第10話:愁雨
第10話:愁雨
ライト・パターソン空軍基地から脱出したリラは、ザ・モール・アット・フェアフィールド・コモンズで失った装備を補充した。
新しいリュックに着替えや保存食、飲料水、簡単な野営道具を詰め込み、使えそうな釣り道具も持ち出した。
地下施設で見たものについては、まだ上手く整理できていない。異星文明の記録、ユグドラシルの模型、そして自分に反応して開いた扉。
考えても答えは出ず、ナインも多くを語ろうとはしなかった。腰には、瓦礫の中から拾った電磁ナイフがある。その重みだけが、
あの場所で起きた出来事が夢ではなかったことを伝えていた。
リラたちがモールを出発してから、すでに数日が過ぎていた。
ナインの提案に従い、リラはセントルイスを目指して西へ歩き続けていた。
舗装された道路はところどころ崩れており、標識は錆びついて読めないものが多い。
それでもナインは現在地を把握しており、ルート選択には困らなかった。
「次ノ目標地点ハ、リッチモンドト言ウ小サナ都市デス。物資ノ残存状況ハ不明デスガ、ホワイトウォーター川ノ水系アリ」
その言葉通り、リラは川の音に導かれるようにして、小さな支流のほとりへとたどり着いた。
廃墟となった鉄橋がかかる、静かな水辺だった。
荷物を下ろし、リラは川の縁に腰を下ろす。
モールで拾った釣り道具一式を取り出し、即席の釣りを始める。
「魚なんて、ほんとにいるのかな~」
ぼそっと呟いたその声に、ホルスターの中からナインが応える。
「生命反応、アリ。小型魚影、約5メートル先ニ接近中」
「相変わらず、便利すぎるでしょ」
ため息をついたその瞬間、水面がわずかに揺れた。
ぴくり、と糸が張る。リラは静かに、慎重に引き上げる。
小さな魚が、ひっかかっていた。
「やった!」
焚き火の準備をしながら、リラは久々に小さな達成感を味わっていた。
まだまだ旅は続く。けれど、こういう時間があるなら――少しは、悪くない。
夜の帳が降りる中、ナインは再び静かに告げた。
「このまま順調ニ進行スレバ、セントルイス到達マデ、約20日」
「了解。それまでに、もう何匹かは釣れるといいけどね」
空には、雲ひとつない星が瞬いていた。
リッチモンドを抜けて数日が経った。
木々は徐々に色を変え、道端の雑草も秋の風に揺れていた。
ここ最近、リラは“あること”に気づき始めていた。
軍用のヘリコプターを見かける頻度が増していたことに。
多いとは言っても、3日に1度あるかどうか。
けれど、それでも以前より確実に“空が騒がしい”。
その度に、リラは足を止め、近くの森や建物の影へ身を隠した。
飛行ルートはまちまちで、偵察なのか輸送なのかも判別できない。
そして今日、またひとつ――風を切る音が、空を横切った。
ナインがすぐに反応する。
「航空機、推定:軍用ヘリコプター。方向、南南西。警戒態勢推奨」
「まずい」
リラは素早く近くの木陰に身を滑り込ませる。
目だけを空に向けて、旋回していく黒い影を見送った。
誰に言うでもない呟きが、風にかき消された。
数分後、空は静けさを取り戻した。
黒い影は遠ざかり、風だけが葉を揺らしていた。
「頼むから、もうこっち見ないでよね」
リラはぼそりと呟いた。
どこか安堵と、まだ消えきらない警戒の色が混ざっていた。
ナインがホルスター越しに応じた。
「現時点デハ、発見サレタ確率:極メテ低。
飛行ルートハ規則性ニ欠ケ、目的ハ不明デス」
「わかってるけどさ……心臓に悪いのよ、ほんと」
数日後。
その日は朝から空がどこか重たく、風に湿気が混じっていた。
街に近づくにつれて、景色は変わり始めた。
草に覆われていた道路は、割れたアスファルトと瓦礫に変わり、
左右には朽ちた鉄骨と崩れかけた煙突が並ぶ。
インディアナポリス。
かつては工業と物流の要だったこの都市も、今では鉄と油と焦げた匂いしか残っていない。
