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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第10章:法律

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【第6話】

 不機嫌全開な銀髪碧眼の魔女、ユフィーリア・エイクトベルは低い声でグローリアに問いかけた。



「一体何してんだ」


「魔法の実験さ」



 グローリアは簡潔に、そして楽しそうな笑顔を崩さずに答えた。


 彼女の出現によって、中央魔法裁判所付近の温度が下がったような気がした。それまで騒ぎ立てていた一般人は銀髪碧眼の魔女が大いに不機嫌であることを感じ取って誰も彼もが口をつぐみ、事の成り行きを見守っている。「自分たちが正しい」「彼女なら助けてくれる」という絶対的な信頼が彼らの眼差しにはにじんでいた。

 ユフィーリアの登場に救われたのは、一般人だけではない。ルージュを筆頭とした中央魔法裁判所の裁判官たちも安堵の表情を見せている。ユフィーリア・エイクトベルという魔女の善性を信じている証拠だ。彼女ならばきっとグローリアの暴挙ぼうきょを止めてくれる、と確信している。


 ユフィーリアは青い瞳をツイとすべらせ、グローリアのすぐそばひかえるキクガに視線を向けた。



「で、キクガさん。もしかしてこの馬鹿をそそのかしたのはお前だったりする?」


「断じて違う訳だが」



 絶対零度の敵意を向けられ、キクガは即座に否定した。



「その、実は新しい法律の提案をしようと」


「へえ」


「それがこれで」


「ん」



 キクガは抱えていた封筒をユフィーリアに手渡した。中身は『魔法使用倫理協定・草案』の冊子である。キクガが苦心して作り上げたものだ。


 封筒から冊子を取り出し、ユフィーリアは中身を確認する。パラパラとページをめくり、それからエドワードにも冊子を見せる。

 冊子を渡されたエドワードも中身に目を通し、それから「え、これ新しく施行されるのぉ?」と問いかけた。ユフィーリアは首を横に振るだけの回答をする。視線を中央魔法裁判所の裁判官たちに向け、2人揃って納得したように頷いた。


 ユフィーリアは冊子を封筒に戻して、キクガに返してくる。そして、



「グローリア、魔法の実験だったな」


「うん、そうだよ」


「そうか」



 グローリアの回答に、ユフィーリアはニヤリと笑った。



「面白そうだから見てていい? 次はどこ消すんだ?」


景気けいきよく王城とか消しちゃいなよぉ。絶対に混乱するってぇ」



 まさかのグローリアの暴挙を後押しするような発言をし始めた。



「ユフィーリアさん、正気ですの!?!!」


「正気も何も、魔法の実験だぜ。文句言うなよな」



 金切り声を上げるルージュに対して、ユフィーリアはうるさそうに顔をしかめつつ応じた。実際、片耳に人差し指を突っ込んで彼女の金切り声による衝撃を軽減させていた。


 魔法使いや魔女の中でも比較的常識的な考えを有するユフィーリアが、グローリアの暴挙を後押しするような発言をしたのだ。彼女の善性を信じていた一般人の絶望は計り知れない。希望に満ちた表情から一転して、悲しみと怒りの感情がき出そうとしていた。

 しかし、彼女に掴みかかることが出来なかったのは、側に佇むエドワードが原因だろう。見上げるほどの巨躯きょくを持ち、銀灰色ぎんかいしょくの鋭い眼光で高みからにらまれれば誰でも萎縮いしゅくする。事実、睨まれた相手は慌てたように視線をらしていた。


 ワナワナと震えるルージュは、



「ユフィーリアさん、見損ないましたの……!! あなたはこんな暴挙を許さないと思っていましたの!!」


「建物を消されたぐらいでガタガタ抜かすなよ」



 ユフィーリアは呆れたような視線をルージュに投げかけ、



「女子供を魔法の実験に使うような魔法使いや魔女と違って、グローリアは人を殺しちゃいねえぞ。お前ら、魔法の実験とか言えば全部無罪判決にするじゃねえか。人間から建物に変わっただけでぎゃーぴー騒ぐんだったら他も裁けよ」


「ッ!!」



 ルージュは息をんだ。それから苦しそうに顔を歪めた。


 魔法の実験と称せば、人間の命さえ軽く扱う――現在ではそのような常識がまかり通ってしまっているのだ。本来ならば殺人の罪を立証しなければならないが、魔法の実験目的によるものだったら見逃されていた節がある。

 グローリアの暴挙は、それらと比べれば遥かにマシだろう。何せ命を失った訳ではない。誰も死んでいない。文句があれば自分で建物を作ればいいだけの話である。



「でも、こんなの……ッ!!」


「何だよ、どうしてもグローリアを裁きたいのか?」



 ユフィーリアはやれやれとばかりに肩を竦め、



「魔法を使っただけで罪人に仕立てられるなんて、魔女や魔法使いも肩身が狭くなったもんだな。一体何でそれが罪だと思うんだ? 何を基準にした罪状だよ、これは」


「それは」


「ほら言ってみろ、グローリアは何の罪で裁かれるべきなんだ? 最高裁判官なら妥当な罪状を言えるだろう。罪状を確定させ、ちゃんとしかるべき罰を与えるべきなんじゃねえのか?」



 ルージュが何かを探すように視線を彷徨わせた。


 グローリアの所業を『罪である』と断定して裁くには、罪状を確定させなければならない。だが、彼を裁く為の罪状が存在しないのが現況である。

 建物損壊の罪に問おうとしても、建物はグローリアの所有物であり、住人は勝手に住み着いた不法占拠者である。賃貸借契約が成立していない以上、グローリアの横暴を罪に出来ない。


 そのことを理解しているからこそルージュもグローリアに強く出れずにいたが、キクガの存在を認めるなり赤い瞳を輝かせた。



「キクガさん、その封筒を貸すんですの!!」


「え?」


「いいから貸すんですの!!」


「あ」



 ぼんやりしていた影響か、ルージュがキクガの手から封筒を強奪ごうだつするのを黙って見ているしか出来なかった。


 ルージュはキクガから奪った封筒の中身を確認し、ようやく武器を得たと言わんばかりに笑みを見せる。それから彼女は強い意思でグローリアを睨みつけた。

 ようやくグローリアの暴挙を止める為の手段を得られたのだ。これなら大丈夫だと、これなら真っ向から戦えると判断し、最高裁判官である彼女は高らかにその冊子を掲げた。



「グローリア・イーストエンドさん、あなたの所業は倫理的に問題がありますの。よって、中央魔法裁判所はあなたを魔法使用に関する倫理協定違反として拘束しますの!!」



 それに対するグローリアの反応は、



「まだ制定もされていない法律で何をしようって言うの?」



 それはそうだと頷くキクガの横で、ユフィーリアが甲高い悲鳴を上げて笑い崩れた。

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