【第8話】
異議を叫んだのは、現在の冥王裁判課課長であるキサラギだった。
「ふざけるな!! 貴様が冥王様の補佐官になるだと!?」
冥王よりも強権を持っている上に、簡単に冥界を崩壊に導くことが出来る魔法使いが存在する前でのこの態度である。もしかしたら生きている限り――いや、存在している限りキサラギは態度を変えないのかもしれない。
しかし、キクガは「そうだが?」と態度を変えなかった。堂々とした姿勢でキサラギの怒声に応じる。
法律関係は勉強中の身ではあるが、それでも誤審を減らす努力すら見えないキサラギと比べれば遥かにマシだろう。自分自身が誤審を出すか出さないかの問題は裁判をやってみなければ分からない。記録係で同席していた関係で進行そのものは頭に叩き込まれているので、心配することはないだろう。
「貴様のような野蛮人が冥王様に近づくことは」
キサラギがさらに何かを叫びながらキクガに詰め寄ろうとした、その時。
「うるさいなぁ。君が優秀だったら文句はないけれど、無能なんだから口を挟む権利すらないよ」
グローリアがぞんざいな手つきで右手を振るう。
すると、キクガに詰め寄ろうとしていたキサラギの動きが止まった。まるで石像の如くその場から動かない。瞬きすらしていなかった。
その鮮やかな魔法の行使に、獄卒たちは誰もが息を呑んだ。特にオルトレイたち呵責開発課所属の獄卒は「あれが時間操作魔法か……」「詠唱なしだったぞ……」「あんな高度な魔法なのに」などと称賛の言葉を口にする。よほど凄い魔法だったらしい。
キサラギの行動を強制的に止めたグローリアは、楽しそうに笑いながら「ふぅん」と言う。
「キクガ君、随分と自信があるみたいじゃないか。本当に誤審をしないと約束できるの?」
「無論だ」
キクガは即座に回答した。
「少なくとも、キサラギ補佐官よりは正しい判決に導ける」
「ふぅん、そうかそうか」
グローリアは納得したように頷き、それから第七席へと振り返った。
「だってさ、第七席。どうかな? 彼は結構見込みアリだと僕は思うんだけれど」
第七席の頭部がぐりんとキクガへと向けられる。
深淵の如き真っ暗なフードの向こう側から、品定めするような視線が寄越された。何も言わないのが余計に緊張感を与えてくる。「お前は相応しくない」と次の瞬間に言われてしまうのではないかとヒヤヒヤした。
見つめ合うこと数秒、第七席から平坦な声が発される。
「吐いた言葉は飲み込めない。分かるな?」
真っ黒な手袋で覆われた人差し指をキクガに突きつけ、第七席は問うた。
「誤審を出した場合、お前はどうする?」
「この首を差し出す訳だが。私を殺すなり、深淵刑場に連れて行くなりしなさい」
キクガはきっぱりと言い切った。迷いなどなかった。
それほど冥王による裁判は他人の人生そのものを左右するものと考えているし、誤審をするなら責任を取って地獄に落ちることもやむなしである。それぐらいの覚悟でなければ裁判に携わるなど出来やしない。
その決死の覚悟を、果たして第七席はどう捉えただろうか。一度だけ頷くと、
「いいだろう。お前の、冥王裁判課への異動を認めてやる。ただし先にも言った通り、一度でも誤審を下せばお前の身柄は深淵に閉ざされることとなる。その覚悟で臨むように」
キクガは「感謝する訳だが」と口では冷静に礼を述べ、胸中では天高く拳を振り上げた。
今までは冥王裁判課の課長であるキサラギという邪魔があったが、さらにその上にかけ合うことで異動が実現した。オルトレイからの助言にも「課長や冥王よりもさらに強権を持つ存在が、今後やってくるはずだ。その時に自分を売り込め」とあった。それが成功してよかった。
グローリアもニコニコの笑顔で「よかったねぇ」と言い、
「あ、辞令は第七席の方から出してもらおうね。今の冥府総督府だと改竄の恐れがあるし、あんな無能が素直にキクガ君へ辞令を出す訳がないからね」
それからグローリアは、魔法によって動きを完全に止められて石像状態にさせられているキサラギに向き直る。右手を軽く振って彼にかけられた魔法を解除すると、
「そういう決定になったから。君の一存でどうこうするなら、君に責任を取ってもらうからね。ハスミ・キサラギ冥王第一補佐官殿」
「僕は認めない……!!」
ギリギリと歯軋りをしながら、キサラギはなおもキクガの異動を認めないことを主張する。強情な奴である。
グローリアは呆れたような表情を浮かべ、「今度は押し潰した方がいいかなぁ」なんて呟いた。どんな魔法を使うのか定かではないが、彼は時間と空間を自在に操る魔法使いである。おそらく何らかの障害物で頭からぷちっと押し潰すことを想定しているのだろう。目の前で人間の圧殺される瞬間がお目にかかれるという訳だ。
邪悪な考えをする魔法使いを制したのは、第七席だった。グローリアの腕を掴んだ第七席は無理やりその腕を下ろさせる。「止めろ」と暗に告げていた。
肩を竦めてグローリアが黙った頃を見計らい、第七席が言葉を発する。
「ちょうどいい。そこまで言うなら試練を乗り越えてもらおう」
怪訝な表情を見せたキサラギに、第七席の言葉は続く。
「今から1ヶ月後、ある罪人が冥王の法廷にやってくる。初めて魔法使用倫理規定違反により、死刑執行を言い渡された罪人だ。誤審を下した方は深淵に閉ざされるだろう」
第七席が「話は以上だ。解散」と命じたことで、その場は解散となった。
その間、冥王ザァトは一度も発言することはなかった。




