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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第11章:誤植

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【第7話】

 いきなりとんでもねー発言に、キクガは困惑した。



「グローリア君、何もそこまで」


「え、僕は何かおかしなことを言ったかなぁ?」



 グローリアは不思議そうに首を傾げる。仕草は可愛らしいが、言っている内容は全く可愛くない。



「冥王と、冥王第一補佐官は冥界の顔だよ。正しく罪人を裁いてほしいのに、こんな馬鹿と阿呆が冥界の顔なんておかしいじゃないか。だから一旦全部なくして、新しく冥界を作った方が早いと思ったんだよ」


「だからって、冥界の住人を殺すだなんて」


「キクガ君、ここは死後の世界だよ? 全員死んでいるから殺すなんてことはしないよ」



 グローリアは「おかしいの」なんて笑った。今はその笑顔が何とも恐ろしい。



「消すと言ったんだ。つまり全員、何も感知せずにこの世からはいサヨウナラ。永遠にバイバイってことだね」



 その説明を受け、野次馬根性で冥王の法廷にやってきた獄卒たちに衝撃が走った。

 何せ『死ぬ』よりも酷い運命を辿たどるのだ。この世から消し飛ばされるなど、二度と輪廻転生が出来ないと言われているようなものである。そんなことがあったら、今もなお冥界で暮らす無関係な住人も同じ末路まつろを辿ることになる。


 キクガは右手をかかげ、純白のくさりを引っ張り出す。魔法使いの魔法や能力を封じる冥府天縛めいふてんばくだ。これなら彼らの暴挙を抑え込むことが出来る。



「私は誤審ごしんの恐れがあるから止めてほしいと要求しただけで、冥界の崩壊を望んではいない。行き過ぎた行動をするならこちらも抵抗させてもらう訳だが」


冥府天縛めいふてんばくを出されると困るなぁ」



 グローリアは特に困った表情を見せず、言葉だけで「困った」なんて言った。本心が分からなさすぎる。


 すると、真っ黒なコート人間である第七席が再びグローリアに耳打ちをした。何やら長めに会話をしているようで、グローリアが「ふんふん」とか「なるほどね」とか相槌あいづちを打つ。ちら、と視線も何度かキクガに寄越された。

 2人の会話が終わってから、グローリアは考え込むように顔から笑みを消す。紫色の瞳が何かを探すように冥王の法廷を彷徨さまよい、それから何かを決めたように頷いた。



「第七席もね、わざわざ冥界の崩壊は望んでいないって。でも誤審が多いのは目に余るから、どうして誤審をしたのかという理由と改善策を出してくれたら考えるって言ってるね」



 グローリアがそう言うと、第七席がサッと右手を振った。


 冥王の法廷のあちこちに生えていた巨大な氷柱つららが、一瞬で溶けて消失する。冥王ザァトを執務椅子に縫い止めていた無数の氷柱も、キサラギの腹部を貫通していた氷柱も、何事もなかったかのように消え失せる。

 それと同時に、ボロボロになった冥王の法廷はグローリアが魔法で修復していた。キサラギの腹部に開けられた風穴も逆再生されるかのように肉や骨が治っていく。その様が気持ち悪くて、キクガは思わず目を逸らした。


 氷柱で支配された冥王の法廷を直した2人は、



「さあ、ご説明を。まずは誤審ごしんの多い理由からかな」



 グローリアはキサラギに笑顔を向ける。


 キサラギは口を引きらせ、それから言い訳を探すように黒曜石こくようせき双眸そうぼうせわしなくうごめかせた。右に左にギョロギョロと巡らせる様は爬虫類はちゅうるいのようだ。若干、目も血走っていて恐ろしい。

 自分が罰せられない為の言い訳を探すこと数秒、キクガの存在を認めると我が意得たりと言わんばかりに顔が歪む。キクガを言い訳に使うようだ。予想はしていたが。



「僕は彼奴きゃつだまされたのです!!」



 キサラギはキクガを指差し、



「奴の作成した冥王台帳めいおうだいちょうに誤植がありました。僕はそれを読んでしまったが為に誤った情報で判断を下してしまったのです!!」



 獄卒たちがざわめいた。キクガを快く思っていない獄卒たちからは「誤植だとよ」「そっちの方がよっぽど悪いじゃねえか」などと批判の言葉が飛んでくるが、これも想定内だ。


 キクガはちらと背後を見やる。

 無数の獄卒たちに紛れるようにして、たった1人の獄卒が顔を青褪あおざめさせていた。冥王台帳の誤植ごしょくを招いてしまった原因の獄卒である。己が招いた失敗でキクガが罰せられることを恐れているのだ。


