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電脳空想少女  作者: 榊原藍
第3章 戌
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第18話

 あれから翌日のこと。桜川恋は古角光里といつものように教室で駄弁っていた。昨日と何も変わっていない。古角光里がただの人間ではないという事が明らかになったものの、逆に言えばそれだけ。2人の関係性は何一つ変わらなかった。


 勿論、恋が聞きたいことはいくらでもある。何故榊原藍が古角光里の事を知っていたのか、古角光里はどこの誰に、どうして狙われていたのか、そして、古角光里を狙ったあの男たちはどうなったのか。

 しかしそのどれもが、古角光里との関係に水を差すものにはなり得ない。逆に、あれだけの事があったのにも関わらず、いつも通りの日常を送れる事に、桜川恋はひとり安堵していた。

 

 そしてその日の放課後、桜川恋はいつものように生徒会室の扉を開けた。


 もう何度も出入りしているはずなのに、未だにこの部屋へ入る瞬間だけは少しだけ気が張る。中にいる人間が全員どこかしらおかしいからだ。慣れたくないのに、慣れ始めている自分も嫌だった。


 扉を開けた、その直後。


 視界の正面にいた人物を見て、恋は思わず足を止めた。


 知らない女子生徒がいた。


 髪はウルフカット。女子にしては短めだが、妙に似合っている。背はそこまで高いわけではない。平均より少し上くらいだろうか。なのに、立っているだけで空気が変わる。


 怖い、と思った。


 美人かどうかで言えば美人なのだろう。だが、そういう感想より先に来るのは、近づきたくない、という本能的な緊張だった。目つきが鋭いわけではない。無駄に威圧しているわけでもない。なのに、そこにいるだけで、下手なことを言ったら終わると分かる。


 相手も同じタイミングで恋に気づいたらしい。


 その女子生徒は、はっきりと眉をひそめた。


「……誰だお前」


 いきなりだった。


 恋は数秒、返事が遅れた。


「え、いや……」


「生徒会室に見ねえ顔が普通に入ってくるから一応聞いてんだけど」


 声は低めで、妙に落ち着いている。怒鳴っているわけではない。ないのに、言葉の端々がすでに脅しみたいだった。


 誰、とはこっちの台詞だと思う。


 だが、勢いで言い返せる雰囲気ではない。


 恋がどう返そうか迷った、その時だった。


(あおい)さん、その方は関係者です」


 奥の席から、榊原藍の声が飛んだ。


 恋は内心で少しだけ安堵しつつ、部屋の中を見る。


 藍はいつもの席に座ったままこちらを見ていて、不破廻は机に肘をついて面白そうに成り行きを眺めている。鶴見秋臣は紙の資料を持ったまま、露骨に視線を逸らしていた。何だその反応。


