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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第9章:決意

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【第4話】

 導かれるままにエイクトベル邸へ足を踏み入れたキクガは、扉の向こうで待ち受けていた光景に息をんだ。



「これは」


「? ただの玄関だぞ」


「これを『ただの玄関』と称するのはちょっと常識を疑いたくなる訳だが」



 キョトンとしたような表情で首を傾げるユフィーリアとエドワードをよそに、キクガは周囲をぐるりと見回す。


 吹き抜け構造となっている玄関は天井が高く、キラキラときらめくシャンデリアまで飾られている。壁には値段の想像がつかないほど精緻せいちで繊細な印象のある油絵が数枚ほど並べて飾られており、そこかしこに置かれた調度品にも高級感が漂う。中央魔法裁判所にあるルージュの執務室よりも、エイクトベル邸の玄関の方が広いとはどういうことか。

 さらに、創作物の世界ではよく見かける弧を描くように2階へ繋がる階段が伸びており、階段を上った先で待ち構えているのは巨大な窓だ。窓の向こうに広がる青空が見事である。もはや現実逃避でもしたくなるほどに。


 埃1つ落ちていない大理石の床を踏むことが、もはや怖くなってきた。これが玄関ならば客間や台所などはどんな空間になるだろうか。



「そういやキクガさん、その手に持ってる袋は何だ?」


「あ」



 ユフィーリアに指摘され、キクガは自分の手に持った紙袋の重さにようやく気づいた。



「すまない。今日、自宅にお邪魔するので手土産をと」


「気にしなくていいのに。でもせっかくの厚意を無碍むげにする訳にはいかねえな、ありがたくもらおうか」



 キクガが差し出した紙袋を、ユフィーリアは何も疑うことなく受け取った。突き返されるようなことがなくて密かに胸を撫で下ろす。



「それから」


「え、まだ何かあった?」


「トリック・オア・トリート、な訳だが」



 キクガはユフィーリアとエドワードに小さな袋を差し出した。中身はお菓子の詰め合わせである。子供たちに用意されただろうその品々は、収穫祭用であることを示す南瓜の絵が描かれていた。


 今日は収穫祭――元の世界では『ハロウィン』として定着している文化だ。人々は仮装を楽しみ、イベントにかこつけて酒を飲み、子供たちは南瓜かぼちゃのバケツを片手にお菓子を強奪するというお祭り騒ぎは、名前を変えて異世界にも伝わっていた。

 クソ真面目で冷淡れいたんな印象を持たれがちなキクガではあるが、こういうイベントごとは結構好きな方である。表情はあまり変わらないながらも全力で楽しむのがアズマ・キクガという人間だった。「あまりそういう風には見えない」と周囲には驚かれるのだが。


 ちょっと驚いたように目を丸くするユフィーリアとエドワードだったが、



「ふッ、あはははは!! 最高だなキクガさん、こんなにノリがいいとは思わなかったわ!!」


「収穫祭なんて何年振りかねぇ。懐かしい、子供の頃はユーリに仮装させられて市中を引きり回されたけどぉ」



 ユフィーリアは盛大に笑い、エドワードは懐かしさに目を細めつつもキクガが差し出したお菓子の詰め合わせを受け取った。こちらも手土産同様、「いらない」と突き返されるか心配だったので、受け取ってもらえたことに安堵を覚える。



龍帝国りゅうていこくだと大人も収穫祭をやったりすんのか?」


「仕事人間なもので、あまりそう言ったことに詳しくはない訳だが。ここに来る途中で収穫祭であることに気づいて購入した訳だが」


「へえ、そうか」



 声を押し殺して笑うユフィーリアは、



「ちなみに質問するけど、キクガさんから見てアタシとエドは何歳ぐらいに見える?」


「え」



 キクガは困惑した。

 世の中の人間が問いかけられて1番困る質問が「アタシって何歳に見える?」である。偏見へんけんだが、キクガの中では最も困る質問ランキングで不動の1位を獲得している。


 ユフィーリアもエドワードも、見るからに大人である。ただ、見た目の年齢で判断するならばエドワードの方が若干年上だろうか。大人びた顔立ちであることはうかがえる。

 だが、外国人の顔立ちの傾向は大人びているとキクガは推察していた。意外と大人びた顔立ちをした外国人ほど意外と若かったりするのである。ここはあえて低めの年齢を提示するべきか、あまりにも低すぎると失礼に当たるのではないかと色々と邪推してしまう。


 返答に困った様子のキクガを察してか、ユフィーリアが笑いながら「そんな難しく考えなくていいよ」と言う。



「大体でいいから」


「……申し訳ないが、ユフィーリア君は20代ぐらいでエドワード君は30代ぐらいかと推測するが」


「お、いいセンいったんじゃねえか?」



 苦しまぎれに提示したキクガの回答に、ユフィーリアは楽しそうに笑った。



「アタシは28歳」


「なるほど」


「――と、言い続けて早800年近く。もう自分の年齢なんか覚えてねえから、適当に年齢は言ってる」



 ユフィーリアが明かした年齢に対して納得しそうになったが、付け加えられた情報にキクガの思考回路が止まりかけた。

 28歳と言い続けて800年以上と言っていた。つまり彼女は、少なくとも800年は生きている魔女ということになる。800年が経過してもこんな若々しい見た目を維持できるのは、さすが魔女と驚かざるを得ない。


 楽しそうに笑うユフィーリアを軽く小突いたエドワードは、



「ユーリぃ、キクガさん混乱してるじゃんねぇ」


「お前だって31歳って言って何年経ったよ。少なくとも700ぐらいは経過してるだろ」


「知らないよぉ、数えてないもんねぇ」



 法外な年齢が2人の口から明かされて目眩めまいがした。ユフィーリアとエドワードは、キクガよりも遥かに年上だったようだ。

 そういえばオルトレイもやたら子供扱いをしてくるが、あながち間違いではなさそうである。700年とか800年生きている人間からすれば、35歳など赤ん坊だ。


 ユフィーリアは「まあいっか」と年齢の話題を切り上げ、



「お茶の準備をしてくるから、先に客間に行っててくれ。エド、案内を」


「はいよぉ。キクガさん、こっちだよぉ。迷わないようにねぇ」


「……赤ん坊が教えられることってあるのだろうか……?」


「何言ってんのぉ?」



 年上の2人にオートマチックライターの指導など烏滸がましいのではないかと思いつつあるキクガは、エドワードの背中をフラフラと覚束ない足取りで追いかけるのだった。

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