 勝利を確信したキサラギに、キクガは正面切って告げる。



「誤植が発覚したのは3日前、私はそれまでに冥王台帳めいおうだいちょうを修正している。君は裁判の直前まで、冥王台帳を確認しなかったのかね?」


「確認したさ。それが間違えていたと言うのだ!!」


「へえー」



 キクガが反論するより先に、口を挟んだのはグローリアだった。

 彼は手元に表紙が真っ白な書籍を広げている。真っ白な書籍のページをじっと見下ろしながら棒読みのような「へえー」と言葉を発したので、おそらく何かしらの魔法を行使しているのだろう。紫色の光が書籍から漏れ出ていた。


 グローリアは首を傾げ、



「君、冥王鏡めいおうきょうを使わなかったみたいだね。どうして?」


「それは……」


「あれは冥王台帳めいおうだいちょうを読み込みさえすれば生前の行動記録が映像として表示される代物なのに、君はそれを裁判で使わなかったね。だから誤審なんかしたんじゃないの? だって冥王台帳は裁判までに直っていたんだからさ。君がちゃんと冥王台帳を確認しなかったのが悪いよね。それを他人のせいにするのもなぁ」



 軽い調子で笑い飛ばすグローリアに、キサラギが「ぐッ」と歯軋はぎしりをした。自分の行動が自分の首を絞めていた。



「まあでも、誤審が多い理由は分かった。君の仕事のやり方が悪いのか、君が馬鹿だからだね」


「不敬だぞ貴様!!」


「じゃあ改善策は? 誤審を減らすという改善策はどうするつもり?」



 叫ぶキサラギを無視して、グローリアは冥王ザァトに向けて言った。


 最終的に判決を下すのは冥王ザァトだ。誤審も冥王の責任になる。

 その誤審を減らす改善策を出すのは、当然ながら冥王ザァトだ。グローリアと第七席が納得できるような改善策が出なければ、冥界の崩壊待ったなしである。



「……余が、誤審をしなければいい」


「随分とかばうんだね、そこの無能」



 冥王ザァトが苦し紛れに出した改善策は碌なものではなかった。結局は自分がどうにかすればいいという結論に帰結きけつしてしまう。

 それでは誤審は改善されない。今後も誤審は増える一方であり、庇われたことでキサラギが調子に乗る未来が見える。何の解決にもなっていない。


 冷たく吐き捨てたグローリアは肩をすくめ、側に立つ第七席に視線をやった。



「どうする、第七席。冥界がこんな状態になって、残しておく価値はあるのかな。新しく作り直した方がよくない?」



 第七席はそれまで黙りこくっていたが、唐突に、声が聞こえてきた。平坦な、男性にも女性にも聞こえる曖昧あいまいな声だった。



「冥王ザァト――原初の罪人よ。深淵に閉じ込められようとしていたところを終わりの女神の目溢めこぼしによって王の座に収まった愚か者。正しく冥界を統治すると約束をしたのに、お前はたがえたな」



 冥王ザァトの色とりどりの眼球が戸惑うようにうごめいた。だが、止まることなく第七席から言葉は発される。



「終わりの女神への裏切り行為と見做みなし、その統治権を返却してもらう。冥界を愚かな魔法使いたちの道具に使われることを良しとした愚王を、これ以上、玉座に置いておくことは許さない」



 第七席は音もなく右手を掲げた。


 真冬にも似た冷気が、キクガの肌を撫でる。パキパキと音を立てて作られたのは巨大な氷柱つららだ。透き通った氷の槍は先端が鋭利に研ぎ澄まされており、一突きされれば冥王ザァトとて生還は難しいだろう。

 それほど改善策は第七席に響かなかった。どう足掻いても改善の余地なしと判断された。このままでは本当に、冥界の崩壊が免れかねない。


 だからこそ、キクガは行動した。脳裏をよぎった、オルトレイの手紙の内容に基づいて。



()()()()()



 今まさに氷柱が冥王ザァトに叩き込まれようとした、その時。

 キクガは待ったをかけた。


 全員から視線が集中する。冥王ザァト、キサラギ、グローリア、第七席、そして冥府総督府で雇われる獄卒たちがキクガを見据えていた。



「これ以上、誤審を増やさない方法がある訳だが」


「へえ、それは一体何かな?」



 代表してグローリアが応じる。興味深げな光を宿した紫色の瞳が、真っ直ぐにキクガを射抜いた。



「私なら、裁判で誤審は出さない」



 キクガは自分の胸板を叩き、



「私を冥王裁判課へ異動させてほしい訳だが。そうすれば、今後は絶対に誤審を出さないと約束しよう」

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、お久しぶりです! 新作、楽しく読ませていただきました。いつもキクガさんの破天荒かつ読めない行動と次から次へとどうしてこんなとんでもない発想を現実に変えてしまうところにハラハラドキドキし…
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