ナインが告げる。
「降雨予測:強雷雨。5分以内ニ到達」
その言葉通り、空から大粒の雨が叩きつけてきた。
「っ……!」
雷鳴が頭上で裂けた瞬間、バラバラと雨が降り出した。
ナインの警告を聞くまでもなく、リラはすぐ近くの廃ビルに駆け込んでいた。
内側は暗く、ひどく静かだった。
床には崩れた機械の部品、割れたホイスト、ケーブルが這うように転がっている。
一歩、足を踏み入れた瞬間――
「――ッ」
何かが動いた音がした。
金属を引っかくような、低く湿った音。
ナインが囁くように告げる。
「警告。複数ノ生体反応。分類:クリーチャー」
「またか」
リラは小さく吐き捨てた。
その声に応えるように、ホルスターの中からナインが低く告げる。
「警告。周辺ニ10体以上。現在ハ徘徊中」
「今回は数が多いな」
砕けた壁の向こう、暗闇の中で、かすかに赤い光がいくつも瞬いていた。
目を光らせるものたちが、低く、湿った音を立てて床を這っている。
これまで何度かクリーチャーとは戦ってきた。だが、以前リラが戦った、俊敏なチンパンジー型のクリーチャーとは違う。目の前にいるのは、人間型――かつて人だったであろう“モノ”たちだ。
動きは緩慢で、統率された動きも、特定の目標に向かう意志もない。
ただ、徘徊し、視界に入った生物を襲う。それだけの存在。まるで壊れた機械のように、ただそこに“在る”だけだった。
リラは息を潜め、視線を巡らせた。
雨音がどこか遠くなったように感じた。
「とりあえず、ここから一旦逃げましょう。ナイン、近くに隠れられそうな建物、ある?」
囁くような声に、すぐに機械音声が返ってくる。
「検索中……該当アリ。距離:約350メートル。旧自動車販売施設跡。整備エリアモ付属。出入口:複数アリ」
「それだ。行こう」
リラは雨の音に紛れるように、そっと身をかがめた。
クリーチャーたちはまだこちらに気づいていない。
砕けた床に足音を立てないよう、身を低くして瓦礫の陰を抜ける。
建物の裏手から抜け出すと、すぐに雨と風が全身を叩いた。
それでも、ここを離れなければ捕まる。
視界の向こう、ガラスの外壁が崩れかけた建物が見えた。
大きな「FORD」の文字が、かすれたまま屋根に残っていた。
(あれか……)
駆ける。
滑る地面を蹴って、雨の中を突っ切る。
途中、遠くで何かが吠えるような声がしたが、振り返らなかった。
建物の一角、シャッターが破れて開いた隙間から、リラは中へ飛び込んだ。
中は暗く、しかし、外よりはずっと静かだった。
広いフロアに放置された部品と工具、埃にまみれた整備リフト。
そして、雨音だけが、遠く響いていた。
建物の中は薄暗く、天井から水滴がポタリと落ちる音だけが響いていた。
ショールームの奥、整備区画にはリフトの残骸や工具が転がっている。
リラはその一角、崩れた棚の影に腰を下ろした。
服はずぶ濡れで、髪からも水が滴っている。
だが、ここは風が吹き込まない。少なくとも、外よりは“マシ”だった。
「ナイン、大丈夫?」
「機能、正常。蓄電残量:92パーセント。湿度上昇アリ。感電ノ心配ハ――モチロン、アリマセン」
「よかった」
ため息とともにリラは天井を見上げる。
かつて整備士たちが忙しなく働いていたであろう空間は、今はただ静かだった。
錆びついたツールラック。埃まみれのカレンダー。
床に散らばった部品と、泥にまみれたブーツの足跡――それが、どれほど前のものかは分からない。
「雨、まだ止まないね」
「気象解析ノ結果、強雨ハ約20分デ収束スル見込ミ。タダシ、日没マデ1時間未満デス」
リラは膝を抱え、しばらく雨音に耳を傾けた。
「店の奥、あれ事務所かな?」
リラが天井の抜けた整備区画を抜け、奥の扉に視線を向ける。
ドアは半分開いており、中は狭いが、機械の残骸はなく、棚と机が見えた。