 ウルフカットの女子生徒――葵は、藍の方を見て鼻を鳴らした。


「だったら先にそう言え。誰かと思っただろうが」

「今申し上げました」

「今じゃ遅えんだよ」


 対等だった。


 恋はそこで、相手がただの来客ではないとようやく気づく。藍に対してこの距離感で話せる時点で、相当な立場なのだろう。


 不破が横からにやにやしながら口を挟む。


「会長と同い年で、その口の利き方できる人って限られるよね。前世でいうと将軍か豪族級――」

「殴るぞテメエ」


 葵が即座に返した。


 不破は肩をすくめる。


「はいはい、怖い怖い」

「怖がってねえだろお前」

「だって前世の僕ならこの手の相手、何人も見てきたし」

「今この場で前世の話をもう一回始めたら本気で殴る」


 その声色に冗談っぽさが一切なくて、恋は本気で少し引いた。


 不破はさすがにそれ以上は言わず、代わりに楽しそうに笑っている。どういう神経だ。


 藍が静かに会話を切り戻す。


「紹介が遅れましたね。恋、こちらは東雲葵(しののめ あおい)さんです」


 恋、と呼ばれて、葵の眉がわずかに動いた。


「……ああ?」


 その短い反応に、また心臓が無駄に跳ねる。


 藍は平然と続けた。


「本校の風紀委員長です」

「風紀委員長……」


 恋は思わず復唱した。


 なるほど、と納得する。


 確かに言われてみれば、ただ立っているだけで校則違反の生徒を三人くらい自主的に正座させられそうな雰囲気がある。


 葵は今度こそ露骨に恋を見た。


「で、そっちは」


「監査等委員長です」


 藍が答えると、葵は数秒だけ黙った。


 その沈黙が妙に重い。


「……はあ?」


 やがて出てきたのは、すごく真っ当な反応だった。


「なんだそりゃ」

「お気持ちは分かります」


 藍が落ち着いて言う。


「校内でもまだ認知は進んでいませんので」

「いや、認知の問題じゃねえだろ。そんな肩書き初めて聞いたぞ」

「そうでしょうね」

「新手の規則ごっこか?」

「ごっこではありません」

「なら余計にタチが悪い」


 葵は額に手をやってから、もう一度恋を見る。


 視線そのものはまっすぐなのに、どこか試すような鋭さがあった。


「お前、一年か」

「……はい」

「会長、お前ついに見ず知らずの1年を使い始めたのか」

「表現に語弊があります」


 藍は少しだけ目を細める。


「使う、ではなく、役割をお願いしています」

「言葉遊びですませるんじゃねえよ、藍」


 藍、と呼んだ。


 しかもまったく気後れがない。


 恋は何となく、不破と藍と葵の三人だけ空気が違うことを感じる。同じ三年生。立場は違うのに、互いを対等な位置で扱っている感じがある。


 一方で、鶴見は露骨に口数が少ない。


 紙を揃える手つきだけがいつもより少しだけ速い。苦手なんだろうな、と恋は何となく察した。


 その察しを裏づけるように、葵がふいに鶴見の方を見た。


「おい、会計」


「……何でしょう」


 返事が若干固い。


「この前回した備品申請、まだ一個返ってきてねえぞ」

「内容確認中です」

「遅え」

「根拠不明な数量差分がありましたので」

「差分じゃねえ。あたしの見込みが現実的だっただけだ」

「主観の“現実的”は根拠不明です」


 鶴見の返しはいつも通り真面目だったが、どこか防御的だった。


 葵は鼻で笑う。


「ケチくせえな」

「会計ですので」

「嫌な役だな、お前」

「……ありがとうございます」


「褒めてねえよ」


 恋はそのやり取りを見ながら、だいぶ異様な空間だなと改めて思った。


 風紀委員長が生徒会室で会長と対等に喋り、副会長が前世の話を振りかけて殴るぞと返され、会計は明らかに少し怯えている。そして自分は、その真ん中で所在なく立っている。


 最悪の新入生歓迎だ。


 葵はもう一度恋の方へ視線を戻した。


「監査等委員長、ね」


 その肩書きを口にするだけでちょっと胡散臭そうになるのがすごい。


「お前、それで何やってんだ」


「えっと……」


 恋は一瞬だけ藍を見る。


 どこまで言っていいのか迷ったのだ。だが藍は特に助け舟を出さない。こういう時だけ見守る姿勢なのが腹立つ。


「生徒会の……記録とか、予算とか、そういうのを確認したり」

「ふうん」


 葵は短く相槌を打った。


「つまり会長の暴走止める役か」

「葵さん」

「間違ってねえだろ」


 藍は否定しなかった。


 不破が楽しそうに笑う。


「正確だねえ。前世だと監軍とか諫言役に近いかも」

「まだ言うかテメエ」

「だって分かりやすいし」

「今度その前世ごと黙らせるぞ」


 やっぱりこの人たちの会話、怖い。


 恋が内心で引いていると、葵は不意に少しだけ表情を緩めた。


「まあいい」


 そう言って、恋へ顎をしゃくる。


「会長の近くにいるなら、そのうち嫌でも面倒を背負わされるだろ。変なのに巻き込まれたな、一年」

「……はあ」


