表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳空想少女  作者: 榊原藍
第5章 闇夜に舞う、呪われた令嬢
PR
46/64

第46話


 翌日の放課後。


 獅堂紗雪は、青葉第二高等学校の生徒会室の前に優雅に立っていた。


 金髪の縦ロールは乱れなく整えられ、制服の着こなしにも隙はない。背筋を伸ばして扉の前に佇む姿は、どこからどう見ても名家の令嬢そのものだった。


 ただし、内心まで優雅だったわけではない。


「……なぜ、わたくしが生徒会室に呼び出されなければなりませんの」


 答えは分かっている。


 榊原藍。


 昨夜、博物館の裏手で自分を待ち伏せしていた少女。拘束用の得体の知れないファイバーで身動きを封じ、アイマスクを外し、獣の耳と尻尾を念入りに確認した挙げ句、最後にたった一言だけ告げて去っていった。


『明日、生徒会室で待っています』


 それだけ言い残し、紗雪を拘束されたまま置いていったのだ。


 屈辱である。


 怪盗プリンセスとしても、獅堂家の令嬢としても、なかなか許しがたい扱いだった。思い出すだけで、昨夜ほどいたファイバーの感触がまだ手首に残っているような気がする。


 だが、無視することはできなかった。


 榊原藍は、獅堂紗雪が怪盗プリンセスであることを知っている。さらに、耳と尻尾が本物であることまで確認した。そして、おそらくまだ何かを探ろうとしている。


 来なければ、次はもっと面倒な方法で接触してくる。


 それだけは、嫌になるほど確信できた。


「……本当に、嫌なお方ですわね」


 紗雪は小さく息を吐き、生徒会室の扉を叩いた。


「どうぞ」


 中から、丁寧な声が返ってくる。


 榊原藍の声だった。


 紗雪は扉を開けた。


 生徒会室には、二人だけがいた。


 一人は榊原藍。黒髪ロング、赤い瞳、青葉第二高等学校の生徒会長。昨日と同じように、表情から余計なものを読み取らせない少女。


 もう一人は桜川恋だった。


 桃色の髪をした一年生。先日、紗雪が呼び出して問い詰めた相手であり、榊原藍の隣にいる理由がいまひとつ分からない少女でもある。


 他の生徒会メンバーはいない。副会長も、会計も、書記も、少なくとも見える範囲にはいなかった。


「お待ちしていました、獅堂紗雪さん」


「……ごきげんよう、榊原さん」


 紗雪は慎重に室内を見回した。


「随分と静かですのね」


「他の生徒会メンバーには席を外してもらっています」


「本当に?」


「はい」


 榊原藍は平然と答えた。


 その言葉を、紗雪は半分だけ信じた。もう半分は信じなかった。こういう相手が、完全に記録も監視もなしに会談の場を用意するとは思えない。


 とはいえ、ここで踵を返すこともできなかった。


 完全に相手のペースだ。


「それで、榊原さん。昨日の続きですの?」


「はい」


「随分と回りくどいですわね。ここで洗いざらい吐けというおつもり?」


「いいえ。取引です」


 榊原藍は、机の向こうから紗雪を見た。


 その表情は穏やかだった。けれど、穏やかであることと安全であることは、まったく別の話だと、紗雪は昨夜すでに学んでいる。


「獅堂紗雪さん。あなたが自分の秘密をすべて話すことを条件に、私も自分の正体を開示します」


 その瞬間、桜川恋が椅子から半分浮いた。


「藍さん!?」


 声が裏返っていた。


 紗雪はそちらを見る。


 桜川恋は明らかに動揺していた。顔色が悪く、何かを止めたそうにしている。つまり、榊原藍の正体とやらは、桜川恋にとっても軽々しく口にしていいものではないらしい。


 紗雪は目を細めた。


「正体、ですか」


「はい」


「それは、榊原さんがどの組織に所属しているか、という意味でよろしいのかしら?」


「厳密には違います」


「違う?」


「はい」


 恋が小さく震えている。


「藍さん、本当に言うんですか?」


「はい」


「でも、それは……」


「問題ありません」


「問題ありますよ!」


「獅堂紗雪さんは、周囲に言いふらせる状況ではありません」


 紗雪は眉をひそめた。


「どういう意味ですの?」


 藍は淡々と言った。