「内部構造ヨリ判断。事務管理スペースト思ワレマス。外部開口部ハ少ナク、安全性高メ」
「うん。服も乾かしたいし、今日はここで一泊だね」
リラは扉を静かに押し開けた。
薄暗い室内には古い机と倒れたキャビネット、破れた椅子。
書類が床に散らばっているが、目立った危険はなさそうだった。
一度深く息をつくと、リラはモールで補充したリュックから着替えを取り出した。
濡れた服を脱いで乾いたシャツとズボンに替え、ジャケットは椅子の背へ掛けておく。
事務所は冷えていたが、濡れたまま夜を越すよりはずっとましだった。
机を壁際へ動かして扉の前を塞ぎ、退路になる奥の小窓も確認する。
そうしてようやく、リラは冷たい壁へ背中を預けた。
この数時間に比べれば、そこは格段に“安心”と呼べる空間だった。
事務所の隅でジャケットの袖をもう一度絞りながら、リラはふとナインに目をやった。
「ねえ、ナイン」
「応答、可能デス」
「今まで、あえて聞かなかったけど」
「ライト・パターソンの基地、攻撃されたよね?」
ナインはすぐには答えなかった。
けれど、リラはそれが“沈黙”ではなく“処理”だということを知っていた。
「ハイ。初期侵攻時、当該施設ハ敵対勢力――ネヴェリス艦隊ノ標的ニ含マレマシタ。
周囲ニ配置サレテイタ対空戦力ハ機能不全、施設ノ80%以上ガ破壊サレタ記録アリ」
「じゃあ、トーマスは結局、何をしに来てたのかな?」
ナインは、また少しだけ間を置いてから答えた。
「“研究資産ノ回収・保全・転送”ト予想サレマス。
タダシ、“研究対象”ノ詳細ハ開示許可ガアリマセン」
「研究資産、ね」
リラはぬれた袖をもう一度握りしめ、ぽたりと雫を落とす。
「人が死んでるのに、“資産”か」
ナインはその言葉に反応せず、機械のように沈黙を保っていた。
リラは少しだけ、疲れたように笑った。
「まあ、大体の予想はついたけどね」
視線を天井に向けながら、静かに言葉を続ける。
「それでもさ、何を持っていったんだろうね。
こんな世界になって、今さら何を“研究”するんだろ」
返答はない。
ナインも、おそらく分かってはいるのだろう。だが、それを言うことはない。
「ほんと、くだらないよね。全部」
リラは肩をすくめ、整備区画で見つけた作業用ブランケットにくるまりながら、目を閉じた。
「リラ。当初ノ目的……オ忘レデスカ?」
「何?」
「父君ニ“オ会イニ行ク”ト――貴女ハ、ソウ仰ッテイマシタ」
その言葉に、リラは薄く目を開けて、天井を見つめた。
「忘れてないよ」
少し間を置いて、小さく笑った。
「でもさ、ナイン。たまに人間くさいこと言うよね」
「ソウデスカ?」
少しだけ間を置いて、ナインが続けた。
「次回ハ、“無感情”ヲ演出スル設定ニ戻シマスカ?」
リラは思わず吹き出しそうになったが、顔はそのまま、目だけを細めた。
「いいよ。そのままで」
夜が明けた。
外は静かだった。
荒れ狂っていた雨も、すでに止んでいる。
リラはジャケットのフードを被り、事務所のドアをそっと押し開けた。
冷たい朝の空気が流れ込み、湿った床を静かに乾かし始めていた。
曇天の隙間から、うっすらと光が差している。
あれだけの豪雨が嘘のように、空はただ静かに灰色を広げていた。
ナインが控えめな声で告げる。
「降雨、完全ニ収束。視界:良好。風速:安定」
リラは外に一歩踏み出し、深呼吸をひとつ。
冷たい空気が肺を満たし、濁った心が少しだけ洗われるような気がした。
「さ、行こうか」
リラはぼそりと呟いて、FORDの廃ビルを後にした。
外の空気は澄んでいた。
濡れたアスファルトが朝の光をかすかに反射している。
だが、その静けさは長くは続かなかった。
建物の角を曲がった瞬間、リラは足を止めた。
前方――距離にして100メートルほど。
瓦礫の間を、何かが這うように歩いていた。
一体、二体――三体。
クリーチャー。
