【第3話】
とりあえず、ルージュの紹介してくれた店で手土産は購入した。
「…………意外と乗り心地のいい馬車な訳だが」
キクガは高級そうな見た目の馬車に乗り、ユフィーリアの自宅であるエイクトベル邸を目指していた。
馬車内部は上等な布で仕立てられたらしいカーテンで窓を塞がれ、椅子はふかふかとしており手触りも最高である。ゆったりと足を伸ばしても余裕があるほど広い作りをしているので、数人で利用しても窮屈感を与えることはないだろう。
ルージュが手配してくれた馬車は、彼女の家であるロックハート侯爵家が有するものだった。高級な見た目の馬車が中央魔法裁判所の正面玄関まで迎えに来た時は驚いた。そして恭しく御者の男がキクガを馬車まで案内してくれたことにも恐縮してしまったほどである。サービスの品質が良すぎる。
膝の上に置いた手土産の紙袋を不安げに指先で撫でるキクガは、
「本当に大丈夫だろうか……首を飛ばされないか……?」
念の為、失礼にはならない程度の高級感のある手土産を選んだつもりだ。今までの態度に言及されて首が飛ばされないとも限らないが。
「アズマ様」
「な、何かね」
「ご到着されました」
「は?」
扉の向こうから御者に声をかけられ、キクガは慌てて上等そうなカーテンを開く。
窓の向こうに広がる光景は、中央魔法裁判所の付近から大きく変わっていた。周囲には兵舎と思しき建物が並び、広々とした訓練場まである。ルージュが「軍事力を担っている」と言っていたが、改めてその事実を実感した。
そしてキクガの目の前に鎮座しているのは要塞――ではなく、絢爛豪華な宮殿である。白亜の宮殿はオルトレイの屋敷と同じかそれ以上に巨大で、馬車が止まる玄関ポーチには立派な噴水が据えられ、色とりどりの花が咲き乱れる花壇が客人であるキクガを出迎える。綺麗に清掃が行き届いている様子だった。
馬車の扉が開かれ、御者が「どうぞ」と促してくる。キクガは促されるまま、おっかなびっくり白亜の宮殿の前に降り立つしかなかった。
「お帰りの際はどうされますか?」
「どう、とは」
「中央魔法裁判所まで戻られますか?」
「そうしてくれると助かる訳だが」
「承知いたしました。それではこの辺りで駐留させていただきます」
御者の男は再び御者台に上がると、馬に鞭を入れてどこかに去ってしまった。おそらく馬車を停める為の場所があるのだろう。こんな広大な玄関前に1人で放置しないでほしい。
心細さのあまり遠ざかる馬車を引き止める手を伸ばしかけたキクガだが、馬車があっという間に見えなくなってしまったのでもうどうしようも出来なかった。ポツンとその場で1人取り残されてしまう。
とりあえず、まずはユフィーリアに会わねばならない。鼓動がうるさい心臓を押さえ込み、深呼吸をして平常心を取り戻すキクガ。大股で1歩を踏み出すと、玄関扉に近づいた。
上質な扉の表面に取り付けられたドアノッカーを掴んだ、その直後。
「あれぇ、キクガさんじゃんねぇ。どうしたのぉ?」
「わにゃぶるううあ」
「え、何かの呪文? 俺ちゃん攻撃されたぁ?」
背後から唐突に声をかけられ、キクガは驚きのあまり変な声を漏らしてしまった。
振り返ると、背後には不思議そうな顔をした筋骨隆々の巨漢――エドワードが立っていた。その逞しい腕には紙袋が抱えられており、買い物帰りであることが伺える。
銀灰色の双眸を瞬かせたエドワードは、
「キクガさん、ユーリに会わなかったのぉ?」
「ユフィーリア君に? 会わなかった訳だが……」
「あらぁ、入れ違いかねぇ」
エドワードは呆れたような表情を見せると、
「もうねぇ、ウチの魔女様ってばキクガさんが来るのをめちゃくちゃ楽しみにしててねぇ。そのうち来るんじゃないのって言葉も無視して『迎えに行ってくる』って飛び出しちゃってさぁ」
「たまたまルージュ君と出会って、馬車を手配してもらった訳だが。そうか、わざわざ迎えに来てくれるのであれば待っていてもよかったのかね」
「まあでもすぐに帰ってくるでしょぉ。転移魔法でひとっ飛びだろうしぃ」
そうエドワードが言った、その時だった。
「大変だ、エド!! キクガさんがいねえ、攫われたかもしれん!!」
そんなことを叫びながら、突如として銀髪碧眼で黒衣の魔女が必死の形相で虚空に出現した。重力を感じさせない軽やかな着地を披露して絢爛豪華な宮殿の玄関前まで帰ってきた彼女は、エドワードの側に控えるキクガの姿を発見するなり「いた!!」と叫んだ。
「よかった、いたぁ!!」
「すまない、心配をかけさせてしまったような訳だが」
「キクガさん謝らなくていいよぉ。どうせ早とちりしただけなんだから痛ッ!! 殴ることないじゃんねぇ、ユーリぃ!!」
横を通り過ぎるついでにエドワードを殴った銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、笑顔でキクガを迎えた。
「まあ何にせよ、無事に到着してよかった。ああ、遠慮せずに入ってくれ。多少散らかってるかもしれねえけど」
「安心してぇ、昨日から頑張って掃除してたのは俺ちゃんも見てるからぁ」
「余計なことを言うんじゃねえ」
そんなやり取りがありつつ、キクガは導かれるまま宮殿のような見た目のユフィーリアの自宅にお邪魔することとなった。




