【第10話】
休暇を終えた翌日、記録課の仕事場に出勤すると早速とばかりにオルトレイがやってきた。
「おはよう、キクガよ。勤勉な獄卒であるお前にこれをやろう」
「わ」
ドサドサドサドサと執務机に大量の書籍を置かれ、キクガは赤い瞳を見開いた。
どの書籍も立派な装丁をしており、題名には『法律』云々の文字が掲げられている。内容を確認すると現世の法律関係を記した書籍らしい。年代は少しばかり古いが、法律の勉強をしている身としては非常に参考になる。
急に書籍が目の前に山となって積まれたので、何かのいじめかと錯覚してしまった。オルトレイはキクガを思ってこの大量の法律関係の書籍を掻き集めてくれたのだ。
「この先、昇進を試みるのであれば現世の法律を頭に叩き込んでおけ。裁判で誤審をやらかせば洒落にならん」
「助かる訳だが」
キクガは乱雑に積み上げられた書籍を丁寧に揃えて脇によけると、
「ところでオルト、急に法律関係の書籍を送ってきてどうしたのかね」
「どうしたもこうしたも、俺は本気だぞ」
オルトレイはさも当然と言わんばかりに宣言する。
昨日のやり取りがふと脳裏をよぎった。オルトレイは、キクガを冥王に押し上げると言ったのだ。
自分が冥王になるのではなく、キクガを冥王にするのだ。法律関係や常識を最初から学んでいる段階であるキクガを冥王にするのではなく、自分自身が冥王を目指した方が確実だというのに。
キクガはオルトレイを真っ直ぐに見据え、
「オルト、君が冥王を目指すという可能性は?」
「こう言うのもあれだが、俺は王の器ではない。面倒見のよさと市井をまとめる能力は全く別物だ」
オルトレイはニヤリと口の端を持ち上げると、
「それに、魔法使いにとっては王を育てて導く役目には憧れがあるのだ。キングメイカーを成し遂げたとあれば末代にも自慢できるだろうよ」
「なるほど」
キクガは納得したように頷いた。
オルトレイがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。キクガ自身に王の素質があるのは甚だ疑問だが、聡明な魔法使いならば正しく導いてくれるはずだ。自信はないが、いずれ現在の冥王ザァトはその玉座から引き摺り下ろしてやる予定だったので、支持者が出来たと思えばいい。
その為にもまずは勉強が肝心である。現世の法律すら知らずに冥王の玉座を目指すなど愚の骨頂だ。「物も知らぬ愚王」と後ろ指を刺されるような無様な姿は、元の世界にいる息子にさえ見せられない。
オルトレイはキクガの肩を叩き、
「分からんことがあれば聞け、出来る限り答えてやろう。ではな」
「ありがとう、オルト。わざわざすまない」
朝から大量の書籍を届けに来てくれた心優しい魔法使いにしっかりと礼を述べ、キクガはオルトレイの背中を見送った。
彼の姿が記録課の仕事部屋から消えた頃を見計らい、さてこの書籍の山をどう片付けるべきかと首を捻る。書籍をくれたのはありがたいことこの上ないのだが、いかんせん保管場所に困る。少しずつ社員寮に持ち帰るしかないだろうか。
それよりもまずは記録課の仕事である。今日の冥王の裁判に同席して裁判記録を作成し、現世の記録作業もやらなければならない。仕事は山積みだ、本と同じように。
「あ、あの、課長」
声をかけられ、キクガは顔を上げる。
目の前には数冊の冥王台帳を抱えた部下の獄卒が、おどおどとした様子で立っていた。連日、キクガが与える威圧感のせいで話しかけづらい雰囲気があったのだろう。部下の態度に少しばかり自分の行動を反省する。
冥王台帳を抱えているということは、何か誤植でもあったのだろうか。もし誤植があれば、全て調べ上げて正しい記録に直さなければならない。キクガの仕事の負担が増える未来を考えると、気が重くなった。
ところが、
「今日も裁判の記録を取りに行かれますか?」
「その予定だが」
「えと、事前に今日の裁判予定を確認して、冥王台帳を持ってきました。参考までにどうぞ」
「む」
キクガは純粋に驚いた。
部下が持ってきたのは誤植などではなく、今日の裁判にやってくる死者の冥王台帳だったのだ。裁判の記録は本来、冥王裁判課の仕事なのだが、記録があまりにもぐちゃぐちゃすぎるのでキクガの方で無理やり引き取った訳である。その際にも冥王第一補佐官のキサラギがぐちゃぐちゃと文句を言ってきたが、視線で黙らせたのは記憶に新しい。
当然ながら冥王台帳も裁判に臨む上で必要はもので、キクガは裁判の前に冥王台帳を確認するのが常だった。今日もまた冥王台帳を探すところから始めようと思っていたのだが、その仕事を早々に部下が完遂してくれた訳である。
「ありがとう、助かった訳だが」
「いえ、あの、これぐらいなら……」
「ふむ」
謙遜する部下の獄卒から冥王台帳を受け取ったキクガは、
「君は確か、生前は『魔導書拾い』を生業としていたようだが。何か関係があるのかね?」
「え」
驚いたように顔を上げた部下の獄卒は、
「知って、るんです、か」
「知っているも何も、部下の人となりを把握しておくのは上司の務めな訳だが」
キクガは当然とばかりに言った。
何も部下に不得意な仕事をやらせて喜ぶような上司ではない。得意な仕事をやらせて自信をつけさせ、その上で効率化などを提案させるのがキクガのやり方である。その為には人となりを把握しておく必要がある。
ならば、
「君には冥王台帳の整理を頼みたい訳だが。以前から年代も名前もバラバラで整理整頓がされておらず、冥王台帳を探すのも苦労した訳だが。膨大なので第3分室のロギー君と第12分室の室長にも頼みなさい。彼らも魔導書拾いを生業としていた訳だが」
「あ、はい。分かりました!!」
「それとついでで申し訳ないが、第17分室の室長と第18分室の室長を呼んできてほしい訳だが。第17分室と第18分室には別の仕事を頼みたいと伝えてほしい」
「はい!!」
元気よく返事をした部下の獄卒が、記録課の仕事部屋を飛び出していく。その姿を見送って、キクガは改めて記録課の仕事部屋を見回した。
先程のやり取りを聞いていたのか、1人の獄卒が呆けたような表情でキクガと部下の獄卒の両方に視線を巡らせていた。「その態度は何だ」と言わんばかりの反応である。
当然ながら、手が止まっている彼のことも頭の中に入っていた。
キクガは彼に冷たい視線を送り、
「手が止まっている。折檻がお望みかね?」
「態度が違くないすか!?」
「キサラギ補佐官から私の弱みを握ってくるように依頼されているのを知らないとでも言いたいのかね。それで小遣い稼ぎをする愚か者など、部下には必要ない訳だが」
「すみませんでした異動だけは勘弁してください!!」
「情け無用」
ぎゃあぎゃあと言い訳を叫ぶ阿呆など捨て置き、キクガはオルトレイと連絡を取る為に執務机の隅に置かれた髑髏を手に取るのだった。