「あー、やっぱりね」
ナインが静かに警告する。
「視認確認。分類:クリーチャー。徘徊中。現時点デハ非攻撃状態」
リラは息を吐き、小声で応じた。
「静かに行けば、やり過ごせるかな」
手をホルスターに添え、ゆっくりと腰を落としながら、
彼女は再び、いつもの“崩壊後の朝”へと身を溶かしていった。
前方にうごめく影を見つめながら、ナインが静かに告げた。
「コノ辺リハ、クリーチャーノ数ガ多イヨウデス。
ドウサレマスカ。現在ノ貴女ノ戦闘能力ナラ、排除ハ可能デス」
リラはホルスターに軽く触れたまま、目を細めた。
「んー、いちいち相手にしてられないけどね」
少しだけ間を置いて、呟くように続けた。
「でも、こいつらって、元は人間なんだよね。
それが今は――人間を襲う存在になってる」
雨上がりのアスファルトに、遠くからクリーチャーの濁った足音が響く。
「壊れちゃったのかな。心も、体も、全部」
ナインはそれに返す言葉を持たず、ホルスターの中で静かにその言葉を受け止めていた。
少しの沈黙のあと、リラはぽつりと呟いた。
「元に戻す方法とか、ないのかな?」
ナインの声はいつもと同じ機械的な調子だった。
だが、その内容はどこまでも冷たく、確定的だった。
「アリマセン。
一度クリーチャーヘノ変異ガ完了シタ個体ハ、回復不能。
人格及ビ人間的機能ハ、不可逆的ニ損傷シテイマス。
タダシ、変異前ノ記憶ニ由来スル反応ガ、断片的ニ残存スル可能性ハアリマス」
リラは目を伏せ、視界の端に見える徘徊する影を見つめた。
その姿は、誰かの家族であり、友人であり、かつて“人間”だった者たち。
「そうだよね。分かってた」
小さく吐き出したその言葉は、雨の湿気に溶けて、地面に落ちていった。
ふと、リラはコロンバスで出会ったマーカスたちのことを思い出した。
不器用ながらも、秩序を守ろうとしていた彼ら。
たった十人の小さな避難所――それでも、あれは“人間の場所”だった。
(……ああいう人たちが、まだ生きてるなら)
リラはゆっくりと目を開けた。
視界の先、うごめくクリーチャーたちを見つめながら、静かに考える。
この異形の存在は、かつて人間だった。
けれど今は、人間を襲い、生存者の命を脅かす。
(――だったら)
出来うる限り排除したほうが、この世界のためになるのではないか。
少なくとも、次に出会う“誰か”が生き延びる確率を、少しでも上げるために。
その考えは、以前のリラなら持たなかったものだった。
けれど今は、確かに心の中に存在していた。
リラはゆっくりと立ち上がり、ホルスターに手を添えた。
「ナイン。全部じゃないけど、倒して進もう」
ナインの返答は、いつもよりほんの少しだけ抑えた音で返ってきた。
「承知シマシタ。
戦闘補助モード、起動準備完了。
敵性反応ノ優先排除リストヲ作成シマス」
リラは静かに頷き、雨上がりの街に一歩を踏み出した。
迷いはまだある。だが、それでも彼女の歩みは、止まらない。
瓦礫を踏まぬよう、リラは一歩ずつ慎重に進んだ。
視界の先、壊れた車の影――クリーチャーが背を向けて徘徊している。
「最寄リノ個体、距離約50メートル。視認未発生。風向:有利」
ナインの冷静な声がリラの耳に届く。右手にナインを構えながら軽く頷き、足音を殺しながら距離を詰めていく。
(振り向かれる前に、一撃で)
目の前の“それ”は、かつては男だったのだろうか。
破れた作業服。半分剥がれた顔面。濁った瞳。
その全てが、もはや人間ではないことを物語っていた。
距離約25メートル。リラは素早く引金を引いた。
ナインの銃口が静かに光る。
「排除対象、ロックオン――発射」
シュンッ――。
かすかな放電音とともに、光の一閃がクリーチャーの頭部を貫いた。
一瞬で崩れ落ち、動きは止まった。
「一体目、排除完了。他個体ニ反応ナシ」
リラはすぐに姿勢を低くし、周囲を確認。
