【第7話】
そしてキクガは冥界に帰還を果たした。
「おお、帰ったかキクガよ。随分と遅いお帰りではないか」
「それほど遅かっただろうか。心配をかけさせてしまった訳だが」
「いいや、言ってみたかっただけだ。それほど遅い時間でもないし、心配もしとらん」
冥府総督府に降り立ったキクガを出迎えたのは、オルトレイだけだった。ちょうど仕事終わりなのか、煙草を吹かしている。キクガの知る煙草の臭いではなく、鼻孔を掠めたのは果実のような芳しい香りだった。
「アッシュは?」
「まだ仕事だ。もうすぐ終わるだろうがな」
オルトレイは煙草を携帯灰皿に潰して火を消すと、口の端を持ち上げてニヤリと笑う。
「それで、ウチの娘とよろしくやっておいて何か土産の1つもないのか?」
「あからさまに要求されると出したくなくなるのは私の性格の問題だろうか」
「素直ではないな、キクガよ。ほれ、土産はどこだ寄越せ寄越せ」
オルトレイが楽しげにニヤニヤ笑いながら脇腹を小突いてくるのを、キクガは軽くはたき落とした。まだちょっと順番が違うのだ。
「オルト、アッシュにアンドレ君とエリザベス君を呼ぶように伝えてほしい訳だが」
「あん? アッシュはともかくとして、あのおチビチビズにも土産があるのか?」
「ああ」
不思議そうに首を傾げるオルトレイに、キクガは頷いた。
「子供にも喜ぶお土産がある訳だが」
☆
「キクガ、ウチのチビどもにも土産ってのは何だ?」
「アッシュ、仕事お疲れ様な訳だが。そして急な呼び出しにも関わらず応じてくれて感謝する訳だが」
集合場所として指定した呵責開発課の作業場に訪れたアッシュを、キクガは朗らかな笑顔で出迎える。
逞しい両腕に抱えられるようにして、小さな灰色の双子狼も一緒にやってきた。小さな手を懸命にキクガまで伸ばして「きくちゃ」「きくちゃ、きたよ」なんて言っていた。アッシュの娘と息子であるアンドレとエリザベスの2人だ。
アッシュに抱きかかえられるアンドレとエリザベスの2人とそれぞれ握手を交わすキクガは、
「アンドレ君とエリザベス君も、来てくれて嬉しい」
「おみゃげ、なーに?」
「なーに?」
アンドレとエリザベスの興味は、キクガが持ってきたお土産に興味津々の様子だった。ふさふさの尻尾は忙しなく揺れており、耳もぴこぴこと動いている。
お土産を期待する子供の反応は酷く微笑ましいものだった。何だか息子の存在を思い出してしまう。元の世界で幸せに生きてくれると嬉しいのだが、今は思い出に耽っている場合ではない。
この為に、獄卒たちが退勤したあとの呵責開発課の作業場を集合場所としたのだ。自分のやったことが法律に抵触するとなっては、今後の昇進にも関わるので避けたいところである。だが、それ以上に知り合いの幼子たちが今もなお悲しみの底にいるのは見ていられない。
キクガは1通の手紙を取り出し、
「これは2人へのお土産な訳だが」
「んー?」
「おてやみ」
舌足らずな口調で、キクガが差し出す手紙を反射的に受け取ったアンドレとエリザベス。食べられるものを期待していたのだろう、2人の尻尾はしょんぼりと垂れてしまった。
「もしよかったら読み上げる訳だが」
「うん」
「よんで」
アンドレとエリザベスから手紙が返却される。やはり幼い子供だから文字を読むのはまだ早かった様子である。
「では読み上げる訳だが」
「あい」
「うん」
アッシュの腕に抱かれたまま大人しく手紙の内容を待つアンドレとエリザベスに、キクガはゆっくりと封筒を開けて手紙を取り出す。丁寧に折り畳まれた手紙を広げ、無骨な文字で飾られた文章を読み上げた。
『アンドレ・ヴォルスラム様、エリザベス・ヴォルスラム様。
お元気ですか。
父さんと母さんを、困らせるようなことはしていませんか。
アンはいつも元気で明るいから、きっと冥界でも元気に駆け回ってるかな。
エリィのことを置いていっちゃダメだからね。2人仲良く遊ぶんだよ。
エリィは大人しいから、アンに引っ張られても強く言えないかもしれないね。嫌だったらちゃんと「やだ」って言うんだよ。
アンと喧嘩しないようにね。
多分、まだそっちに行くには長い時間がかかるけど、いつか会えたら冥界を案内してね。
大好きだよ。
エドワード・ヴォルスラムより』
差出人の名前を聞いたアンドレとエリザベスの瞳が見開かれる。彼らだけではなく、双子狼を抱きかかえるアッシュも驚愕のあまり表情が固まっていた。
「にいちゃ……?」
「にぃちゃ、おてやみ……?」
「ああ、そうだとも」
キクガは再び丁寧に手紙を折り畳み、封筒にしまってからアンドレとエリザベスに改めて手紙を手渡す。
「この手紙は、君たちのお兄さんであるエドワード君が書いたものな訳だが。彼は今も元気に生きている。君たちのことを忘れたことはない訳だが」
アンドレとエリザベスは、キクガから手渡された手紙に視線を落とす。その書かれた文字に覚えがあったのか、彼らの銀灰色の双眸に見る間に涙が溜まっていく。
これは、ずっと会いたがっていた彼らの兄からの手紙である。未だ会うことは許されないだろうが、特殊な文化を持ち出せば手紙を回収することぐらいは可能だろうと考えたのだ。これぐらいならば、冥王とて見逃すはずである。
ずっと探し求めていた家族の生存の情報を喜んだのはアンドレとエリザベスだけではなく、
「おい、キクガ。本当か? 本当に、ウチの長男坊が……生きてる、のか?」
腕の中でモゾモゾと動き回る双子狼を押さえつけながらも、アッシュの震えた声がキクガに投げかけられた。
「ああ」
キクガはその質問に対してしっかり頷き、
「君によく似て、逞しい大人の男になっている訳だが」
その回答を得たアッシュは「そうか……」と震えた声で呟くと、アンドレとエリザベスを強く抱き寄せて涙を流した。




