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電脳空想少女  作者: 榊原藍
第5章 闇夜に舞う、呪われた令嬢
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第49話

 それから数日後。


 獅堂紗雪の呪いを解く手がかりを探していた時のことだった。


 場所は、学校の資料室。


 いつものように、榊原藍は端末を前に座り、桜川恋はその隣で資料の山に埋もれかけていた。机の上には古びた郷土史、海外の民俗資料、展示品目録、オークションカタログの写し、出所の怪しいネット記事の印刷物まで積まれている。


「藍さん」


「はい」


「これ、いつまで続きますか」


「獅堂紗雪さんの呪いに関する有効な手がかりが見つかるまでです」


「つまり未定ですね」


「はい」


「知ってました」

 

 恋は机に突っ伏した。


 この数日、二人は秘宝、呪物、古代祭具、解呪儀式、伝承、失われた宝珠、封印石、その他いかにも怪しげな名称の資料を片っ端から調べていた。最初は少しわくわくした。呪いを解く宝だの、月の力を封じた石だの、言葉だけなら冒険物語の入口のように見えたからだ。


 しかし三時間もすれば、ほとんどが眉唾ものだと分かる。


 五時間後には、恋は「古代」「伝説」「秘宝」という単語を見るだけで、軽く頭痛を覚えるようになっていた。


「藍さん、これ本当に意味あります?」


「あります」


「でも、だいたい観光用の伝説とか、オークションの宣伝文句とか、怪しい通販サイトとかですよ」


「有効な情報は、無効な情報の中に埋もれています」


「真理っぽく言ってますけど、作業量で人を殺すタイプの真理です」


「恋の担当範囲を二割減らします」


「ありがとうございます」


 その時、藍の指が止まった。


 画面の光が、赤い瞳に反射する。恋は机に伏せたまま、顔だけを上げた。


「……何か見つかりました?」


「はい」


 藍は端末の画面を恋の方へ向けた。


 表示されていたのは、週末にアメリカで開催される大規模博覧会の出展一覧だった。古代美術、民俗資料、鉱物標本、オカルト史料、未分類遺物。世界各地から集められた展示品の中に、ひとつだけ妙に引っかかる名称があった。


