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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第10章:法律

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【第1話】

「よし、完成な訳だが」



 記録課の仕事部屋で1人残って作業をしていたキクガは、完成した冊子さっしを前に額の汗をぬぐう。


 冊子の表紙には『魔法使用倫理協定・草案』とある。現世で問題になっている、魔法使いや魔女が際限さいげんなく魔法を使用することに関して制限を設ける為の法律だ。

 別に使用に関して制限を設けようという魂胆こんたんは最初からない。それでは自由な発展をさまたげてしまう恐れがあるからだ。問題は、魔法の実験と称して他人を誘拐ゆうかいしてきたり、魔法の使用で他人から金品を徴収ちょうしゅうしたり、生贄いけにえなどを使用して魔法を行使することだ。倫理的に問題視される魔法の使い方をしないようにする為の法律である。


 記録課の仕事の合間で法律を勉強し、様々な判例などを読み込んだ上で作った法律である。制定されれば、世界は魔法が使えない人間にも多少優しくなれるだろう。



「キクガよ、待たせたな」


「オルトかね」


「誰もおらんではないか。帰っていてもよかったのに」



 記録課の仕事部屋を覗き込んできたオルトレイが、伽藍がらんとした部屋の様子に青い瞳をまたたかせた。


 すでに定時は過ぎ去り、部下は全員帰宅させた。だがキクガが記録課の仕事部屋に残っていたのはこの『魔法使用倫理協定・草案』をまとめることの他に、オルトレイの仕事終わりを待っていたのだ。

 実は近々、第2刑場に新しい呵責道具かしゃくどうぐが導入される予定なのだ。それもキクガの元の世界の拷問器具を参考にしている。その最終調整を今日中に仕上げたいと昼休みに申し出され、彼の仕事が終わるまで待っていたのだ。


 出来たばかりの冊子を大きめの封筒に入れたキクガは、



「こちらもやりたいことがあった訳だが。仕事中ははかどらないので、ちょうどよかった」


「ん? やりたいこととは、この前言っていた新しい法律の件か?」


「ああ」



 キクガは頷くと、小脇こわきに抱えた封筒をオルトレイの目の前に突き出す。



「魔法の使用に関して制限を設ける法律な訳だが。ただ制限するだけではなく、倫理的に問題視されるような使い方はしないように、という意味合いにした」


「ほう、なるほどな」



 オルトレイは納得したように頷き、



奴隷どれいなどを使用した魔法の実験は問題視されているからな。俺が生きていた頃も活発かっぱつだった」


「奴隷などもいるのかね」


「一部地域では未だに奴隷取引が盛んだ。今では所持も禁止されているはずだがな、法の目をくぐる馬鹿たれはいつの時代もいるものだ」



 やれやれとばかりにオルトレイは肩を竦めた。


 奴隷の所持や売買は確かに現行の法律でも禁止されている記述を見たが、やはり魔法が絡んでしまうと検挙けんきょが難しくなってしまうらしい。それに一部の地域では未だに奴隷の売買や所持が合法となってしまっているので、その辺りも何とか取り締まりたいところではある。

 魔法使用倫理協定が制定され、施行されれば多少は被害を減らせると信じたい。それでもなお法律の目を掻い潜るような真似をする魔法使いや魔女が現れるようなら、その度に法律を厳しくして対処する所存だ。



「だがな、キクガよ。何度も言うが、この法律に賛同するのは極小数だ。施行するにはいばらの道を歩むことになるだろうよ」


「理解している」



 オルトレイからの忠告に、キクガは真剣な表情で頷いた。


 この法律がすんなり受入れられるとは思っていない。自分たちの自由がなくなることを恐れて、大多数の魔法使いや魔女たちが反発することだろう。もしかすると、キクガ自身の命が狙われるかもしれない。

 それでも、キクガはいばらの道を進む覚悟を決めた。それぐらいの勢いでなければ世界を変えることなど夢のまた夢である。魔法を使うことが出来る恵まれた連中よりも、魔法を学ぶ機会すら与えられない有象無象の一般人を守る選択をすべきだ。


 キクガは冥府天縛めいふてんばくを右腕に巻きつけ、



「いざとなれば冥界めいかいパンチで意地でも法律を通して見せる訳だが」


「それは洒落しゃれにならん拳だな。出来れば出さないことを強くお勧めするが、まあお前の場合は『殴ると見せかけて蹴飛ばしてやろう、感謝しなさい』とでも言いそうだし」


「オルト、私にどんな印象を抱いているのかね」


「インテリマフィア」


「辞めてほしい、切実に」



 オルトレイによる正直すぎる回答に、キクガは顔をゆがめた。



「そんな簡単に前職を言い当てないでほしいのだが」


「お前、本当にマフィアだったのか。どうりでやることなすことえげつないと思っていたが」


「私の組織は地域に密着しており、祭りの運営や朝の声掛け運動、ゴミ拾いなどにも積極的に執り行っていた訳だが。生業なりわいが暴力的であることは否めないが、ちゃんと猫を被っていた訳だが!!」


「言い訳めいているが、一体お前の立ち位置はどこだったんだ。まさか率いていたとかいう訳ではあるまい?」


「若頭」


「2番手ではないか。いずれ率いることを約束された地位ではないか」



 オルトレイは楽しそうに笑いながらキクガの肩を叩いてくる。


 いやまあ、確かに何か色々な会社をかくみのにしていたが、キクガは根っからの闇の人間である。金銭の計算が得意なのも、前職をあえて『金融職』と言っていたのも闇金を担当していたからだ。

 闇に染まりきっているので王の器がどうのと言われても鼻で笑ってしまうのだが、この世界には幸いにもキクガの前職を知る人間は1人もいない。しれっとしていれば冥王の地位すら手に入れられるだろう。


 なので、



「オルト、このことを他言してみなさい。埋める訳だが」


「怖いな。言う訳なかろう。物を知らぬ愚王よりも、きちんと加減の出来る暴君ぼうくんを支持する」


「誰が暴君だ」


「お前の沸点は一体どこだよ」



 ケラケラと笑い飛ばすオルトレイに軽く蹴飛ばしつつ、キクガは記録課の仕事部屋をあとにした。

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