12.はじめての約束
夏休みに入り、凛月と初めて行ったクレープ屋の前に立つ。
腕時計を見ると約束の時間よりも30分も早い。
昨日の夜から楽しみで、朝も早く起きた。
自分の行動がおかしくて笑いたくなる。
(まさか、ぼくが自ら他人を誘う日が来るなんて)
ガラスに映ったぼくの顔は目をキラキラさせてる。
その自分の姿をみて思わず笑ってしまった。
(誘われるのもめんどくさいと思ってたオレなのに)
1人で行動するのが気楽だった。
いい子ちゃんを演じなくて良かったから。
生まれた時から家の名前が背中に貼りついてた。
何かあればすぐに、「羽柴の家の名に恥じるように」そう言われてきてた。
そんな大層なお家様じゃないだろ。心の中では常に反発してた。
でもそれを言葉にする勇気はなかった。
気楽な次男坊として、羽柴のお家様の名に恥じぬように演じながらも心はどこか疲れてた。
ニコニコしながらも心の中では常に「めんどくせぇ」があった。
凛月は、そんなぼくに新しい景色を見せてくれる。
……そんな気がする。
今日は、凛月が図書室にいる。そう思うだけでめんどくさいことも少しだけ我慢できる気がした。
凛月がいるあの空間は心地いい。
そして、春休み。
このショッピングモールまで足を伸ばすのは知り合いがいないから。
羽柴のお家様の次男坊と知られてない空間。
だからここまでいつも来てた。
まさか凛月に会うとは思わなかった。
その時のことを思い出して、1人笑う。
(あの時の凛月は面白かったな)
図書室で見る姿とは違い、可愛いもので埋め尽くされた凛月の全身。
ネイルもよく似合ってた。
(あれが凛月の本当の姿だったんだ)
何より……。
自分のことを凛月と呼んでた。
凛月と自分の名前を呼んで慌てる姿が可愛かった。
(小さな抵抗でオレとしか呼べないぼくより、凛月の方が強い)
凛月の強さに近づいてみたくなった。
だから……。
(普段食べないクレープに興味を惹かれた)
凛月と一緒にお店に入ってクレープを食べたら、なんとなく心のつっかえが少しだけ降りた気がした。
新学期に入ってから、ぼくは生徒会長とサッカー部の部長になった。
両方ともめんどくせぇ。
そう思いながらも頭の中にこだまする「羽柴家の名にはじぬように」これがあるから黙ってニコニコ笑いながら引き受けた。
心の中には澱みが増えていく。
逃げ出したいけど、逃げ出せないジレンマ。
その日も、そうだった。生徒会でめんどくさい仕事を頼まれてイライラしながら図書室に行った。
そこで、凛月にポロッと本音を話した。
(あの時は驚いた)
(まさか無意識にオレと凛月の前で言ってたなんて)
あの日から、図書室に行くのがもっと楽しみになった。
図書室の中に入ったら真っ直ぐにカウンターに行く。
「入っていい?」
凛月に確認して、カウンターの中に入りそのまま床に座り寝転ぶ。
凛月は、ぼくに話しかけるわけでもなく淡々と自分の作業をしてる。
たまにぼくが話しかけたら凛月がそれに応える。
たったそれだけのやり取り。
それでも……。
(ぼくにとって図書室が拠り所になってる)
めんどくさいことも、凛月がいる図書室がある。
そう思ったら乗り越えられ始めた。
あの穏やかな空間を思い出すだけで、心のざわめきは落ち着く。
翠からも、「最近なんか尖ってないね」と言われ、ドキッとしたけれど笑って誤魔化す。
(不思議な感覚)
(翠にも図書室のこと、凛月のことは言いたくなかった)
夏休みに入る前の最後の図書室。
そこで不意に、夏の間凛月に会えないことに気がついた。
(なんかそれは嫌だ)
初めての気持ちに首を傾げる。
でも。
そのまま口からこぼれた。
「凛月、夏休みにさあのクレープ屋いかない?」
椅子に座って作業して凛月の椅子が回転してぼくの方をみる。
大きな目がさらに大きくなってる凛月。
(おっ、その顔可愛い)
目をぱちぱちしながら、口を閉じたり開いたりしてる。
(こんな時の凛月は、内心どうしようってなってるんだろうな)
そう思うとなんだか面白くてそのまま凛月が口を開くのを待つ。
「いいの?りつと一緒で?」
おずおずと自信なさげに答えてくる凛月。
(オレが誘ってんのに嫌なわけないだろ)
内心でツッコミを入れる。
「うん。また凛月のおすすめクレープ食べたいから一緒に行こう」
まだ目をぱちぱちさせてる凛月。
その後に、嬉しそうな笑顔で笑ってぼくをみた。
ドキッ。
(なんだこれ?)
一瞬胸がおかしくなった、気がする。
でもすぐに普通に戻った。
(気のせいか)
「りつ行きたい!夏のおすすめクレープあゆみ先輩に食べて欲しい」
その言葉を聞いた時、頭の中で2人でクレープを食べてる絵が浮かんだ。
(絶対楽しい)
その日がもう待ち遠しい。
凛月と日時を決めて、そのまま図書室を後にした。
生徒会室に向かい廊下を歩きながら顔が自然とニヤつく。
(他人と約束して楽しいって始めてかも)
どんな服着ていくかな。
凛月はまた可愛いもので埋め尽くされてくるかな。
それを想像するだけで胸が弾んだ。
生徒会室の前まで来て足が止まった。
(凛月の連絡先知らない)
図書室で会えるからと、油断してた。
(どうする?今から図書室戻るか?)
一瞬悩むも、凛月の連絡先を聞こう。
そう思ってくるりと身体の向きを変えた。
ガラッ。
「羽柴!待ってた!話し合い始めよう」
背中から同級生の声が聞こえた。
(最悪だ)
肩を落としたくなるのを抑えてなるべくいつも通りの笑顔で振り返る。
「遅くなってごめんね。さぁ始めようか」
にこやかに、軽やかに聞こえるよう声に意識してそのまま生徒会室に入ろうとして、一旦足が止まる。
廊下の先に視線を落とした。
(図書室が……近くて、遠い)




