【第9話】
「ふむ、なるほど」
かくかくしかじかとキクガが事情を説明すると、オルトレイは難しそうな表情で腕組みをしてしまった。
キクガ自身もオルトレイから説明を受けて驚いていた。
何と、ユフィーリアが元々は男性だったと言うのだ。オルトレイが男体妊娠で自力でこさえた子供たちの大半が娘であり、7人目でようやく男児であるユフィーリアが生まれたことで後継問題も解決したかと思いきや、銀髪碧眼の魔女に性転換である。親だったら間違いなく驚く。
腕組みをしてしばらく唸るオルトレイを眺めつつ、キクガはアッシュに耳打ちをした。
「ユフィーリア君とは、あの、どういう方だったのかね」
「見た目の話か? まあオルトとそっくりだったってのは聞いたことあるな」
「なるほど」
アッシュからの回答を得て、キクガは腕組みをしてうんうん唸るオルトレイに視線をやる。
艶めいた長い黒髪を三つ編みにし、青色の瞳は晴れやかな空模様を取り込んだかのよう。精悍な顔立ちは女性から黄色い声を絶えず投げかけられるぐらいに整っており、身長も高く筋肉質。同性であるキクガの目線からも最上級の美形であることは判断できる。
そんな美形と、あの銀髪碧眼の美女のかつての姿が似通っているというのか。いや性格的な面を考えれば予想は出来るが、色々と頭が混乱してくる。キクガの脳内に宇宙が広がっているようだ。
どう声をかけるべきかと戸惑うキクガに、オルトレイが「キクガよ」と低い声で話しかけてきた。
「もう一度問う。ユフィーリアの容姿は俺と同じく黒髪碧眼ではなく、銀髪碧眼で黒いドレスの魔女で間違いないな?」
「……確かにそうだ」
「それもそんじょそこらの美人ではなく、世の中の全員を狂わせる勢いの美人だと」
「傾国の美姫とはおそらく彼女のことを示すのではないかと思うぐらいには」
「なるほど、そうか。そうか……」
キクガの回答を受けてから言葉を噛み砕くように何度も反芻し、呵責開発課の作業場の天井を見上げるオルトレイ。何とも言えない空気感にキクガも、アッシュも、そしてアッシュの腕に抱かれたアンドレとエリザベスもまた不思議そうにしていた。
いきなり息子が娘に性転換していたから、父親として受け入れ難いという訳なのだろうか。キクガも自分の息子がある日唐突に「女の子になりました」と報告してきたら、多分戸惑うことだろう。それぐらいになかなか衝撃的な出来事である。
ややあって、オルトレイはこう呟いた。
「終わりの女神エンデの身体に逆受肉か……こんなことがあるのか……」
「え?」
「終わりの女神エンデって……」
キクガとアッシュは互いの顔を見合わせる。
この世界の歴史や常識に疎いキクガでも、オルトレイの講義を受けて知っていた。終わりの女神エンデは冥界の女主人であり、地獄の奥底にある第9刑場――通称『深淵刑場』の支配者である。終焉と停滞を司り、数いる神々の中でも始まりの神セイレムと同等に古く、最も強力な女神だと聞いている。
そんな強力な女神の肉体に、自身の息子の魂が逆受肉した訳である。経緯は不明だが幸運なことには違いない。どんな幸運だ、それは。
「その、根拠を聞いてもいいかね?」
「この世で銀色の髪を持つ人間はいない。銀髪は終わりの女神エンデにのみ許された特徴だからだ」
「そうなのかね」
確かに銀髪というのは極めて珍しい髪色だとは思っていたが、まさかこの世で唯一、終わりの女神エンデにのみ許されたものだとは驚きである。現在の権利はユフィーリアに引き継がれているが。
「えと、オルト。自分の息子が、その、性転換していたことに関しては混乱しているかもしれないが」
「いや、そんなことはどうでもいい」
オルトレイの反応に戸惑いながらも何とか話しかけたキクガに、肝心の呵責開発課課長はクワッと目を見開くと馬鹿でかい声で叫んだ。
「つまり!! 最強の女神の肉体に我が家最強の魔法使いの魂が入り込んだことによって、超最強の魔女爆誕ということかッッッッ!!!!」
何だか解決しそうである。
「羨ましいではないか〜!! くそう、我が息子――いや我が末娘ながら何とも羨ましい!! 無尽蔵の魔力に衰え知らずの頑丈な肉体、加えて誰もを魅了する絶世の美貌まで完備!! 贔屓目に見てもユフィーリアは人格者だ、もう完璧で究極の魔女ではないか!!」
「何か、楽しそうだな」
「ああ、安心した訳だが」
目の前で処刑されたらしい愛しい息子が女神の肉体に逆受肉を果たして蘇ったとしても、親としては問題なかった様子である。むしろ嬉しそうだった。何度も「羨ましい」と連呼していた。
何かもう、大いに楽しそうでよかった。愛しい息子の為なら事実を受け入れるだろうが、想像以上の受け入れ具合でキクガとしても安心である。
ところが、
「そうだ、キクガよ。アッシュの倅とユフィーリアの手紙を一緒に持ってきたということは、2人は近しい間柄なのか?」
「ああ」
オルトレイの質問に頷いたキクガは、
「というより、2人でユフィーリア君の自宅に住んで」
「貴様ァ!! 我が娘と一つ屋根の下とはどういう育て方をしたらそうなるのだこの駄犬が!!」
「娘の恋路に首突っ込むたァ、随分と過保護な親父じゃねえか!! ガキのやることに首突っ込むじゃねえよアホッタレが!!」
オルトレイとアッシュで互いの胸倉を掴み合い、何やら怒鳴り合う。娘を持つ父親と、息子の恋路を応援する父親の激しい衝突が繰り広げられていた。
アッシュの腕から逃れたアンドレとエリザベスは、ちょこちょこと小さな足でキクガの足元まで駆け寄ってくる。毛むくじゃらの手を懸命に伸ばしてキクガの両足にしがみついてきた。
ただしその表情は怯えている訳ではなく、ただ自分の父親がどうして喧嘩をしているのか理解していないが為に不思議そうに首を傾げるばかりである。「とと、なんでおこなの?」「わかんない」と子供に理解を求めるのは難しい様子だった。
「にいちゃ、おるちゃのこ、すち?」
「すち?」
「さて、どうだろうな」
キクガはアンドレとエリザベスを抱き上げると、
「どちらかと言えば、エドワード君の一方通行かもしれない訳だが」
脳裏をよぎった銀髪碧眼の魔女と筋骨隆々とした巨漢の2人組を思い出し、キクガは苦笑を漏らす。
多分、あの様子では相思相愛ではなく、エドワードの一方通行かもしれない。




