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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第10章:法律

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【第8話】

 場所は変わって、最初にお茶をした瀟洒しょうしゃ喫茶店きっさてんに戻ってきた。



「働いたあとのケーキは美味しいね」


「私は別に、何も働いていない訳だが……」



 つややかなチョコレートケーキを口に運んでご満悦まんえつな様子のグローリアを正面に置き、キクガは気まずそうに紅茶をすする。


 グローリアの作戦は、わざと他人に迷惑をかけて法律の必要性を促すことだった。その為の憎まれ役を買って出てくれた訳なのだが、キクガは少し心苦しく思っていた。

 この作戦はグローリアを完全に悪者へ仕立て上げるだけではなく、一般人にも多大に迷惑をかけてしまうのが難点だった。実際、自分の住処をなくした人々はグローリアに敵意を向けていた。あれほど濃密のうみつな敵意を向けられたのは、前職で敵対している組織に出向いた時以来のことである。


 キクガは申し訳なさそうに、



「グローリア君。君には迷惑をかけた訳だが」


「何が?」



 グローリアはフォークをくわえたまま不思議そうに首を傾げ、



「僕は迷惑だなんて思っていないよ。そもそも、迷惑だなんて考えたら君に手を貸すような真似はしないさ」


「そうだとしても、君が他の人から恨まれてしまっては」


「なぁに、僕が殺されるとでも思ってる?」



 それはそれは楽しそうに、グローリアはキクガの懸念けねんを笑い飛ばして見せた。


 彼は自分自身が殺されないと絶対の自信があるのだ。確かに家を消し飛ばしたり一瞬で元に戻したり大量の人間を転移させたりと規格外な魔法を乱発していたので一般人に殺される可能性はないだろうが、それでも油断は禁物である。外出した際に背後から、ということもあり得る。

 外見で判断するのは申し訳なく思うのだが、彼の身体能力が優れているようには見えない。もやしも同然の優男の運動神経などタカが知れている。筋肉もついているようには見えないし、悪漢あっかんに襲われたとしても抵抗できずに殺されてしまうだろう。


 そこまで考えていたことが表情にでも出ていたのか、グローリアが「失礼なことを考えてるでしょ」と不満げな声で言った。



「そんなことは」


「どうせ僕はユフィーリアと違って運動神経もにぶいし力もないですよーだ。でも空間構築魔法とかちょっと難しい魔法は僕の方が上手だもんね。殺されない自信は絶対あるよ」



 グローリアはチョコレートケーキをペロリと平らげると、店員に「次はアップルパイをお願い」と注文をする。個室の隅に控えていた専属らしい店員がうやうやしく頭を下げると、風のような速さで個室を出て行った。



「その自信はどこから来るのかね」


「寝込みを襲うのはほぼ不可能だね、僕のお屋敷って迷路みたいになってるし。攻略できるのは友人ぐらいじゃないかな?」



 グローリアは「あ、そうだ」と手を打ち、



「今度、僕の家に遊びにおいでよ。君とは仲良くできそうだし」


「…………機会があれば」



 キクガは当たりさわりのない回答で誤魔化しておいた。

 本能が、彼に必要以上に踏み込むなとささやいている。きっと踏み込んだら最後、離してくれない予感さえあった。付かず離れずの付き合いが最適なのかも知れない。


 その時、



「イーストエンド様」


「何かな?」


「お客様がいらっしゃっております。お通ししてもよろしいでしょうか?」


「うん、いいよ。通して」



 アップルパイを運んできた店員が来訪客の存在を伝え、グローリアが許可する。店員は「かしこまりました」と応じるなり、颯爽さっそうと個室を立ち去った。

 早速、命の危険が迫っているのではなかろうか。グローリアは何の警戒心も抱かずに許可を出したが、もし包丁を手にした一般人が家を破壊された恨みを持って来訪したとすれば大問題である。


 いっそ冥界の関係者であることをバレてもいいから冥府天縛めいふてんばくを使おうと決めた矢先、店員が見覚えのある男女2人組を連れて現れた。



「よう、グローリア。随分ずいぶんと無理やり法律を通したな」


「いきなり呼び出されるこっちの身にもなってよねぇ。しかも詳細は説明されないしさぁ」


「やあ、ユフィーリアにエドワード君。協力に感謝するよ」



 来訪客として現れた銀髪碧眼の魔女と筋骨隆々の男――ユフィーリアとエドワードを、グローリアは笑顔で迎え入れた。すでに彼女たちの来訪を知っていたと言わんばかりの態度だった。

 グローリアの満面の笑みに呆れたように肩をすくめるユフィーリアは、彼の正面に座るキクガの存在に気づいて小さく手を振る。エドワードも「どうもぉ」と愛想よく挨拶をしてくれた。警戒をする必要のない相手が現れたことで、キクガも警戒心を解く。


 ユフィーリアはどっかりとキクガの隣に腰を下ろすと、



「キクガさんも、こんな腹黒野郎に捕まるなんてな。大変だったろ、建物消したり出したりする奴だから」


「いや」



 キクガは首を横に振り、



「彼が協力してくれなければ、あの法律は制定されなかったかもしれない訳だが。無理やりな方法でも、早急に制定されてくれて嬉しい」


「ほーん、まあ別にいいんならいいけど」



 ユフィーリアは注文を聞きにきた店員にエドワードの分も含めて適当に注文をし、



「それにしても、龍帝国りゅうていこくにはあんな法律があるのか? 法律の面に関して言えば、龍帝国の方が進んでるんだな」


「え、ああ。そう、な訳だが」



 歯切れ悪くキクガは答える。

 冥界関係者であることは言えない。ユフィーリアとエドワードは、キクガが龍帝国と呼ばれる場所出身であると思っているのだ。都合がいいので龍帝国出身を装っているのだが、果たしていつバレるか。


 ユフィーリアとエドワードが龍帝国についてきゃっきゃと話しているのを横目に、キクガは誤魔化ごまかすように紅茶をすする。良心が痛む。



「へえ、君は龍帝国出身なんだねぇ」


「……何か問題でも?」


「ないよ。いい国だよね。ご飯も美味しいし」



 あからさまに何か言いたげだったグローリアは、朗らかに笑ってアップルパイを胃の中に収めてしまうのだった。

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