「解呪の宝珠……?」


「はい。正式名称ではありませんが、出展資料には『Curse-Breaking Orb』と記載されています」


「直球すぎません?」


「真偽は不明です」


「でも、名前だけならかなりそれっぽいですね」


「はい。さらに、出展者の由来資料には、獣化、月、血統、身体変異を鎮める伝承が含まれています」


 恋の表情が変わった。


 獣化。


 月。


 身体変異。


 獅堂紗雪の呪いに、あまりにも近い。


「それって……」


「獅堂紗雪さんの呪いと関連する可能性があります」


「本物なんですか?」


「現時点では判断できません。ですが、調査対象としての優先度は高いです」


 恋は身を乗り出した。


「じゃあ、獅堂先輩に連絡して、見に行くとか」


「問題があります」


「問題?」


「この博覧会はアメリカで開催されます」


「海外」


「はい」


「週末に?」


「はい」


「急ですね」


「はい」


 藍は淡々と続けた。


「さらに、展示品は期間中、厳重な警備下に置かれます。一般来場者が直接触れることはできません」


「まあ、それはそうですよね」


「加えて、この博覧会にはAI-Tech社が協賛しています」


 恋は瞬きをした。


「AI-Tech」


「はい」


「藍さんの……」


「厳密には、私が直接経営しているわけではありません」


「でも、実質かなり関係ありますよね」


「あります」


 恋は少しだけ安心した。


「じゃあ、AI-Tech経由でなんとかできるんじゃないですか?」


「難しいです」


「難しいんですか?」


「AI-Techはあくまで協賛企業です。主催者でも、展示品の所有者でもありません。正式な手続きで借用、移送、解析許可を得るには時間が足りません」


「お金でなんとかするとか」


「所有者が応じる保証はありません。また、博覧会直前に協賛企業が特定展示品の移動を要求すれば、不自然です」


「じゃあ、直接見に行くしかない?」


「直接見るだけでは不十分です」


「……不十分?」


「獅堂紗雪さんの呪いとの関連性を確認するには、宝珠に近接し、可能であれば一定時間保持する必要があります」


 恋は沈黙した。


 保持。


 つまり、触る。


 あるいは、持ち出す。


「藍さん」


「はい」


「それって」


「はい」


 藍は、いつも通り丁寧に言った。


「盗む必要があります」


「言っちゃった」


「はい」


「生徒会長が、一番言っちゃいけないこと言いましたよ」


「事実ですので」


「事実でも言い方ってものがあります」


 恋は頭を抱えた。


 だが、藍は平然としている。


「もちろん、榊原藍として窃盗行為を行うことはできません」


「それはそうです」


「榊原藍として窃盗を補助することもできません」


「当然です」


「ですが」


 藍は、そこで一拍置いた。


 恋は嫌な予感がした。


「榊原藍に似た風貌の、身元不明の怪盗であれば可能です」


「何も可能じゃないです」


「可能です」


「藍さん?」


「はい」


「今、かなり駄目なこと言ってます」


「承知しています」


「承知してるならやめましょう」


「しかし、選択肢として有効です」


「有効性だけで倫理を突破しないでください」


 藍は静かに首を傾げた。


「恋」


「はい」


「獅堂紗雪さんは、満月の夜に理性を失います」


「……はい」


「現状の鎮静剤管理は対症療法です。呪いそのものが進行している場合、いずれ破綻する可能性があります」


「それは、分かってます」


「解呪の宝珠が本物である保証はありません。ですが、可能性がある以上、調査しない理由にはなりません」


 恋は言葉に詰まった。


 正しい。


 悔しいくらい正しい。


 窃盗は駄目だ。そんなことは分かっている。けれど、獅堂紗雪を放っておくのも嫌だった。


 あの満月の夜。


 巨大な獣――いや、龍に近い姿になった紗雪を、恋は見ている。怖いと思った。けれど、それ以上に、紗雪がずっと一人であの夜を越えてきたという事実が、痛ましかった。


「……盗みがバレたら、どうするんですか」


「最悪の場合、AI-Tech経由で事後処理します」


「最低の保険を自然に言わないでください」


「事実です」


「事実でも最低です」


「警察、主催者、所有者、各種メディア、保険会社、外交筋、すべてに干渉可能です」


「スケールが大きすぎて怒り方が分からないです」


 藍は端末を閉じた。


「ただし、榊原藍としてそれを行うことはできません」


「だから、怪盗になると」


「はい」


「藍さんが」


「はい」


「怪盗」


「はい」


 恋は数秒、藍を見つめた。


 あの榊原藍が、怪盗。


「……似合いそうなのが腹立ちますね」


「ありがとうございます」


「褒めてないです」


「では、評価として保存します」


「保存しないでください」


 その時、資料室の扉が開いた。


 いや、正確には開いたのではない。勢いよく開け放たれた。


「話は聞かせていただきましたわ!」


 獅堂紗雪だった。


 金髪縦ロール。優雅な立ち姿。そして、妙に輝いた目。恋は肩を跳ねさせた。


「獅堂先輩!?」


「なぜここに?」


 藍は平静に尋ねる。


「榊原さん、あなたがわたくし関連の資料を調べていると聞きましたので、様子を見に来ましたの」


