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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第11章:誤植

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【第5話】

 とりあえず、午前中の業務は一旦終了である。



「何ということだ……まさか私がいながら誤審ごしんを許すとは……」


「コイツ、頭からキノコが生えてねえか?」


むしり取ればいいのではないか?」


「分かった」



 昼休みを迎え、キクガは食堂で突っ伏していた。


 午前中に執り行った裁判の誤審をまだ引きっていた。自分がいながら誤審を未然に防ぐことが出来なかったのだ。あのクレア・スミスなる老婆には本当に申し訳ないことをした次第である。

 もう1人の、本来ならば深淵刑場に叩き込まれるはずのクレア・スミスの方は果たしてどうなるのだろうか。予定通りに深淵刑場へ叩き込まれるのか、それとも天国行きを許可されるのだろうか。あの腐れ冥王第一補佐官ならばそのような展開もあり得なくはない。


 そんなことを悶々(もんもん)と考えていると、何やら頭からキュポンという音が聞こえてきた。明らかに何かが抜けた。



「何か抜けたかね」


「キノコ」


「何故?」


「テメェの頭に生えてたから」



 対面に座るアッシュの大きな手には、何故か毒々しい赤色をしたキノコが握られていた。食べたら毒にやられて死にそうな見た目をしている。

 怪訝けげんな表情を見せるキクガに、アッシュは「まあ、ばっちいから捨てるけど」と赤いキノコを捨てた。自分の頭から引っこ抜いておきながら酷いことをするものである。


 オルトレイはアッシュがキノコを捨てた方角を一瞥いちべつし、



「食べればよかったのではないか。キクガみたいに頭が良くなるぞ」


「余計なことまで考える羽目になるからいい」


「酷い」



 日々を頑張って生きているというのに、事もあろうか『余計なことを考える羽目になる』とはこれ如何いかに。相変わらず厳しい同僚たちである。



「で、だ。お前は何をそんなにしょげておるのだ」


誤審ごしんを許してしまった訳だが」



 オルトレイからグラタンの載せられたお盆を押し付けられ、キクガは「すまない」と謝罪する。代わりに注文をしてくれていた様子である。

 熱々のグラタンには真っ黒い海老が使われたシーフードグラタンとなっていた。濃厚なソースと程よい硬さのマカロニとの相性がいい。チーズも香ばしくて美味しい。


 もぎゅもぎゅとグラタンを口に運ぶキクガは、やはりしょんぼりとした口調で言う。



「あのクレア・スミス女史には申し訳ないことをした。私が暴力を使用してでも止めていることが出来れば……」


「つっても、運び込まれた先は深淵刑場だろ? じゃあ無理だと思うぜ」


「何故そう思うのかね」


「深淵刑場へ罪人を叩き込むには、深淵刑場の主に許可を取らねえとまずいんだよ」



 アッシュがフライドチキンを骨ごとかじりながら言う。



「深淵刑場は終わりの女神エンデの神域であることは知っているな? 現状、終わりの女神エンデが表舞台に出てこない以上、終わりの女神エンデより神域の権限を引き継いだ奴が深淵刑場の主人だ。冥王の判断で罪人を叩き込めるのは第8刑場までであり、深淵刑場に罪人を移送する場合は深淵刑場の主人に許可を取らねばならんのだ」


「つまり、深淵刑場へ連れて行かれたクレア・スミス女史は」


「寸止めだな。戻ってくるだろう」



 オルトレイは真っ黒いパンをお上品に千切っては口の中に放り込み、もぐもぐと咀嚼そしゃくしながら言う。



「問題はもう1人のクレア・スミスとやらだな。間違えるのであれば天国行きを命じられるだろうが、天国は天使どもの管轄だ。善人が行くべき楽園に、深淵刑場行きを約束された大罪人を向かわせたとなれば冥界の立つ瀬がない」


「その件のクレア・スミスはまだ冥王の法廷に到着していない。現在は昼休み中なので法廷も閉廷へいていしている訳だが」


「いやぁ、分からん。分からんぞ、キクガよ。世の中にはとんでもねー思考回路を持つ人間がごまんといるからな」



 怪訝けげんな表情を見せたキクガに、オルトレイは口の端を持ち上げて告げた。



「あの腐れ冥王第一補佐官のことだ。気に入らないお前を記録係から排除して、冥王の法廷を勝手に開けることだってやりかねん」


「オルト、君は私がその程度のことを予想できないとでも?」



 心外なとばかりにキクガは唇をとがらせる。

 あの腐れ冥王第一補佐官の思考回路など透けて見える。どうしてもキクガを排除したいのだろうが、そうは問屋とんやおろさない。徹底的に邪魔をしてやる所存だ。


 キクガはグラタンの最後の1口を運び終えて完食すると、



誤植ごしょくが発覚してからすでに手は打った訳だが」


「ほう。中央魔法裁判所にでも通報したか?」


「いや」



 オルトレイの質問に、キクガは首を横に振った。


 確かに、中央魔法裁判所を統括するルージュ・ロックハートならば誤審を許さず、冥府総督府を徹底的に糾弾きゅうだんすることだろう。冥王ザァトをはじめとする上層部は辞職に追い込まれるかもしれない。

 だが、正攻法で戦うのはキクガのしゃくに触る。こちとら闇の金融業界に身を置いていたのだ、小狡こずるい騙し合いや根回しはお手の物である。多少の性格の悪いことだって利用してやる。


 口の中を潤す為に水を飲むキクガは、



「少々、性格の悪い魔法使いに情報の横流しを」



 その時である。



『緊急招集、緊急招集。獄卒たちは全員、至急冥王の法廷に集合せよ。繰り返す――――』



 冥府総督府の建物全体に轟けと言わんばかりに、その音声が響き渡った。遠くからカンカンカンカンというけたたましい鐘の音も耳朶じだに触れる。

 こんな放送は初めてである。異変を感じ取って食堂を利用していた獄卒たちは天井を見上げていたが、再び食事に戻った。「緊急招集ってもな」「どうせ冥王裁判課の自業自得だろ」「あ、野次馬でもしに行くか?」と会話を交わしている辺り、上層部の信頼は底辺に落ちているらしい。


 アッシュとオルトレイも同じように天井を見上げていたが、放送が終わると同時にキクガへと視線を落とした。



「早速お客様がいらっしゃったような訳だが」



 キクガは素知らぬ顔で水をくぴくぴと飲むだけだった。

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