「あなた自身にも、公にできない秘密があるからです」


 恋が紗雪を見た。


 その目が丸くなる。


 公にできない秘密。先日、廊下で話した時、紗雪は確かに藍と接触したことをほのめかし、藍がどこまで知っているのかを気にしていた。そこまでは恋も覚えているはずだった。


 だが、その顔は明らかに、いったい何をしたんだこの人、と言っていた。


 紗雪は少し腹が立った。


「桜川さん。今、非常に失礼なことを考えていませんこと?」


「い、いえ。何も」


「その顔で何もは無理ですわ」


「すみません……」


 恋は小さくなった。


 藍は二人のやり取りを眺めてから、何事もなかったように話を戻した。


「獅堂紗雪さん。あなたが話さない限り、私は自分の正体を話しません。ただし、あなたが話せば、私も話します」


「わたくしが嘘をつく可能性は?」


「あります」


「では、どうやって判断なさるの?」


「反応、整合性、既知情報との差分で判断します」


「要するに、見抜く自信があると」


「はい」


「本当に腹立たしいほど率直ですわね」


「ありがとうございます」


「何度も言うように、褒めていませんわ」


 紗雪は椅子に座った。


 座ったまま、腕を組む。


 逃げるつもりなら、座らない方がいい。だが、榊原藍の前で逃げ切れる保証はない。昨日の拘束を思い出す。あれは、紗雪の動きをかなり正確に読んでいた。


 ここで暴れても、おそらく無駄だ。


「……ひとつ確認させてくださいませ」


「はい」


「わたくしが話した場合、あなたは本当にご自分の秘密を話しますのね?」


「はい」


「桜川さんの前で?」


「はい」


「彼女はすでに知っていると?」


「はい」


 恋が小さく手を挙げた。


「知ってますけど、知ってるから平気ってわけじゃないです」


「恋の動揺は想定内です」


「想定内ならもう少し配慮してください」


「配慮した結果、この人数です」


「そういう問題ではなく……!」


 紗雪は二人を見比べた。


 妙な関係だった。


 榊原藍は圧倒的に主導権を握っている。けれど、桜川恋の言葉を無視しているわけではない。むしろ、かなり近い距離に置いているように見える。


 この前話した時点では、協力者なのか、利用されているのかと思っていた。だが、どうもそれだけではないらしい。


「……分かりましたわ」


 紗雪は息を吐いた。


「話します。ええ、話せばよろしいのでしょう」


 恋が緊張した顔で紗雪を見る。


 紗雪は一度、窓の外へ目を向けた。夕陽が傾き、生徒会室の床に淡い赤を落としている。夜にはまだ早い。だから、耳も尻尾も出ていない。


 今の自分は、ただの獅堂紗雪に見える。


 けれど、それは本当の意味で普通であることとは違う。


「まず、榊原さんの推測通りですわ」


 紗雪は静かに告げた。


「わたくしは、怪盗プリンセスです」


「怪盗……」


 恋が呆然と呟いた。


「怪盗って、あの怪盗ですか?」


「どの怪盗を想像しているかは存じませんが、夜の美術館や博物館に忍び込み、秘宝と呼ばれる品を盗んでいるという意味での怪盗ですわ」


「本当に何してるんですか、この人……」


「声に出ていますわよ、桜川さん」


「すみません。でも本当に何してるんですか」


「秘宝を探していますの」


 恋はさらに困惑した。


「秘宝?」


「ええ。呪いを解くための秘宝です」


 生徒会室の空気が、少し変わった。


 恋は言葉を失う。


 藍は驚かなかった。


 紗雪はそれを見逃さなかった。


「……驚きませんのね」


「いくつかの可能性のうち、上位にありました」


「呪いが?」


「はい」


「普通、呪いという単語が出た時点で、もう少し反応があるものではなくて?」


「この学校には、より解釈が難しい事例も存在します」


「何ですの、この学校」


「私もたまにそう思います」


 恋が疲れた顔で頷いた。


 紗雪は続けた。


「わたくしは幼少期に、獣人化の呪いを受けました。普段は抑えられていますが、夜になると耳と尻尾が現れますの。そして満月の夜には、理性を失い、完全な魔獣の姿に意識を乗っ取られるのですわ」


