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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第9章:決意

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【第2話】

 冥府転移門めいふてんいもんを使用して、キクガは現世までやってきた。



「あら、キクガさんですの。今日はどのようなご用事で?」


「む」



 冥府転移門めいふてんいもんを繋いだ先が中央魔法裁判所の正面玄関だったこともあり、たまたま通りかかった最高裁判官のルージュが不思議そうに首を傾げてこちらを振り返っていた。


 挨拶をしないのは失礼に値するかと判断したキクガは、その場から立ち去る前に「こんにちは、ルージュ君」と挨拶をする。それからはたと気づいた。

 これからオートマチックライターの指導講座を開く予定ではあるが、生徒たるユフィーリアが手紙で指定してきた場所は彼女の自宅である。だがキクガは彼女の自宅など知らないし、現世の住所にもうとい。中央魔法裁判所に出口を繋いだのは完全に間違いだったと今更ながらに後悔した。


 眉根を寄せたことで何かを察知したのか、ルージュが「どうしましたの?」とたずねてくる。



「何やら難しいお顔をしていらっしゃいますの。もしや、また冥府総督府で問題がおありですの?」


「いや、問題はない訳だが」


「では、どうしてそのようなお顔をなさっておいでですの」



 ルージュのもっともすぎる質問に、キクガは回答すると同時に逆に質問を投げかけた。



「実は、ユフィーリア君とエドワード君にオートマチックライターの指導をすると約束をした訳だが。しかし場所を指定されたのがユフィーリア君の自宅で、私は自宅の場所を知らないのでどうやって行ったらいいか」


「なるほど、そうでしたの」



 ルージュが納得したように頷くと、



「ユフィーリアさんのご自宅でしたら馬車を手配いたしますの。それに乗って行かれたらよろしいですの」


「いいのかね」


「ええ、もちろん。むしろ『歩いていく』などとふざけたことをおっしゃる前に阻止できてよかったですの」


「何故そこまで」



 物凄い言われようにちょっとだけ不満を覚えたキクガだが、ルージュは意にも返さず答えた。



「ユフィーリアさんはわたくしよりも家格が上ですのよ」


「……君は確か、侯爵家の当主だと聞いたが」


「ええ。ですがユフィーリアさんの『エイクトベル家』は我が国の軍事力を担っておりますの。それ故に公爵の爵位を与えられておりますの」


「公爵」



 つまりは、王族に次ぐ権力を有するお貴族様である。

 まさか冥界で働く呵責開発課かしゃくかいはつかの課長の実家が、そんな大それた爵位を持っていたとは誰が思うだろうか。確かに態度は偉そうだったが、マジモンで偉いからあんな態度だったのか。いや、あの偉そうな態度は鼻につくものではなく、気品さえ感じさせられるものなのである意味では正解か?


 ほうけたような表情を見せるキクガに、ルージュはこう言葉を重ねた。



「そんな重要な貴族のお屋敷に、馬車もともなわずに歩いて行ってご覧なさいですの。取り押さえられますのよ。特にユフィーリアさんはエイクトベル家の御当主ですの、さらに警戒されますのよ」


「……公爵家の御当主と言うと、結構偉いのでは?」


「結構ではなく、実際とても偉いんですの。彼女はそのことを鼻にかけない気さくな性格ですから忘れそうになりますが、本来なら不敬を働いただけでも首を落とされますのよ」


「…………」



 キクガは頭を抱えた。


 記憶を辿る。彼女に対して失礼な態度を取った覚えはないが、少々生意気だったのではないかと今更ながら後悔し始めていた。

 そして公爵家の御当主様を相手に、上から目線で「オートマチックライターの指導をする」と言ってしまった。何様のつもりだ。この世界にやってきてまだひよっこのくせに。


 衝撃の事実を知ってしまったキクガは「ッスー」と息を吸い、



「……手土産、いや、詫びの品を用意……腹を切ればいいかね?」


「手土産で自分の臓物を送るとは冥界の方は何を考えていらっしゃるんですの。御者ぎょしゃに手土産を買えるお店に案内させますからご自分で調達なさいですの。お金はお持ちですの?」


「いくらか持ってきた訳だが」


「ではそれで買うんですの。彼女はほとんど好き嫌いはないはずですので、チョコレートに気をつければ大丈夫ですの」


「チョコレート?」


「エドワードさんがお嫌いですの。彼女はご家族を大事にされておりますから」



 エドワードはチョコレートが嫌い、という情報を頭に叩き込むキクガ。意地でも覚えておかなければならない情報だった。粗相そそうでもすれば冥王の法廷に立たされる羽目になりそうだ。


 その時、キクガの足元を小さな影が通り抜けた。

 視線で追いかけると、真っ白な布で全身を覆い隠した子供の集団だった。どうやらお化けの格好をしている様子である。その手にはバケツが握られていた。


 その小さなお化け集団はルージュの前までやってくると、



「おかしくださーい!!」


「いたずらしちゃうぞー!!」



 小さなお化け集団を前に、ルージュは「あら」と小さく笑った。子供を前にすればさすがの最高裁判官殿も態度を軟化させる様子である。



「可愛らしいお化けですこと。悪戯いたずらが怖いのでお菓子をあげましょう」



 そう言って、ルージュはパチンと指を鳴らした。


 小さなお化け集団の掲げるバケツに、お菓子の袋詰めがそれぞれ魔法で転送されてくる。袋に詰め込まれたお菓子は焼き菓子を中心としており、子供ウケを狙ったものか南瓜かぼちゃの模様のクッキーなどが目立っていた。

 お菓子を得たお化け集団は「ありがとー!!」「つぎいこー!!」と甲高い声で叫ぶと、足早に中央魔法裁判所を飛び出した。実に楽しそうであった。


 小さなお化け集団を見送ったキクガは、



「今のは?」


「本日は収穫祭ですの。子供たちがお菓子を求めて街を練り歩いておりますのよ」



 ルージュの説明を受けてキクガは納得したように頷くと、



「閃いた」



 そう小さく、誰ともなく呟いた。

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