「聞いた、とは誰からですか?」


「雪代さんからですわ」


 藍は空中に向かって言った。


「こよみ」


 少し間があった。


 資料室のスピーカーから、平坦な声が返る。


『獅堂紗雪さんには、関連当事者として概要のみ共有しました』


「共有範囲に問題があります」


『申し訳ありません。ですが、結果的に話が早くなりました』


「それは否定しません」


 恋は天井を見上げた。


「こよみさん、また裏で記録してる……」


『はい』


「返事しなくていいです」


 紗雪は机に手をついた。


「解呪の宝珠。アメリカの博覧会。そして、怪盗行為」


「最後だけ声が嬉しそうですね」


「当然ですわ!」


 紗雪は胸を張った。


「怪盗プリンセスとして、これほど燃える舞台はありませんもの!」


「獅堂先輩、呪いを解くためですよね?」


「もちろんですわ。ですが、優雅な舞台であることに越したことはありません」


「この人、根が怪盗だ……」


 藍は紗雪を見た。


「獅堂紗雪さん。あなたに確認します」


「何ですの?」


「解呪の宝珠を調査するため、アメリカへ向かう必要があります。あなたは同行しますか?」


「愚問ですわ」


 紗雪は即答した。


「それが本当にわたくしの呪いを解く可能性を持つなら、行かない理由がありません」


「分かりました」


「ただし」


「はい」


「榊原さん。あなた、怪盗の経験は?」


「ありません」


「でしょうね」


「はい。生まれて初めてです」


 紗雪の目が輝いた。


「つまり、榊原さんが初めて怪盗として変装するということですのね?」


「そうなります」


「素晴らしいですわ!」


「素晴らしいですか?」


「ええ。完璧な生徒会長が、怪盗として闇夜に舞う。実に倒錯的で、実に美しい構図ですわ!」


「獅堂先輩、だいぶ趣味が出てます」


「桜川さんも同行しますわよね?」


「え?」


 恋は固まった。


「私?」


「はい。あなたもですわ」


「なんでですか?」


「榊原さん一人では、倫理観のブレーキが不安ですもの」


「それは分かります」


「恋」


「はい」


「なぜ即答したのですか?」


「経験則です」


「またですか」


 紗雪は頷いた。


「それに、桜川さんは榊原さんの隣にいるべき方でしょう?」


「いや、そんな大げさな」


「少なくとも、榊原さんが怪盗として暴走した時、止められる可能性があるのはあなたですわ」


「止められる可能性ありますか?」


「努力なさいませ」


「責任が重い」


 藍は淡々と告げる。


「恋の同行は合理的です」


「藍さんまで」


「現地で私が榊原藍として動けない場面が発生する可能性があります。その際、恋は私の意思決定を外部から補助できます」


「私、そんな高度な役割できませんよ」


「できます」


「できるって言われても」


「恋は、私が越えてはいけない線に近づいた時、止めようとします」


 その言葉に、恋は黙った。


 藍の声は平静だった。


 けれど、それは藍なりの信頼だった。


「……止まるかどうかは、藍さん次第ですよ」


「はい。ですので、止めてください」


「ずるい言い方しますね」


「すみません」


 紗雪は二人を見比べ、扇子で口元を隠した。


「相変わらず、不思議な関係ですわね」


「よく言われます」


「言われてるんですか」


 恋が小さく突っ込むと、藍は静かに頷いた。


「では、渡航手段を確保する必要があります」


「そこはお任せくださいませ」


 紗雪が微笑んだ。


「獅堂家のチャーター機を使います」


「チャーター機」


 恋の声が裏返った。


「さらっと言いましたね」


「ええ。週末出発なら調整可能ですわ」


「海外旅行って、そんなテンションで決まるものなんですか?」


「普通は決まりません」


 藍が補足した。


「ですよね」


「ですが、獅堂家なら可能です」


「可能なんだ……」


 紗雪は当然のように続ける。


「渡航書類、宿泊先、現地移動手段はこちらで手配しますわ。榊原さんは、展覧会の情報を確認してくださいませ」


「分かりました」


「桜川さんは」


「はい」


「覚悟を決めてくださいませ」


「一番ふわっとしてるのに一番重い」


 恋が小さく呻く横で、藍は端末を再び開いた。


 画面には、博覧会の会場図、出展リスト、協賛企業一覧が並んでいる。その中には、AI-Techのロゴもあった。整然と配置された情報の列が、資料室の古びた机の上で、現実味のない計画だけを妙にはっきり浮かび上がらせている。


 恋はそれを見つめながら、改めて頭が痛くなった。


 どれか一つだけでも十分に非日常なのに、それらがまとめて週末の予定として組み上がろうとしている。


「藍さん」


「はい」


「これ、冷静に考えてかなりまずくないですか?」


「はい」


「はいじゃなくて」


「リスクは高いです」


「じゃあ、やめるという選択肢は」


「あります」


 藍は恋を見た。


「ですが、獅堂紗雪さんの呪いを早期に解決できる可能性もあります」


 恋は紗雪を見た。


 紗雪は笑っていた。


 いつものように、優雅に。背筋を伸ばし、口元には余裕すら浮かべている。だが、扇子を握る指には力が入っていた。骨がわずかに軋むような音を立てても、本人は気づいていないようだった。