 どう返していいか分からず、曖昧な返事になる。


 だが、さっきまでの“誰だお前”よりは少しだけ棘が減っていた。


「ちなみに、そいつ」


 葵が藍を親指で示す。


「人の話聞いてるようで、たまに聞いてねえから。必要だと思ったら止めろ」

「葵さん、聞いていますよ」

「聞いてるだけで反映しねえだろ」

「必要性の問題です」

「ほらな」


 恋は思わず、小さく息を吐いた。


 それは妙に納得してしまう。


 藍はたしかに話を聞く。聞くが、それを採用するかどうかは別問題として処理している節がある。


 葵はその反応を見て、ほんの少しだけ口元を吊り上げた。


「その顔なら分かってんだろ。ならいい」


 そこへ、不破がまた横槍を入れる。


「東雲ってさ、こう見えて面倒見いいよね。前世でいうと姐御系の――」

「今度こそ殴るぞ廻」

「うわ、名前で来た」


「来たじゃねえ馬鹿」


 言い方がほとんど喧嘩なのに、藍も鶴見も誰も止めない。もうこのくらいは日常なのだろう。


 葵は最後に藍へ視線を戻した。


「で、本題の書類は?」

「こちらです」


 藍が端末を操作すると、すぐに関連資料が表示される。


 だが葵はそれを一瞥して、露骨に嫌そうな顔をした。


「やっぱ紙でくれ」

「想定済みです」


 藍がそう言うと、鶴見が無言で一部印刷済みの資料を差し出した。


 その動きだけ妙に素早かった。


 葵は受け取りながら、ちらりと鶴見を見る。


「やけに手際が良いじゃねえか」


「……今回は想定していましたので」

「前はしてなかったんだな」

「前回は電子で済むと判断しました」

「成長だな」


 鶴見がわずかに顔をしかめる。


 やっぱり苦手なんだろう。


 葵は資料をぱらぱらと確認し、それから出口の方へ向かった。


「じゃあ、用は済んだ」


 扉の前で一度だけ立ち止まり、恋を振り返る。


「一年」


「は、はい」


「名前、何だっけ」


 いま聞くのか。


「桜川、恋です」

「そうか、桜川。まあ頑張れ」


 それだけ言って、葵は本当にあっさり出ていった。


 扉が閉まる。


 生徒会室の中に、数秒だけ妙な静寂が落ちた。


「……怖」


 思わず本音が漏れる。


 不破がすぐに笑った。


「でしょ。東雲って、初手は大体ああだから」

「初手で誰だお前は結構きついんですけど」

「まあ風紀委員長だし」

「理由になるのかな、それ……」


 藍が静かに言う。


「気にしなくて結構です。葵さんは、認識できていない相手を即座に分類しようとする傾向があります」

「分類って、また藍さんもそういう言い方」

「実際そうですので」

「でもまあ、筋は通っている」


 珍しく鶴見が口を挟んだ。


 恋は少し驚いてそちらを見る。


「鶴見先輩、東雲先輩のこと苦手ですよね」

「……否定はしない」

「ですよね」


 鶴見は紙資料を整えながら、淡々と続ける。


「圧が強い。あと、予算感覚が荒い」

「そっちなんだ」

「会計にとっては重大だ」

「いや、分かりますけど」


 不破が肩をすくめる。


「それでも筋通ってるって評価なんじゃん?」

「通ってるのと怖くないのは別問題です」


 その返答に、恋は少しだけ笑ってしまった。


 なるほど、この生徒会の中でも、東雲葵はちゃんと別枠で怖がられているらしい。


 藍はそんな三人を見回しながら、静かに言う。


「恋」


「何ですか」


「良い経験でしたね」

「全然良くないです」


「今後、委員会間の調整で顔を合わせる機会もあるでしょう」

「そんな未来いらないんですけど」

「ですが、現実にはあります」

「そこを断言しないでください」


 藍は少しだけ目を細めた。


「少なくとも、初対面は終わりました」

「最悪の終わり方でしたけど」

「葵さん基準では、かなり穏当です」


 それを聞いて、恋は本気で頭を抱えたくなった。


 あれで穏当なのか。


 風紀委員長、怖すぎる。


 だが同時に、最後の「まあ頑張れ」がほんの少しだけ本気に聞こえたのも事実だった。


 厄介だな、と恋は思う。


 この学校の上級生は、どうしてこう、怖いのに筋が通っている人間ばかりなのだろう。


 いや、一部は人間ですらないのだが。


 そこまで考えて、恋は深くため息をついた。


 生徒会室の扉の向こうには、またひとつ、厄介な人物との接点が増えたらしい。

 それが良いことなのか悪いことなのか、今はまだ、できれば考えたくなかった。

東雲葵(しののめ あおい)

青葉第二高等学校 3年生 風紀委員会委員長

元指定暴力団東雲会頭首の一人娘

身長:168 cm、体重:50 kg

風貌:青髪、ウルフカット

性格:曲がった事が大嫌い。周りから怖いと言われている事を内心気にしているけど性格を変えるつもりはない

趣味:庭の手入れ、動物の動画を見ること

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