【第6話】
とりあえず、首の皮1枚繋がった状態で謁見終了である。
「はあー……面倒な奴を入れたもんだな」
「すまない。迷惑をかけないようには努力する訳だが」
「当たり前だろ。ウチは厳しいぞ、新人だからって甘やかさねえからな」
「そのぐらいがちょうどいい」
足早に冥王の居城から立ち去ったアッシュを追いかけ、キクガは言う。
親族も後ろ盾も何もない孤独の状況だが、無事に職を得ることには成功した。正当な試験を受けた訳ではないのでいわゆる『コネ入職』ということにはなるだろうが、仕事にまで甘えて怠けるのはキクガの信条に反する。『働かざるもの食うべからず』なのだ。
それにしても、現場の獄卒とはどういう仕事内容になるだろうか。ただの暴力と暴言で罪人の心を折る程度ならばキクガでも出来るが、何か特殊な武器や道具を使うことになるなら躊躇ってしまう。そういうものは資格などが必要になるのではなかろうか。
明日から獄卒としての生活が始まるので悶々と考えていると、アッシュが不意に足を止めた。
「テメェ、キサラギ補佐官を2回も殴るなんて度胸があるな」
「キサラギ?」
「殴っただろ、あの眼鏡の」
「ああ」
アッシュに指摘され、キクガは合点がいったとばかりに頷いた。
「キサラギという名前なのかね。挨拶をするより先に出てきてしまった訳だが」
「いや、挨拶なんてしなくていい。あれは現場の連中から嫌われてるんだよ」
銀灰色の双眸をキクガに投げて寄越したアッシュは、小声で「もちろん、オレもな」と言う。
そういえば、冥王の居城に向かう時、やたら渋っていたことを思い出した。あの眼鏡の喧しい男――キサラギとやらを毛嫌いしていたからか。ようやく理由が判明した。
キクガは首を傾げ、
「何故、彼を嫌っているのかね?」
「あん? 決まってるだろ、仕事が出来ねえ割に威張り散らしてるからだよ」
「重ねて質問するが、どの程度で仕事が出来ないという基準になるのかね。私は彼の仕事っぷりが理解できない訳だが」
現場と冥王のすぐ側で働くのとでは、仕事内容が明らかに違う。現場はゴリゴリの肉体労働で体力や腕力が必要になるが、冥王の居城である本部に勤務するとなれば頭脳労働が中心となるだろう。肉体労働をしないからと言って、仕事が出来ないと片付けるには早計すぎる。
「まあ、仕事が出来ねえってのは現場にいるオレも分からねえけどな。アイツ、冥府にやってきた当初から冥王様のお気に入りなんだよ」
「ほう……」
アッシュの回答に、キクガは目を細めた。
その回答に、思い当たる節はある。血縁関係ではなければ、想像できるのは『枕営業』とかアレやソレなどのいかがわしいやり方だ。冥王ザァトの見た目でそっちのケがあるのならば、キサラギのような男が好みということか。
色々と下衆な考えが錯綜してしまうが、考えない方がよさそうだ。すでに獄卒としての勤務が決定した身である。勤務しているうちは冥王第一補佐官などと仕事をすることはないだろう。
「まあ、あのスカしたツラが歪む様が見れただけで儲けもんだ。ありがとうな、キクガ。異世界人って凄えな」
「私が異世界人と信じるのかね」
「そりゃそこまで落ち着いて『私は異世界人です』なんて堂々と言えば信じるだろ」
ケラケラと笑い飛ばしながらアッシュに背中を思い切り張り倒されたので、お返しとしてキクガは脛を軽く蹴飛ばしておいた。
☆
アッシュに案内された場所は、マンションのような建物だった。
真っ黒な煉瓦が積み重ねられた建物は西洋風の見た目をしており、元の世界でよく見かけていたマンションや団地などといった集合住宅とは違うような気がした。映画や海外旅行などで見かけたことのある形式である。
どうやらこの真っ黒なマンションが獄卒たちの社員寮らしい。アッシュが言うには「ここは独身寮だからな。女は連れ込むなよ」なんてニヤリと笑っていた。連れ込むような男だと思われているのだろうか。
5階建てのうち、キクガは4階の部屋をあてがわれた。あらかじめ預かった鍵で扉を開くと、やや広めだが殺風景な部屋がお出迎えしてくれる。
「おお」
フローリングを踏みつけ、キクガは感動した。
家財道具がある。ベッドに箪笥、クローゼットまで完備されていた。水回りもきちんと整備されているが、このぽっかりと穴が開いた台座は何に使うのだろうか。籠に積まれた石の使い方も気になるところである。
最初から家財道具付きの部屋はありがたい。キクガは財産すら持たない状態でこの異世界にやってきたのだ。金がなければ寝る場所さえ確保できないが、家財道具付きの部屋ならマシな生活が送れそうである。
感慨深げに部屋を歩き回るキクガだったが、
「……あ、そういえば今晩の食事についてどうするべきだろうか」
生活空間は確保できたものの、食事と衣類については目処が立っていない。由々しき事態である。異世界で豊かな生活をするにはまだまだ遠い。
「とりあえず、隣の部屋から挨拶がてら物乞いでもしてみる訳だが」
極限状態になれば人間など誰でも恥もクソもない訳である。
キクガは即座にご飯の略奪を決めると、意気揚々と部屋を出ていった。
食事についてアッシュが様子を見にきた頃には、すでにキクガは近所から必要なものを略奪し終わっていた。