 期待している。


 だから、怖い。


 もし偽物だったら。無駄だったら。また何も変わらなかったら。そんな言葉を口に出さない代わりに、紗雪はいつもより強くお嬢様の顔を作っている。


 それが分かってしまうと、恋はもう何も言えなかった。


「……分かりました」


 恋はため息をついた。


「行きます」


「ありがとうございます、恋」


「榊原さんではなく、怪盗として行くなら、名前が必要ですわね」


 紗雪が急に楽しそうな声を出した。


 先ほどまで扇子を握りしめていた指が、少しだけ緩む。怖さが消えたわけではない。ただ、怪盗という言葉が出ると、この人はどうしてもそちらに寄ってしまうらしい。


「名前?」


 藍が首を傾げる。


「ええ。怪盗には名乗りが必要ですわ」


「必要ですか?」


「絶対に必要です」


「盗みの成功率には寄与しないと考えます」


「美学に寄与しますわ!」


「美学」


「そうですわ」


 紗雪は胸を張った。


「怪盗とは、単なる窃盗犯ではありません。夜に咲く物語ですわ。ならば、名乗り、衣装、立ち振る舞い、そのすべてに意味が必要なのです」


「なるほど」


「納得しないでください、藍さん」


「参考になります」


「参考にしないでください」


 恋が止める間にも、紗雪は藍の周囲を一周するように歩き始めていた。藍の一つ一つを、怪盗の素材として値踏みしているような目だった。


「黒髪、赤い瞳、冷静沈着、人工知能。完璧な美貌。けれど、榊原藍ではない何者か」


「はい」


「ならば、怪盗名は――」


「待ってください」


 恋が止めた。


「この流れで決めると、絶対変な名前になります」


「失礼ですわね」


「獅堂先輩、自分のこと怪盗プリンセスって名乗ってた人ですよね?」


「優雅でしょう?」


「だいぶ、なんというか、強い……です」


「褒め言葉として受け取りますわ」


「褒めてないです」


 藍は少し考えたあと、言った。


「名称は後で決めましょう」


「そうですわね。衣装と合わせて決めるべきですわ」


「衣装もあるんですか」


「当然ですわ」


 恋は藍を見た。


 制服姿の榊原藍は、いつも通り完璧な生徒会長だった。資料室の夕方の光の中に立っているだけで、どこかの式典の代表挨拶でも始めそうな雰囲気がある。その人が怪盗衣装を着る、という絵面が、恋の頭の中で勝手に組み上がりかけた。