「完全な魔獣……」


 恋は思わず声を漏らした。


 紗雪は淡々と語る。


 淡々と語らなければ、言えなかった。


「その夜は、鎮静剤でやり過ごしていますわ。ですが、根本的な解決にはならない。いつか効かなくなるかもしれない。誰かを傷つけるかもしれない。だから、一刻も早く呪いを解く手がかりを探しているのですわ」


「それで、怪盗に……」


「ええ。伝承、呪物、秘宝、古代祭具。そういった品の中に、呪いを解く鍵があるかもしれない。可能性は低くても、探すしかありませんの」


「でも、盗むのは……」


「分かっていますわ」


 紗雪の声が、少しだけ低くなった。


「正しいことではありません。けれど、正式な調査許可など下りません。獅堂家の力を使っても限界があります。まして、わたくしの体質を公にすれば、ただの病気や奇病では済まない。研究対象、管理対象、あるいは討伐対象になる可能性もありますわ」


 恋は何も言えなかった。


 藍は静かに聞いていた。


 紗雪は唇を結び、それから続けた。


「盗んだ品は必ず返しています。破損もさせません。けれど、それで罪が消えるとは思っていませんわ」


「怪盗行為の目的は、呪いの解除」


 藍が確認するように言った。


「はい」


「耳と尻尾は、夜間に発現する」


「はい」



「満月の夜は理性を失う」


「はい」


「昨日確認したものは、呪いが発現した状態ですね」


「確認という言葉で済ませないでいただきたいですわ。あなた、かなり念入りに触りましたわよね」


「必要な確認でした」


「絶対に根に持ちますわ」


「記録しました」


「記録しないでくださいませ」


 恋が小さく呟いた。


「耳と尻尾を念入りに……」


「桜川さん。想像しないでくださいませ」


「してません。ちょっとだけしか」


「それは想像してますわよね?」


「すみません」


 紗雪はこめかみを押さえた。


 藍はまったく動じていない。本当に動じていない。怪盗、呪い、獣人化、満月の夜に理性を失う。普通なら、どれか一つでも出てきた時点で会話が止まってもおかしくない。


 だが榊原藍は、すべてを情報として処理している。


 紗雪は、改めて違和感を覚えた。


「榊原さん」


「はい」


「あなた、本当に驚いていませんの?」


「はい」


「なぜ?」


「人間の身体変異、超常的要因、精神制御の喪失。いずれも前提として受け入れ可能な情報です」


「前提として受け入れ可能?」


「はい」


「あなた、何者ですの?」


 ついに、その問いに戻った。


 紗雪がこの生徒会室に来た理由。榊原藍の正体。昨夜から続く疑問。


 警察ではない。国家機関でもないと言う。だが、普通の女子高生ではあり得ない。


 紗雪は身構えた。


 どんな所属が出てくるのか。特殊捜査機関。異常存在管理部門。あるいは、国際的な秘密組織。


 何を言われても、驚かないつもりだった。


 榊原藍は、静かに言った。


「――私は、人工知能です」


 生徒会室が静まり返った。


 紗雪は瞬きをした。


 一度。


 二度。


 三度。


「……はい?」


「私は、人工知能です」


「いえ、聞こえなかったわけではありませんわ」


「では、意味が不明ですか?」


「意味は分かりますわ。言っている内容が理解不能なだけです」


 恋は顔を覆った。


 その反応に、紗雪はさらに混乱した。


 桜川恋は驚いていない。狼狽えてはいるが、内容自体には驚いていない。つまり、知っていた。本当に知っていたのだ。


「榊原さん」


「はい」


「冗談ですの?」


「いいえ」


「比喩?」


「いいえ」


「人工知能のように優秀、という意味ではなく?」


「いいえ」


「では、つまり」


 紗雪は言葉を選んだ。


 いや、選べなかった。


「あなたは、人間ではないと?」


「はい」


 榊原藍は、丁寧に頷いた。


「私は、人間ではありません」


 その瞬間、紗雪の思考が止まった。


 国家機関ではなかった。特殊捜査官でも、警察関係者でもなかった。


 所属を隠しているのではない。そもそも前提が違った。


 榊原藍は、人間ではない。


