【第5話】
エドワードに案内された客間は、それはそれは立派なものだった。
家具や調度品は見るからに高級感の漂うものばかりで、壁にかけられた油絵も立派な額縁に収まっている。「あれを売ったら果たしていくらになるだろうか」などと余計なことを考えてしまった。
腰を下ろすように促されたソファはふかふかでありながら、身体に負担をかけない程度にはしっかりとした作りになっている。クッション部分は手触りがよくサラサラとしており、職人の技を感じさせた。部屋全体に芳香剤でも撒いているのか、吸い込む空気が甘く華やかだ。
物珍しげに――そして人生で感じたことのない高級感を前にした影響で緊張気味に部屋を見渡すキクガは、
「汚したりしたら、一体いくらの弁済が……」
「魔法で大体解決しちゃうから気にしないでいいよぉ」
買い物したばかりの品々を、とりあえず客間の戸棚に押し込んで片付けるエドワードが「あ」なんて言ってこちらを振り返った。
「キクガさんは龍帝国の人だもんねぇ、部屋の感じが落ち着かない?」
「いや別に、そういう訳では」
「ユーリに言えば内装を変えてもらえるよぉ? 龍帝国みたいな内装の方が落ち着くんじゃない?」
「これで大丈夫な訳だが」
気を遣ってキクガの、現世の設定上の文化に合わせようとしてくるエドワードの申し出を丁重に断った。いや、龍帝国の屋敷の内装などは気にならなくもないが、余計な労力を相手にかけるのも忍びない。
そんなやり取りを交わした直後、ユフィーリアがワゴンを押しながら「待たせたな」なんて客間に入ってきた。普通はメイドなどの侍従が押してくるような配膳用のワゴンを公爵家の当主が直々に押してくるのは、どこか違和感はあれど彼女らしいと感じてしまう。
そのワゴンには陶器製のポットと人数分のカップ、それからたくさんの小さな引き出しがついた棚が乗せられていた。木で作られた温かみのある見た目をしたそれは、アドベントカレンダーを想起させる。
ワゴンをソファの横につけたユフィーリアは、
「キクガさんは、空は好きか?」
「空?」
首を傾げたキクガは、ふと窓の外に視線をやる。客間に取り付けられた大きな窓からも、晴れ渡った空は確認することが出来た。
「まあ、嫌いではない訳だが」
「じゃあどんな空が好きだ?」
「え?」
意味不明な質問をしてくるユフィーリアに、キクガの疑問はさらに深まるばかりだった。何故そのようなことを聞いてくるのか。
「ほら、あるだろ。朝方が好きとか、夕暮れが好きとか、星空が好きだとか」
「……それなら、夕方と答える訳だが」
亡き妻に「あなたの瞳は夕焼け空みたいで綺麗」と言われてから、キクガは自分の瞳が結構好きなのだ。赤い虹彩など化け物みたいだと子供の頃から揶揄われていたのでその度にボコボコにしていたのだが、綺麗と言われたのは初めてのことである。
その瞳繋がりで、夕焼け空というのに関心を持つようになった。西の空の果てに太陽が沈む寂寥感、夜の訪れを感じさせる静けさ、夜空と晴れ空の混ざり合う不思議な色合いの空が何とも美しい。『黄昏時』とはよく言ったものだ。
キクガの回答を受けて「そうか」と頷いたユフィーリアは、
「なら『黄昏』にするかな」
そう言って、彼女は小さな棚の引き出しを開ける。その中身はキクガの位置からは見えなかったが、ユフィーリアが指先で橙色の立方体を摘み出したのは確認できた。
それをカップの中に1つだけ落とすと、陶器製のポットの中身を傾ける。中身はお湯のようで、カップに注がれると白い湯気が立ち上った。
カップの中を小さめのスプーンで掻き混ぜながら、ユフィーリアは慣れた手つきで次々と小さな棚の引き出しを開けていく。そこから小さな粒や綿埃のようなものまで取り出していった。
「夕方の雲は『黒糖雲』で表現して、あとは『金星の欠片』を添えてと」
まるで料理でも作るかのような雰囲気で、ユフィーリアはカップの中に引き出しから取り出したものを投入してはスプーンで掻き混ぜる。それから「出来た!!」と意気揚々と完成を宣言して、キクガにカップを差し出した。
受け取ったカップの中身には、見事な夕焼け空が広がっていた。水面の如く揺れる茜色の空には墨のような雲が浮かび、雲の合間からポツリと強く煌めく星が見えた。『宵の明星』まで完璧に再現されている。
本物の空をカップの中に閉じ込めたように見えるが、鼻孔を掠めるのは柑橘類の爽やかな香りである。これは空のように見えるが、お茶のようだ。
「お茶、でいいのかね?」
「空茶って銘柄だ。結構好きなんだよ、自分で空模様を作るのが楽しくてな」
ユフィーリアは慣れた手つきで次に自分とエドワードのお茶を作っている様子だった。彼女のカップには星空が浮かび、エドワードのカップにはどんよりとした曇り空が揺蕩う。自分で空模様を作ることが出来るお茶とは、何とも楽しそうだ。
ユフィーリアがお茶を作っているのを眺めながら、キクガはカップの中を満たす夕焼け空に口をつけた。試しにずずりと啜ってみる。
中身は普通の紅茶のようだった。柑橘類の爽やかな香りと、紅茶特有の渋み。溶け込んだ砂糖が優しい甘さを添える。見た目でも楽しめて味もいいとは、ぜひ日常的に飲みたいところではある。
「さて、と。お茶も入れたところだし、始めるか」
全員分のお茶を入れ終わったユフィーリアが右手を振る。
ソファセットで挟むように置かれたローテーブルに、ガタガタと音を立ててオートマチックライターが2台ほど出現する。ユフィーリアが魔法で転送したのだ。
ようやく今日の目的に取り組めそうである。今日は2人に、オートマチックライターの指導をするという目的で現世までやってきたのだ。
居住まいを正すキクガは、
「承知した。では始める訳だが」
「おう、よろしく」
「よろしくお願いしまぁす」
教師気分で指導の開始を宣言するキクガに合わせて、ユフィーリアとエドワードも生徒のように応じるのだった。