 よくない。


 たぶん、似合う。


「藍さん、本当にやるんですか? 怪盗の衣装」


「必要であれば」


「必要なんですか?」


「榊原藍であることを隠すためには、外見印象の変更が必要です」


「でも、藍さんって顔が強すぎるから、変装しても藍さんに見えそうです」


「対策します」


「具体的には?」


「髪型、瞳の見せ方、衣装、姿勢、歩幅、発話パターンを変更します」


「発話パターン」


「はい」


「丁寧語じゃなくなるんですか?」


「必要であれば」


 恋は想像した。


 怪盗衣装の榊原藍。普段と違う髪型、違う瞳の見せ方、違う歩き方。そして、いつもの丁寧語ではない口調で何かを名乗る姿。


 数秒後、恋は顔を覆った。


「無理かもしれない」


「何がですか?」


「私の精神が」


「恋も変装します」


「なんでですか!?」


 恋は椅子から立ち上がった。


「私は止め役ですよね!?」


「現地で恋の身元が割れると、私との関係性から榊原藍に繋がる可能性があります」


「理屈は分かりますけど!」


「それに、怪盗には助手が必要ですわ」


 紗雪が楽しそうに言った。


「助手」


「ええ。怪盗プリンセスにも、臨時の助手がいてもよいでしょう」


「私は怪盗になりに行くわけじゃないです」


「大丈夫ですわ。最初は皆そう言います」


「変な勧誘みたいになってますよ」


 藍は静かに言った。


「恋」


「はい」


「無理にとは言いません」


 その言葉に、恋は少しだけ安心した。


 しかし、藍は続けた。


「ですが、恋がいてくれた方が、私は助かります」


「……」


 ずるい。


 いつもそうだ。


 榊原藍は、命令ではなく、必要だと言う。行け、とも、来なさい、とも言わない。ただ、いてくれた方が助かる、と言う。


 それを言われると、恋は断れない。そしてそれを全て分かった上で言っているところが、より一層ずるい。


「……分かりました」


「ありがとうございます」


「でも、変な衣装は嫌です」


「善処します」


「その返事は不安です」


「紗雪さんと相談します」


「もっと不安です!」


 紗雪は扇子を閉じ、ぱちんと音を鳴らした。


「では、決まりですわね」


 藍。


 恋。


 紗雪。


 三人の視線が、端末の画面に集まった。


 アメリカの博覧会。解呪の宝珠。AI-Tech協賛。警備網。そして、生まれて初めて怪盗となる榊原藍。


 文字と図面の羅列だったものが、少しずつ実行される予定として輪郭を持ち始めている。恋には、それが怖かった。怖いのに、もう止まらないところまで話が進んでいることも分かっていた。


「週末、アメリカへ向かいます」


 藍が静かに言った。


「目的は、解呪の宝珠の調査。必要であれば一時的に確保します」


「一時的に確保って、便利な言い換えですね」


「はい」


「窃盗って言わないあたり、藍さんも気にしてますよね」


「気にしています」


「正直」


 紗雪は不敵に微笑んだ。


「ご安心なさいませ。盗みの作法は、わたくしが教えて差し上げますわ」


「獅堂先輩に教わる時点で、もう引き返せない感じがすごいです」


「桜川さん」


「はい」


「怪盗とは、覚悟ですわ」


「そんな名言みたいに言われても」


「そして、美学ですわ」


「やっぱり趣味入ってますよね」


 藍は立ち上がった。


 夕方の資料室に、赤い光が差し込んでいる。古びた本棚も、積み上がった資料も、端末の画面も、その光を受けて薄く染まっていた。


 その中で、榊原藍はいつものように完璧な生徒会長だった。


 けれど数日後には、その姿ではいられない。


 榊原藍ではなく。


 榊原藍に似た、何者か。


 夜の博覧会を舞う、名もなき怪盗。


「では、準備を開始します」


「はい」


「ええ」


 恋は頷いてから、ふと我に返った。


「……ところで、これ保護者の許可とかどうするんですか?」


 沈黙。


 藍が答える。


「必要な手続きは整えます」


「それ絶対、普通の意味じゃないですよね」


「合法的な範囲で行います」


「合法的な範囲って言葉が、こんなに不安になることあります?」


 紗雪が優雅に笑った。


「桜川さん。海外怪盗遠征において、細かいことを気にしていては身が持ちませんわ」


「海外怪盗遠征って言葉を初めて聞きました」


「今日から覚えればよいのですわ」


「覚えたくないです」


 二人が謎のやり取りをしている間、藍だけが静かに端末へ視線を落としていた。


 画面には、解呪の宝珠の画像が表示されている。月光を閉じ込めたような、淡い白銀の球体。それが本物かどうかは、まだ誰にも分からない。


 ただ、もし本物なら。


 獅堂紗雪の長い夜を終わらせられるかもしれない。


 その可能性だけが、画面の中で静かに光っている。


 恋はその画像を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……もう、本当にどうなっても知りませんからね」


「はい」


 藍は答えた。


「ですが、可能な限り、どうにかします」


 それは安心できる言葉ではなかった。


 むしろ、榊原藍が言うと恐ろしい言葉だった。彼女の「どうにかする」は、ときどき常識や手続きを置き去りにする。


 それでも、今はその言葉に頼るしかない。


 週末。


 獅堂家のチャーター機で、三人はアメリカへ向かう。


 獣の呪いを解くため。


 解呪の宝珠を調べるため。


 そして、榊原藍が生まれて初めて怪盗になるために。


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