【第8話】
「ああそうだ、君にも手紙がある訳だが」
「ほう、俺にもあるとは!!」
自身の息子であるエドワードの生存をただただ涙を流して喜ぶアッシュの横で、オルトレイが弾んだ声を上げた。
「そういえば俺の娘と文通をしていると言っていたな。どこの誰だ? 長女のコーネリアか、次女のカトレア辺りか? いや大穴狙いで六女のシンシアか?」
「どれだけ娘がいるのかね」
「6人だ。あ、産みすぎとかいう話は聞かんぞ」
さながら自分で出産したと言わんばかりの口調に、キクガは首を傾げた。
オルトレイはどこからどう見ても男性である。子供を産めるような機構は身体に宿していない。生前、彼の奥方が産んだのだろうか。
キクガの疑問が表情に漏れていたか、はたまた彼の魔眼で察知したのか、オルトレイが「おいおい」と呆れたように言う。
「前に言ったろう、世の中には『男体妊娠』というものがあるとな」
「まさか」
「うむ、俺が産んだぞ。我が子は全員な」
オルトレイは高らかに笑った。出産の経験は男性には耐え難いと聞いていたが、まさか7回も耐えたとは相当強靭な精神と肉体の持ち主のようである。
「さあキクガよ、愛しき我が娘からの手紙を寄越すがいい。俺に対する賛美の言葉が書き連ねてあるだろう、しっかり読んでやろうではないか!!」
意気揚々と言うオルトレイに、キクガは預かってきた手紙を手渡した。
腹を痛めて産んだ愛しい娘からの手紙を心底嬉しそうに受け取ったオルトレイは、差出人名に書かれた彼女の名前を確認してピタリと止まる。その表情は強張り、信じられないものでも見るかのような感情の色が彼の青い瞳に滲んできていた。
オルトレイの態度が明らかに異様だったこともあり、アッシュが彼の手元に握られた手紙の差出人名を覗き込む。手紙の差出人名を確認したかアッシュは「おい、これ……」と小声で呟いた。
手紙に視線を固定したまま、オルトレイはキクガに問う。その声は震えていた。
「おい、キクガよ。これは何の冗談だ?」
「冗談とは」
「惚けるな!!」
手紙を握り潰し、オルトレイはキクガに掴みかかる。
「いくら同僚とて、やっていいことと悪いことの区別もつかんのか!! 故人の名を騙り、手紙を作成するとは何を考えているのだこの戯けが!!」
「騙ったことなど微塵もない」
キクガはオルトレイの腕を引き剥がすと、
「それは紛れもなく、本人直筆の手紙な訳だが。君なら筆跡に覚えがあるのではないのかね?」
「…………」
オルトレイの視線が、再び手元の手紙に落とされる。
くしゃくしゃになってしまった封筒の表面には、流麗な文字で『オルトレイ・エイクトベル様』とある。公爵家の当主らしい、非常に綺麗な文字だった。お手本があったとしても、ここまで綺麗に文字を書ける人物は早々いないだろう。
震える指先が、封筒を開く。中から折り畳まれた手紙を広げ、オルトレイは内容を読み上げた。
『オルトレイ・エイクトベル様
あなたが冥界に旅立ってから、随分と長い時間が経過しました。
今もなお、お変わりないでしょうか。冥界でも、魔法の研究に励んでいらっしゃいますか。
武者修行と称して家を飛び出し、放蕩の果てで、あなたには随分と心配をかけさせてしまったようです。
コーネリア姉上から聞きました。私との連絡が途絶えてから、魔法の研究に没頭するようになったと。
その果てで、あなたは爆死したと。
心配をかけさせてしまい、また、あなたが爆死の運命を辿る原因を作ってしまい、誠に申し訳ございません。
罪滅ぼしになるかどうか分かりかねますが、あなたが守ってきたエイクトベル家は、今度は私が守っていきます。
どうか冥界から見守っていてください。
ユフィーリア・エイクトベル』
手紙を読み終えてから、オルトレイは冥界全土に響けとばかりに叫んだ。
「ふざっっっっけるな!!!!」
そのあまりの声量に、キクガはひっくり返りそうになった。実際、正面から受け止めた気迫が凄まじくて仰け反ってしまったぐらいである。
それほどにオルトレイは怒りを露わにしていた。手紙の文面を鬼の形相で睨みつけ、全身をわなわなと震わせている。彼がここまで怒りを前面的に押し出すのは極めて珍しいと思えた。
ぐしゃりと手の中で手紙を握り潰したオルトレイは、
「ふざけるなよ、何故に俺の死因を背負う必要がある!! あの戯けが!!」
「オルト……」
「俺は、俺の意思で死んだ!! そこに悔いはない!! その果てに地獄で罰を受けることになろうとも構うものか!! 全て俺が俺の意思に基づいてやったことだ、あいつは何も関係ないだろうに!!」
オルトレイは唇を噛み締め、
「だのに、俺が死んだのはユフィーリアに責任があるだと……? ふざけるのも大概にしろ、親の死因を子に背負わせるようでは呪っているようなものではないか……!!」
ぐしゃぐしゃに握り潰した手紙を胸に掻き抱き、オルトレイは膝から崩れ落ちた。その青い瞳からは大粒の涙がこぼれる。
アッシュのものとは違う。彼が流す涙は、悔し涙だ。愛すべき子供に自分の死因を背負わせてしまったという不甲斐なさと、それを訂正することすら許されない今の状況に対する後悔で彼は声を押し殺して泣いた。
丸まった背中をアッシュが慰めるように撫でていたのも束の間のこと、オルトレイはキクガを鋭い眼光で睨みつけた。
「キクガよ、俺は決めたぞ」
「何をかね。私を呪うことか。受けて立つぞ」
「戯け、そんなことをしてみろ。子に顔向けできんわ」
青い瞳に残る涙を手の甲で拭い、オルトレイは決意を込めて立ち上がる。
「俺はお前を冥王にする。アズマ・キクガを冥王へと押し上げ、法律を変えてもらい、あの馬鹿息子をぶん殴ってやるのだ。そうでもせねば気が済まん!!」
オルトレイの決意表明が、伽藍とした呵責開発課の作業場に響く。
彼の決意は本物だった。それも、自分が冥王になるのではなく、キクガを冥王の座に押し上げるというのだ。冥府天縛を使うことが出来るという点を加味しても、キクガが冥王の座を目指すのは適していると言えよう。
問題は、その中身だった。
「え、息子? 娘ではなく?」
キクガの質問に、オルトレイとアッシュが口を揃えて言った。
「「は?」」




