【第3話】
「とりあえず、どこかでお茶でも飲もうか。立ち話していても足が疲れるだけだしね」
朗らかな笑顔を崩さないグローリアからお茶の誘いを受け、断る理由もなくキクガは承諾した。
案内された先は、中央魔法裁判所から程近い場所にある瀟洒な喫茶店である。店頭に配置されたガラスケースには燦然と輝くケーキがずらりと並んでおり、レジ台の後ろには煌びやかな飴玉を詰めた大きな瓶や焼き菓子をたんまりと詰め込んだ箱が展示されている。なかなか豪勢な喫茶店だった。
キクガとグローリアが入店するなり、燕尾服を身につけた年嵩の男が急いですっ飛んできた。それからグローリアに対して恭しげな態度で「いらっしゃいませ、イーストエンド様」と挨拶する。なるほど、それなりの地位とはあながち間違いではなさそうだ。
グローリアはにこやかな笑顔で、店員らしい年嵩の男に応じる。
「個室は空いてるかな? それと、ケーキセットを適当に」
「すぐにご用意いたします」
丁寧な態度で応じるや否や、風のような速度で年嵩の男は店内の奥に姿を消した。彼は忍者か何かか。
呆気に取られたのも束の間のこと、再び年嵩の男が戻ってくるなり「ご案内いたします」と言った。『用意する』と宣言してから10秒と経っていない。一体どんな魔法を、と思ったのだが、この世界は科学技術よりも魔法が発達した異世界である。片付けなど魔法であっという間だ。
グローリアもそれを理解しているのか、朗らかに笑うだけである。彼はここに来てから一度だって笑顔を崩していない。それどころか、キクガと会話している間も笑顔が崩れることはない。
薄気味悪さすら感じつつも、案内に従ってキクガとグローリアは瀟洒な喫茶店を横断する。客からの好奇の視線に晒されつつも、2人は固執とやらに通された。
「おお」
「気に入ってくれたかな?」
「むしろあまりにも高級そうな見た目をしているから、緊張してしまう訳だが」
案内された個室とやらの床を踏み、キクガはあまりの豪華さに息を呑んだ。
繊細な彫刻が施された調度品や家具は、一眼で上等な素材を使っていると判断できる。まるで王侯貴族が使用するのではないかと思うぐらいに立派なソファセットがど真ん中を占有しており、すでにフルーツをふんだんに使用した豪勢なケーキと紅茶のセットまで用意されていた。
壁には立派な絵画が飾られ、大きな窓から燦々と日光が入り込む。まとめられたカーテンも高級そうな気配が漂っていた。ソファセット以外の座席はなく、喫茶店が所持している個室にしてはなかなか広い。キクガの社員寮の部屋よりも広いのではなかろうか。
これ以上、このふかふかの絨毯を踏む訳にはいかないと蹈鞴を踏むキクガに、グローリアは首を傾げて問いかけた。
「もしかして気に入らない? 別の内装に変えようか?」
「いや、そこまでは」
「色々と変えられるけれど」
グローリアが当たり前のようにそんなことを言う背後で、店員らしい年嵩の男が顔を青褪めさせていた。高貴な人間の機嫌を損ねたとでも思っているようである。彼が今後、何をされるか分かったものではないので、キクガは「問題ない。むしろこれで頼む」とグローリアの申し出を辞退した。
「さてと、まずは」
グローリアは早速とばかりにソファへ腰を落とし、
「いっただっきまーす!!」
ケーキを食べ始めた。
「…………」
「んー、美味しい!! やっぱりここの喫茶店、内装が豪華だし見た目も華やかだからいいね!!」
「…………」
「あれ、君も食べなよ。どうせここは僕がお金を出すんだし」
グローリアに促されるがまま、キクガは彼の対面の席に腰掛ける。
高級なソファは座り心地がよく、しかしながら腰が沈むほどではない。長時間使用しても疲れなさそうである。1人がけのものを仕事場にほしいぐらいだ。
そして目の前のテーブルに置かれたケーキは、様々な果物をふんだんに使用した華やかな見た目が特徴的だった。滑らかな白いクリームに乗せられた果物たちは宝石のようで、甘やかな香りが鼻孔をくすぐった。
ケーキを食べたいところではあるのだが、キクガにはやることがある。
「ええと、先程の話なのだが」
「ああ、法律の話だっけ。魔法使用倫理協定?」
キクガが考えた法律に関して話題を出すと、グローリアはケーキをもぐもぐと口に運びながら応じる。
「うん、いい法律だよね。施行はいつから?」
「ルージュ君からは却下された訳だが」
「あらら」
グローリアは友人から失恋話を聞いたぐらいの反応を返してきた。非常にあっさりしすぎている。
「大多数の魔法使いや魔女から反発は必至とのことで」
「なるほどね」
「とりあえず啓蒙活動から始めてはどうだろうかと提案された訳だが」
「ふんふん」
「…………君が聞きたいことがあると言ったので茶飲みに応じたのだが、どうやら私は時間をドブに捨てるような真似をしたのかね?」
「あはは、まさか」
ジト目を向けるキクガに、グローリアは楽しそうに笑った。
「本当にいい法律だと思うよ、僕は」
「だが、施行されなければ意味がない訳だが。中央魔法裁判所の裁判官全員を納得させた上で、貴族から署名をもらわなければならないとは」
「ああ、その点なら問題ないよ。僕が何とかする」
「え?」
ケーキを食べ終えたグローリアは、優雅に紅茶を啜る。キクガと目が合うなり、彼はまるで子供のように笑った。
「君は運がいいよ。何せこの僕と出会えたからね」
「なるほど」
キクガは納得したように頷き、
「新手のナンパか。正義パンチを食らうかね」
「それはただの拳だね」
「頼りにならなさそうなのだが、本当に私は運がいいと?」
「あ、酷い。意外とやるんだよ、僕だって」
グローリアは「任せてよ」と胸を叩くと、
「これでも伊達に長生きしていないからね。君の法律、通してみせるよ」
本当だろうか、とキクガは最後までグローリアに疑いの眼差しを向けるのだった。
ちなみにケーキはとても美味しかった。また来ようと思う。




