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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第10章:法律

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【第5話】

「魔法の実験と称して建物を消し飛ばすのは一体どういう了見ですの」


「でも建物から離れるようにって警告したよ?」


「警告すればいいってものじゃないんですの。他人に大いに迷惑をかけていることが理解できないんですの?」


「邪魔な建物を消しただけで、僕は人を殺してもないよ。調べてごらんよ、誰も死んでないからさ」



 鬼のような形相で厳しく注意するルージュに対し、グローリアはのらりくらりとかわしていた。相手の感情など気にした様子はない。頭の血管が切れて倒れたとしても、彼はきっと「あ、倒れた」と軽い調子で言うに違いない。

 どれほど説教をしても、グローリアには暖簾のれんに腕押しの状態だった。彼の心にルージュの説教は浸透していかない。それどころか、そこら辺を歩いている一般人の悲鳴や怒号すら届かない。へらへらと笑いながら受け流す。


 ルージュはその美貌びぼう苛立いらだちにゆがませ、



「グローリアさん、これ以上の迷惑行為はわたくしとしても看過かんかできませんの。中央魔法裁判所が最高裁判官として拘束し、あなたを罰しますの」


「へえ」



 罪に問う、と宣告されたにも関わらず、グローリアの態度は軽かった。反省するつもりもない様子である。



「どんな罪で?」


「え?」


「いやね、どんな罪で僕は罰されるのかなって。魔法の実験に邪魔だったから建物を消しただけで、人を殺した訳じゃないんだからどんな罪で僕は裁かれるの?」



 建物を消し飛ばしておきながら、自分はどんな罪に問われるのかと逆に質問する始末である。このグローリア・イーストエンドなる魔法使い、なかなかに図太い神経の持ち主だ。



「それはもちろん、建物損壊の罪で」


「おかしいなぁ」



 グローリアは本当に、心の底から不思議そうに言うと、



「この辺りの建物は僕が建てたものだけれど、君たちは大家が『出ていけ』と言っても住み続けるつもり?」


「それは……!!」



 ルージュは悔しそうに柳眉りゅうびを寄せた。


 彼女の態度から予想するに、グローリアの言葉は事実なのだろう。彼が周辺一帯の建物を作ったのであれば、建物の所有者ということになる。所有している以上、建物をどうこうする権利はグローリア本人にある。

 ただ、その理屈は果たして通るだろうか。彼の作った建物には、少なくとも住人がいた。住人がいるということは家賃が発生しているはずである。家賃を徴収ちょうしゅうしているならば、建物を自由に取り壊すことは出来ない。



「グローリア君。君が大家だと言うならば、家賃などは」


「ないよ?」


「え?」


「だからないよ、家賃なんて。僕が勝手に作った家に、その辺の人たちが勝手に住んでいるだけだよ」



 グローリアはさも当然とばかりに言ってのけた。

 まさかの賃貸借契約が成立していなかった。これは勝手に建物を取り壊されても、住んでいた住人の方が悪いということになる。正確に言えば『不法占拠』という意味合いで。


 唖然あぜんとするキクガに、グローリアは朗らかに笑って言葉を続けた。



「だから、僕が作ったんだから壊すのも僕の自由だよね。むしろ『不法占拠』で訴えなかっただけ、僕は本当に優しいと思うなぁ」


「……なるほど。契約が成立していないなら、私からは何も言えない訳だが」



 キクガは大人しく引き下がるしかなかった。

 救いようがないほどに完璧すぎた。グローリアが作って所有している建物に、人が勝手に移り住んで生活を始めてしまっていたのだ。よく今まで不法占拠を主張しなかったのか謎である。


 このままでは彼の暴挙を止めることなど不可能だ。むしろ止めようとすれば、止めた相手が訴えられる羽目になってしまう。今まで住んでいた家賃を請求されれば、果たしていくらになるか想像もつかない。



「ロックハート裁判官、何とかなりませんか!?」


「このままでは住居がなくなり、路頭に迷う人が!!」


「くッ……!!」



 部下らしい裁判官たちにせっつかれるも、ルージュは苦しそうに顔をゆがめるばかりだった。

 グローリアを裁く為の罪状が見つからないのだ。どれだけ探しても、彼を罪人として法廷に立たせる為の理由が存在しない。住居を壊し、人々の営みを妨害する厄災やくさいの魔法使いの暴挙を、正義の名の下に鉄槌てっついを下すことが出来ずにいた。


 一方で、この場にいての権力者であるグローリアは、紫色の瞳を中央魔法裁判所の建物に投げかける。



「そういえば、中央魔法裁判所も僕が作ったよね」


「なッ、あなたまさか!! 中央魔法裁判所も消すおつもりですの!?」


「あはは、それだけじゃないよ」



 顔を引きらせるルージュに、グローリアは楽しそうに笑った。焦燥感しょうそうかんに駆られる彼女を、華麗に笑い飛ばした。



「実は王城も僕が作ったし、王立魔導書図書館も僕が作ったし、貴族の屋敷も魔法の研究施設も王立学院も橋も河川も農地もみんなみんなみんなみんな僕が作ったんだよね」


「…………それはもう、世界を作っていないかね?」


「そうだよ」



 キクガの何気ない質問に、グローリアは簡潔に答えた。



「世界は僕が作ったさ。勝手に住み着いて勝手に過ごしているのは君たち人間側でしょう? 僕の都合で壊すのに、君たちの都合を持ち出されてもね」



 グローリアは綺麗な笑顔で周囲を見渡した。

 その笑顔の、何と恐ろしいことだろう。世界の生殺与奪せいさつよだつの権限は彼に握られているのだ。並大抵の魔法使いや魔女でさえ、彼に敵うはずがない。もし太刀打ちできるのならば、魔法を使われるより先に彼を仕留めることが出来るぐらいの強さを持った誰かが――。


 その時、



「グローリア、本屋を見てたらいきなり消えたんだけど。お前の仕業か?」



 不機嫌ふきげんそうな声が響き渡る。


 人混みが勝手に割れ、その間から銀髪碧眼の魔女が姿を見せた。すぐ側には見上げるほどの巨躯きょくを持つ筋骨隆々とした男が控えている。

 誰かが「救世主だ」と呟いた。キクガも、彼女の姿を見ただけで「きっと彼女なら」という希望が降って湧いてくる。それほどまでに彼女は、そこに佇んでいるだけで救いの手を差し伸べてくれそうな気配がしたのだ。



「ユフィーリアさん……!!」


「やあ、ユフィーリア。こんにちは」



 ルージュは救世主を見るかのような希望に満ちた目で、一方でグローリアは友人に挨拶でもするかの如く気軽さで、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルの登場を歓迎した。

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