お願い、どいて……!)
私は金の枷が嵌められた足を動かそうとしたが、鎖の長さは彼を押し退けるほどの自由を許さない。
何より、私の体の上で動かなくなった彼は、あまりにも静かすぎた。
さっきまで、あんなに熱い唇で私に命を吹き込んでいたのに。
今、私を押し潰しているこの塊からは、生きている証であるはずの鼓動が、驚くほど遠く、微かにしか感じられない。
死んだの?
私が彼を拒絶したから?
それとも、彼が私に何かを言おうとしたから?
「……ぁ……」
声にならない悲鳴が喉で空回りする。
もし彼がこのまま死んでしまったら、私はこの窓のない部屋で、彼の死体と繋がれたまま朽ちていくのだろうか。
それとも、主を殺した大逆罪人として処刑されるのだろうか。
暗闇と静寂。
彼の血の熱さが、徐々に体温を失い、冷えていくような錯覚に陥る。
私は恐怖で真っ青になりながら、ただガチガチと奥歯を鳴らして、誰かがこの扉を開けてくれるのを待つことしかできなかった。
どのくらいの時間が経っただろう。
「……失礼いたします。お嬢様、やはりお食事を……」
絶望の淵に、聞き慣れた、震える声が届いた。
扉が細く開かれ、盆を持ったサーラが恐る恐る部屋を覗き込む。
そして、彼女は見た。
血まみれの寝台の上で、主君である公爵嫡男が令嬢に覆い被さり、血の海の中で物言わぬ塊となっている地獄のような光景を。
「……ひっ!?」
ガシャン! と派手な音を立てて、銀の盆が床に転がった。
サーラは絶句し、顔を覆ってその場にへたり込む。
「あ、アルフレート様……!? お嬢様! 何があったのですか、これは……!!」
彼女が悲鳴を上げながら駆け寄ってくる。
私はただ、真っ青な顔で、助けを求めるように彼女を見つめることしかできなかった。
私の体の上で、アルフレートは、ただ静かに、深い眠り――あるいは死の淵へと沈んでいた。




