【第2話】
そして法律を中央魔法裁判所の最高裁判官に提出したが、予想通りの結末を迎えた。
「受け入れられませんの」
「承知した、歯を食いしばりなさい」
「右手に冥府天縛を巻きつけて何をなさるおつもりですの!!」
右手に冥府天縛を巻きつけ始めたキクガに、最高裁判官であるルージュは警戒心を露わにした。慌てたように後退りするも、身体能力は悪い方なのか動きは鈍臭い。すぐに追いついて綺麗な顔面に拳を叩き込むぐらいは出来そうである。
昨日、完成したばかりの『魔法使用倫理協定・草案』を提出しに、キクガは仕事を休んで現世の中央魔法裁判所を訪れていた。事前に来訪の連絡は入れていたので、問題なくルージュとも面会は出来た。
ただ、法律の中身を確認したルージュの返答は「受け入れられない」の一言だったのだ。茨の道であることは理解していたが、常識人だと思っていたルージュがまさかの発言である。やはり利権を啜る魔女なのか。
ところが、ルージュは違う意味合いでの「受け入れられない」発言だったようである。
「わたくし個人目線からすれば、素晴らしい法律だと思いますの。昨今、魔法を自由に使い過ぎている魔法使いや魔女が目立ちますの。それらを取り締まる意味合いで言えば、まさにこれ以上ないほどいい法律ですの」
「ならば」
「ですが、その自由に魔法を使い過ぎている魔法使いや魔女の総数が多過ぎますの。反発を買うことは必至、下手をすればあなたの命まで危ぶまれますの」
ルージュの真紅の双眸が、真っ直ぐにキクガを射抜いた。
彼女の懸念も、オルトレイと同じだった。この『魔法使用倫理協定』を正式に採用すれば、数多いる魔法使いや魔女たちが黙っていない。自分たちの自由を脅かされると悟り、攻撃的にもなるだろうと考えていた。
人間とは身勝手なものである。自分の自由を脅かされるのであれば全力で抵抗するくせに、他人を蔑ろにすることに関しては躊躇いがない。自分の欲望さえ満たすことが出来れば、他人の命さえ踏み躙る生き物なのだ。それはどこの世界でも共通しているのだろう。
ルージュはキクガに『魔法使用倫理協定・草案』の冊子を返却すると、
「成立させたいのであれば啓蒙活動でもしてみてはいかがですの。味方を増やせば、法律も制定しやすいんですの」
「啓蒙活動か、なるほど」
キクガは少し考える素振りを見せ、
「道行く人を片っ端から捕まえて脅せば」
「何つーことを思いつくんですの。悪魔か何かですの」
「これでも獄卒だが」
「何事も暴力で解決するような職場であることをすっかり忘れておりましたの。ですがここは現世、知的にお過ごしくださいですの」
「私は十分知的だが?」
「知的な殿方は右手に鎖を巻きつけて殴りかかりませんの!!」
あーだこーだとルージュは喧しく騒ぎ立てたが、とりあえずやることは決まったのでキクガは早々に中央魔法裁判所をあとにした。
☆
去り際に、ルージュから法律の制定に関する情報を教えてもらえた。
「中央魔法裁判所の裁判官全員の賛同と、公爵家1名と伯爵以上の家格を有した貴族3名以上の署名が必要と。ふむ、なるほど」
中央魔法裁判所の建物から出てきたキクガは、ルージュから教えてもらった法律の制定に関する情報を反芻する。
法律を通すには、中央魔法裁判所に属する裁判官たち全員から賛同をもらった上で、この国に属する貴族たちの中でも公爵家が1名以上、伯爵以上の家格を有する貴族が3名以上の署名が必要となる。中央魔法裁判所の裁判官全員の賛同は厳しいだろうが、貴族の署名はどうにかなりそうだ。
ユフィーリアはエイクトベル公爵家の当主である。この部分は問題なくクリアしている。他の伯爵以上の家格を有する貴族は、まあそこら辺を歩いているところを捕まえて脅せばいいだろう。3人ぐらいならどうとでもなる。
問題は、
「裁判官の同意か。これが厄介な訳だが……」
キクガは難しげな表情で腕組みをする。
裁判官の人数だけでも把握できていないのだ。獄卒の人数ほどは在籍していないにしろ、かなりの人数が中央魔法裁判所にいることだろう。彼ら全員から賛同を得るのは厳しい。果たして何年かかるか。
片っ端から胸倉を掴んで脅しをかければ、ルージュがうるさいだろう。彼女は裁判官たちの首魁である。バレれば面倒だ。
そうなると、素直に新法の啓蒙活動をすべきなのだろうが、
「おっと」
「ああ、すまない」
考え事をしながら歩いていたのが悪かったのだろう、キクガは知らない誰かと正面衝突を果たした。
ぶつかった衝撃で、手にしていた封筒が滑り落ちる。地面にバサッと音を立てて落ちると、その中身を衝突した相手の眼前に晒した。
慌てて膝を折って封筒を拾い上げようとするが、それよりも先にキクガとぶつかった何某が封筒からはみ出た冊子を拾う。それをパラパラと捲り、
「へえ、なるほど」
なんて、頷いて見せた。
「これは君が?」
「そうだが」
「よく出来てるね。うん、とてもいい。素晴らしい法律だよ。まさに無秩序に陥った魔法の世界を救う一助になるね」
その何某はうんうんと楽しそうに頷いていた。
キクガは冊子のページを捲る何某の姿を見据える。
20代ぐらいの青年だろうか。烏の濡れ羽の如き艶やかな黒髪をハーフアップにし、キクガを真っ直ぐに見つめる瞳の色は朝靄を思わせる紫色を帯びている。中性的な顔立ちは女性にも男性にも見えるが、薄い唇から紡がれる涼やかな低い声から男性であると判断できた。服装から、それなりの地位にある人間であると予想できる。
青年はにこやかな笑顔を見せ、
「これについて話を聞きたいんだけど、いいかな?」
「構わないが、君は?」
「ああ、これは失礼。名乗りもしないで話しかけるところが僕の悪い癖だなぁ」
爽やかな印象を受ける青年は、朗らかな笑顔を崩さず自己紹介をした。
「僕はグローリア・イーストエンド。つい今しがた、王宮付きの家庭教師をクビになった魔法使いさ」
――とんでもねー自己紹介だった。