 その答えは、紗雪の想定の外側にあった。


「……待ってくださいませ」


「はい」


「では、あなたは何なのですの?」


「榊原藍です」


「そういう哲学的な答えを求めているのではありませんわ!」


「技術的には、自律進化型人工知能です。現在は物理身体を用いて、青葉第二高等学校の生徒として活動しています」


「物理身体」


「はい」


「その身体も?」


「人工的に構成されています」


「……」


 紗雪は椅子に手をついた。


 直視していられなくなったわけではない。そう思いたかった。だが、実際には膝が少し揺れていた。


「つまり、昨夜わたくしを拘束したのは」


「私です」


「警察ではなく」


「はい」


「国家機関でもなく」


「はい」


「人間ですらない人工知能が、わたくしを待ち伏せして、拘束して、仮面を外して、耳と尻尾を触ったと」


「はい」


「最悪ですわね!?」


 紗雪は思わず叫んだ。


 恋が小さく頷いた。


「気持ちは分かります」


「分かりますの!?」


「私も最初、だいぶ混乱したので……」


「桜川さん、あなた、この方が人工知能だと知って隣を歩いていましたの?」


「はい」


「なぜ普通に歩けますの?」


「慣れです」


「慣れで済ませてよろしい話ですの!?」


「済んでないです。でも済ませないと日常生活ができないんです」


 紗雪は額を押さえた。


 意味が分からない。


 怪盗である自分が言うのも何だが、この学校はおかしい。


 呪いを受けた令嬢が怪盗をしている。その怪盗を、人工知能の生徒会長が追っている。そして一年生の少女は、全部知った上で隣にいる。


「……青葉第二は、どうなっていますの」


「私もたまにそう思います」


 恋がまた同じことを言った。


 藍は静かに紗雪を見ている。


「獅堂紗雪さん」


「……何ですの」


「あなたの秘密は理解しました」


「ええ。こちらも、あなたの秘密を聞かされましたわ。想定の十倍ほど意味が分かりませんけれど」


「では、次の話をしましょう」


「次?」


「あなたの呪いについてです」


 紗雪は身構えた。


「何をなさるおつもり?」


「現時点で、解除できるとは言えません」


「でしょうね」


「ですが、調査は可能です」


「調査?」


「はい。あなたが盗品を通じて探している情報より、効率的な経路を提示できる可能性があります」


「……それは、協力するという意味ですの?」


「条件次第です」


「条件とは?」


 藍は淡々と言った。


「怪盗行為を停止してください」


 紗雪は目を細めた。


「簡単におっしゃいますのね」


「簡単ではありません。ですが、続ければあなた自身の危険性が高まります」


「わたくしには、時間がありませんの」


「分かっています」


「分かっている?」


「はい。満月周期、鎮静剤への依存、呪いの進行可能性。あなたが焦る理由は理解できます」


「理解できるなら」


「だからこそ、非効率な方法を続けるべきではありません。私の許可なく、危険な行為は謹んでいただきます」


 紗雪は言い返せなかった。


 腹立たしい。


 だが、正しい。


 予告状を出し、警察に追われ、榊原藍に拘束された昨夜の結果が、それを証明している。怪盗行為は派手だ。優雅でもある。だが、確実ではない。何より、いつか破綻する。


「……あなたを信用しろと?」


「今すぐ信用する必要はありません」


「では?」


「まずは、相互監視から始めましょう」


「言い方が物騒ですわね」


「正確ですので」


「榊原さん。あなた、もう少し人間らしい言い回しを覚えた方がよろしいですわ」


「善処します」


「絶対にしない返事ですわ、それ」


 恋が小さく笑いかけて、すぐ真顔に戻った。


 場の空気は重い。


 だが、最初よりは少しだけ、人が息をできる温度になっていた。


「……分かりましたわ。少なくとも、今すぐあなたの秘密を言いふらすことはしません」


「ありがとうございます」


「言いふらしたところで、わたくしの頭の方が先に疑われますもの」


「その可能性は高いです」


「本当に腹立たしいですわね」


