【第1話】
本日より獄卒として勤務開始である。
「えー、諸事情あって今日から新しい獄卒が入る。全員、仲良くするように」
「よろしく頼む」
就業前の打ち合わせと称して、キクガはアッシュに促されて大勢の獄卒の前に立っていた。もちろん、格好は他の獄卒たちと同じく白黒縞模様が非常に目立つ囚人服だ。昨日のうちに支給されなかったら、今頃はスーツ姿で働く羽目になっていたかもしれない。
この打ち合わせでは、どんな罪人がどこの刑場に落ちてくるのか説明されるようだ。アッシュの手には何枚かの羊皮紙が握られており、内容を盗み見ると人名と罪状がつらつらと並べられていた。なかなかの人数である。獄卒が足りるかどうか心配になる。
そんな訳で勤務1日目を迎えたキクガだが、現場の獄卒は冷ややかな目線を寄越してくるばかりだ。
「大丈夫なのかよ」
「ひょろいし、役に立つのか?」
「すぐに根を上げそうだよな」
白黒縞模様が特徴的な囚人服に彫像めいた肉体を押し込み、同性から羨望の眼差しを向けられそうな屈強な男たちがコソコソと嫌味を垂れるとは面白い光景である。キクガは聞こえる範囲で悪口を言ってきた獄卒たちの顔をしっかりと記憶しておくことにした。
確かに『根を上げそう』と思われるのは理解できる。現場に並んだ獄卒たちは誰も彼も筋肉質であり、最低限でも中肉中背といった体型だ。キクガのように身長だけ無駄に高くて筋肉もない長身痩躯な獄卒はいない。
現場の獄卒の仕事内容は、呵責と呼ばれる拷問である。暴力で罪人たちを屈服させ、生前の罪を反省させるのが仕事だ。肉体労働中心では、細身のキクガなど役に立たないと言われても仕方がない。
アッシュは「うるせえぞ」と注意し、
「本人もやる気なんだ。そのやる気を削ぐようなことを言うんじゃねえ。コイツより仕事が出来てなかったら地獄の底まで走ってもらうからな」
「勘弁してくれ、課長!!」
「あそこまでどのぐらいの距離があると思ってんだ!!」
獄卒たちから文句が次々と飛んでくる。それほど嫌な刑罰のようだった。
「だったらきちんと後輩を指導してやれ。以上、解散」
アッシュの号令に、今日の打ち合わせとやらは終了を迎えた。
獄卒たちは自分の持ち場に向かう。その場に残されたのはキクガと獄卒たちを束ねるアッシュだけだ。誰1人としてキクガに声をかけようとしなかった。
それほどキクガがまともに働けるか信用できないらしい。随分と初心者に手厳しい職場環境である。これでは友人の1人すら作ることさえ出来やしない。
ぽつねんと残されたキクガに、アッシュは言いにくそうに頭を掻きながら口を開く。
「まあ、現場は実力勝負だからよ。根気よくやってりゃ認めてくれるさ」
「そうかね」
キクガはアッシュを見上げると、
「では、私の本日の仕事は? 君について回ればいいのかね、課長」
「課長はよせ、テメェに役職で呼ばれるとサブイボが立つ」
身震いするアッシュは、今この場に立っている現場をザッと見渡した。
「じゃあ、簡単に説明する。――ここは冥界っていう死後の世界で、冥府総督府は死者が罪人かどうかの裁判を受ける場所だな。ンで、ここは生前に罪を犯した連中が落ちてくる地獄って奴だ」
「なるほど」
キクガもアッシュの視線に合わせて周囲を見回した。
鮮血の空と暗黒の大地、そして地表を舐めるようにごうごうと燃え盛る紅蓮の炎。何人かの獄卒は真っ白な衣服を身につけた罪人たちを紅蓮の炎に押しつけて焼き、さらに手にした鉄棒や棍棒などでボコボコに痛めつけていた。効率の悪いやり方ではないだろうか。
説明されると、なるほど確かに地獄のような光景である。罪人が罪の清算をするのに相応しい、禍々しさに満ちた世界だ。ここで何年もボコボコにされれば、次に生まれ変わる際は清らかな魂を持っていることだろう。
「ンで、この刑場ってのが罪人たちを痛めつけるオレたちの仕事場だ。罪状によって罪人はより深い刑場に落とされる」
「ほう、一体どのぐらいの深さがあるのかね」
「知らん。把握してない」
キクガの質問をあっさり投げ出したアッシュに、思わずずっこけそうになった。把握していなくて大丈夫なのか。
「ではこの刑場は?」
「第1刑場って言って、殺人の罪を犯した罪人が落ちてくる。ああやって火で炙って殴ったりするのがここでの仕事だが、まあやりたいようにやればいい」
「自由すぎないかね」
あまりにも自由すぎる職場に、キクガは困惑した。仕事内容もあやふやな気がする。
アッシュは「おーい、持ってこい!!」とどこかに声をかけた。
その命令を聞いて、2人の獄卒がえっちらおっちらと真っ白な服を着た男をキクガの元に引きずってくる。だいぶボコボコにされているようで、男の顔面が見事に腫れ上がっていた。
ボロ雑巾のようになっている男を指差したアッシュは、
「テメェの担当はこれな。殺してでもいいからボコボコにしろ」
「死後の世界で死んだらどうなるのかね」
「知らねえけど、まあ動かなくなってもどうせ次の日にゃ動いてるから平気だって」
だいぶ適当なことを言うアッシュに、キクガはひっそりとため息を吐いた。これは本当に大丈夫なのだろうか。
でも、仕事は仕事である。やらねばならない。
アッシュからずっしりと重たい鉄の棒を手渡され、キクガは地表をごうごうと燃やしている紅蓮の炎に歩み寄った。鉄製の棒は見た目的に鉄パイプと酷似しており、口の中に入れることが出来る。
なので、キクガは鉄製の棒を紅蓮の炎に突っ込んだ。
「この程度か」
紅蓮の炎に熱されて、鉄製の棒は赤々と輝く。さぞ熱いことだろう。
熱した鉄棒を手にして、キクガはボロボロの罪人の前に立つ。
絶望に満ちた表情でキクガを見上げてくる罪人。ガタガタと震える彼の胸を蹴飛ばして仰向けに転がし、逃げないように腹を踏み潰して漆黒の大地に縫い留めた。
熱した鉄棒を構え、キクガは赤々と輝く先端を罪人の口腔内に容赦なく突き入れる。
「〜〜〜〜!!」
「喧しいぞ、灰皿にも劣る肉袋が。せいぜい泣いて喚け」
冷徹に罵倒の言葉を選びながら、キクガは熱した鉄棒でさらに罪人の口腔内を蹂躙するのだった。
初日から容赦ない呵責の腕前を見せつけるキクガに、アッシュをはじめとする古参の獄卒たちは震え上がった。
誰も思いつかなかった拷問である。普段は炎の中に放り込み、大人しくなったところで暴力を振るうだけだったのに、キクガのやり方は思わず罪人に同情してしまいたくなるほど悲惨なものだった。
真面目に罪人を痛めつけるキクガの背中を眺め、アッシュは戦慄する。
「やっぱり獄卒に向いてるよな」
その呟きは、罪人のくぐもった悲鳴に掻き消された。