(あと二体)
建物の壁際に寄りかかるように立っている一体。
ゆっくりと這うように移動する一体。
その先には、抜け道となりそうな通路。
「追加反応アリ。屋根ノ上ニ一体。
進行方向ノ確保ニハ、残ル三体ノ排除ガ必要ト思ワレマス」
リラは片膝をつき、屋根の影を見上げた。
確かに、鉄骨の上に這うようにしている異形の姿がある。
(外したら、気づかれる……でも)
「ナイン、あれ狙える?」
「命中確率:99.8パーセント」
「分かった」
リラは照準を屋根の影へ重ね、引き金を引いた。
シュンッ――。
次の閃光。屋根の上の影が音もなく崩れ落ち、建材の山に吸い込まれた。
残るは二体。
リラはそっと腰を落とし、足音を忍ばせて背後へ回り込む。
クリーチャーたちはまだ気づいていない――いや、感知能力がそもそも鈍いのだ。
至近距離。
リラはナインをホルスターに収め、腰から電磁ナイフを抜いた。
青白い光が刃の縁を走る。
右足を踏み込むと同時に背後から間合いを詰め、首筋へ刃を走らせた。
ほとんど抵抗を感じないまま刃が通り、クリーチャーは力を失って崩れ落ちた。
すぐさま振り向きざま、もう一体が気配を察して顔をこちらに向ける。
(遅い)
ドガッ!
リラの膝が、その腹部に鋭く突き刺さる。
吹き飛んだクリーチャーは壁に激突し、ひときわ大きな音を立てて崩れた。
静寂が戻る。
「敵性反応、消失。ルート、確保完了」
ナインが生命反応の消失を告げると、リラは刃についた黒い体液を振り払い、電磁ナイフを鞘へ戻した。
そして一度、大きく息を吐いた。
「やっぱり、あんまり後味は良くないよね」
ナインが応じる。
「戦闘評価:極メテ良好。リラ、貴女ノ戦闘能力ハ一般的ナ人間ノ実戦水準ヲ大キク超エテイマス」
「嬉しくないけどね、それ」
物音に反応したのか、周囲の瓦礫や車両の影からゆっくりとクリーチャーたちが姿を現し始めた。
リラはすでにナインを構えていた。
「敵性反応、三体――ロックオン完了」
照準が一体ずつ重なった瞬間、リラは続けて引き金を引いた。
短い閃光が三度、雨上がりの空気を切り裂く。
光と衝撃が交錯し、クリーチャーたちはひとつ、またひとつと崩れ落ちていく。
抵抗らしい反撃もなかった。
彼らはただ、本能のまま徘徊し、目の前に現れた“敵”に向かっていただけだった。
今のリラにとって、それは脅威ではなく順に処理すべき対象に過ぎなかった。
クリーチャーの残骸は輪郭を失い、やがて湿った土へと崩れていった。
雨上がりのぬかるみに混じるころには、人間だった頃の痕跡は何も残っていなかった。
リラは静かに息を吐いた。心拍は安定している。
焦りもない。
ただ、無言で淡々と――処理した、という感覚。
「終わったね」
「周辺ノ排除対象、反応消失。
進行ルートノ安全ヲ確認。再出発可能デス」
ふと、風が吹いた。
ビルの割れたガラスが、遠くでカラカラと鳴った。
リラは数歩だけ前へ進み、泥の中に沈みかけた看板に目を落とす。
その文字はすでに判別できない。
かつて何を売り、誰がここにいて、何を話していたのか――
それを知る人は、もう誰もいない。
「どこかに、まだ生きてる人はいるのかな」
リラの呟きに、ナインは少しの間だけ黙っていた。
「半径50メートル以内ニ、人間ノ生体反応ハアリマセン。
都市全域ノ生存者ノ有無ハ判定不能。可能性ハ、ゼロデハアリマセン」
それを聞いて、リラは小さく笑った。
(……探したところで、今の私に何ができるわけでもない)
武器はあっても、拠点があるわけでもない。
誰かを守れる力があるかどうかだって、本当は分からない。
それでも――何もしないよりは、マシだ。
「じゃあ、西へ抜ける途中だけでも探してみようか」
ナインの返事を待たずに、彼女は歩き出した。
朝の曇天の下、雨の残るアスファルトの上を、しっかりとした足取りで。