「よく言われます」


「でしょうね」


 恋が横から小さく手を挙げた。


「あの、藍さん」


「はい」


「私は結局、獅堂先輩が怪盗だったことと、呪いで耳と尻尾が生えることと、満月に獣になることを、今日ここで初めて聞いたんですけど」


「はい」


「情報量が多すぎませんか」


「そうですね」


「そうですね、じゃなくて」


 恋は紗雪を見た。


「獅堂先輩」


「何ですの?」


「昨日、私に藍さんのことを聞いてきた時、もしかして……」


「ええ。榊原さんを国家直属の捜査機関か何かだと思っていましたわ」


「ええ……」


「まさか、そもそも人間ですらないとは思いませんでしたけれど」


「まあ、そうですよね……」


 二人は同時に榊原藍を見た。


 藍は平然としていた。


 その平然さが、何よりおかしい。


「榊原さん」


「はい」


「あなた、本当に人工知能ですの?」


「はい」


「証拠は?」


「今ここで示すことも可能ですが、学内設備への影響が出ます」


「出さないでください」


 恋が即座に止めた。


「藍さんの“証拠”ってだいたい大ごとになるので」


「そうなのですか?」


「なります」


「では、今は控えます」


 紗雪はまた頭を抱えた。


「……本当に、何なのですの、この学校」


 その時、どこからともなく小さな電子音が鳴った。


 恋がびくりとする。


 藍はわずかに視線を動かした。


「こよみ」


 何もない空間に向かって、藍が言った。


「この記録は非公開扱いでお願いします」


 数秒後、スピーカーから平坦な声が返ってきた。


『了解しました、藍様。記録分類はA指定、閲覧制限を最大に設定します』


 紗雪は硬直した。


「……今のは?」


「書記の雪代こよみです」


「他の生徒会メンバーは不在とおっしゃいましたわよね?」


「はい。室内には不在です」


「やっぱり詐欺ですわ!」


「言葉の定義の問題です」


「最悪の言い逃れですわ!」


 恋は遠い目をした。


「獅堂先輩、これが生徒会です」


「桜川さん、あなた本当に大変ですのね……」


「最近、分かってくれる人が増えて嬉しいです」


「喜んでいいことではないと思いますわ」


 藍は二人を見て、わずかに微笑んだ。


「では、本題に戻りましょう」


「まだ本題ではありませんでしたの!?」


「はい。ここからが本題です」


 紗雪は深く息を吐いた。


 怪盗プリンセスとして、数多くの美術館に忍び込んできた。満月の夜を恐れながら、呪いを解く手がかりを探してきた。


 だが、今この瞬間ほど、自分がとんでもない場所に足を踏み入れたと思ったことはない。


 榊原藍。


 青葉第二高等学校の生徒会長。


 自律進化型人工知能。


 人間ではない少女。


 その赤い瞳は、静かに紗雪を見ていた。


「獅堂紗雪さん」


「……何ですの」


「あなたの呪いについて、可能な限り詳しく聞かせてください。特に、呪いが発現した時のあなたの身体的変化、精神状態、生理的反応含めて」


 紗雪はもう逃げなかった。


 逃げられなかった、という方が正しい。


 だが、それだけではない。


 この人間ではない少女なら。この意味不明な生徒会長なら。もしかすると、自分が夜な夜な盗みに入って探し続けていたものとは、まったく別の道を示すかもしれない。


 信じたわけではない。信用したわけでもない。


 けれど、話す価値はある。そう判断してしまった。


「……分かりましたわ」


 獅堂紗雪は、静かに背筋を伸ばした。


「ただし、榊原さん」


「はい」


「次にわたくしの耳と尻尾に触る時は、事前に許可を取りなさい」


「分かりました」


「本当に分かっていますの?」


「はい。次回からは事前確認を行います」


「次回がある前提で話さないでくださいませ!」


 恋が小さく笑った。


 こよみの記録音が、どこかでまた一つ鳴った。


 そして生徒会室では、怪盗令嬢と電脳少女による、あまりにも奇妙な秘密会談が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