表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第9章:決意

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/97

【第1話】

 キクガが記録課の課長に就任してから、記録課は劇的に変化した。



「ええと、冥王台帳めいおうだいちょうの整理を」


「許可しない。座りなさい。まだ記録作業は終わっていない訳だが」


「うええ」



 受信機じゅしんきを外してふらふらと冥王台帳めいおうだいちょうが収納されている本棚に向かおうとした獄卒にピシャリと命令し、再び仕事へ戻らせる。


 他の獄卒は真剣に記録作業に打ち込んでいる。それはもう必死の形相だった。まるで「座席から離れれば殺される」と言わんばかりの強迫観念きょうはくかんねんに駆られていた。休憩は最低限だけに留められ、血眼になってオートマチックライターの台座に挟まれた用紙をにらみつけている。

 中には先程の獄卒のように本棚の整理を理由にしてサボろうと画策かくさくする者もいるが、キクガの目が黒いうちはそんな行動など許しはしなかった。そもそも前の記録課課長は冥王台帳めいおうだいちょうを私的に利用したことが原因で、結果的に深淵刑場へ落ちる羽目になったのだ。記録課であれば誰でも冥王台帳を閲覧えつらんできると思う方が間違いである。


 キクガはカタカタとオートマチックライターのキーを叩きながら、



「手が止まっている。何をしているのかね」


「いやもう手が限界で」


「口答えかね」



 弱音を吐く獄卒に、キクガは冷たい視線を投げかけた。



「たかだか10人ぽっちの情報を打ち込んだ程度で『手が限界』とはよくほざけたりものな訳だが。君の隣にいる獄卒は君の30倍近くの記録作業を、定時範囲内でこなしている」


「さすがに休憩を取らないと」


「休憩なら仕事部屋の外でと言ったはずだが」



 さらに屁理屈へりくつねる獄卒に、なおもキクガは冷たい声で言う。



「休憩なら仕事部屋を出て、10分以内に戻って作業を再開させなさい。それが不可能ならば君は必要ない。獄卒課課長に打診して現場へ出てもらう訳だが」


「…………はい、課長。カシコマリマシター」



 だらけた様子の獄卒は、渋々と交換機こうかんきに向き直る。そして自分の目の前に置かれた受信機を手に取り、オートマチックライターに手を置いて。



「チッ、鬼課長め。自分がちょっと仕事が出来るからって、他人にまで同じ量の仕事を押し付けやがって」



 小声でボソリと呟いた悪態を、キクガは聞き逃さなかった。


 素早く自分の執務椅子から立ち上がり、悪態を吐いた獄卒に大股で歩み寄る。顔を引きらせて弁明を垂れる前に、その顔面を手のひらで鷲掴わしづかみにした。

 椅子が倒れ、受信機が床に叩きつけられ、ガタンガシャンという耳障みみざわりな音が奏でられる。だがそれを気に留める獄卒は誰もいない。受信機の防音性能は非常に高く、隣で叫ばれたとしても気づかないぐらいだ。


 涙を流してガタガタと震える獄卒に、キクガは低い声でささやくように言った。



「随分と素晴らしい勤務態度な訳だが。前の課長では許されていただろう怠惰たいだな勤務態度を、この私が許すと思うかね?」


「むー、むー!!」



 口を塞がれた獄卒が何やら言葉にならない悲鳴を上げるも、キクガは空いた手で相手の鳩尾みぞおちをぶん殴った。拳が柔らかい肉をえぐる感覚が伝わってくる。

 くぐもった絶叫が、キクガの手のひらに吸収された。解放してやると嗚咽おえつを漏らしながら殴られた鳩尾を押さえて膝から崩れ落ちる。顔を上げたところで、その生意気な顔面を蹴飛ばしてやった。


 鼻血を流して倒れ込む獄卒に、キクガは冷たく言う。



「君の代わりはいくらでもいる。人手の足りない部署に異動してもらおう」


「そんなッ、待ってください!!」


「言い訳は聞かない訳だが」



 何やら言い訳めいた言葉を叫ぶ獄卒を再び蹴り飛ばして黙らせ、キクガは獄卒課の課長と連絡を取るべく執務机に置いてある髑髏しゃれこうべを手に取った。



 ☆



「――という訳で、アッシュ。君のところにさらに1人、獄卒を異動させる訳だが。せいぜいコキ使ってほしい」


「いや、そりゃありがたいんだけど」



 昼休みである。


 休み時間を告げる鐘の音が冥府総督府めいふそうとくふに鳴り響くと同時、キクガは部下の獄卒たちに休むように命じてきた。今はキクガから与えられる圧力から解放されて、のびのびと食堂で昼食を取る部下の姿が散見される。こちらに気づいている雰囲気はないのでとやかくは言わない。

 キクガも、獄卒課課長のアッシュと呵責開発課課長のオルトレイと一緒に昼食の真っ最中だった。イカ墨パスタのように真っ黒な、しかし何故か味はちゃんとトマト味という頭がおかしくなりそうなパスタ料理を器用にフォークで巻きながら口に運ぶ。美味しいのだが、見た目が黒い。黒すぎる。


 困惑気味に真っ黒なターキーレッグに噛み付くアッシュは、



「それいいのか? テメェ、課長に就任してから何日経ってる?」


「1週間程度だろうか」


「で、何人ウチとオルトのところに飛ばしてきた?」


「オルトのところには5人、それ以外はアッシュのところへ。合計で38人な訳だが」



 キクガは特に疑問にも思うことなく、アッシュの質問に応じた。



「キクガよ、お前の仕事の有能さは俺の耳にも届いているがな。ちと厳しすぎやしないかと考えている。お前のところの部下、俺やアッシュに対して萎縮いしゅくしたようにペコペコしだすのだぞ」


「そうだぞ。すれ違っただけで『この私めが課長の前を通り過ぎるような真似をしてしまい大変申し訳ございません』と土下座された時の気持ちを考えろ」


「結構なことだが」


「部下を何だと思っとるんだ、お前は」



 オルトレイが納得できなさそうな表情で言うので、キクガは黒いパスタを咀嚼そしゃくしながら答えた。



「君たちのところに送った獄卒は、横領と個人情報漏洩で小銭を稼いでいた訳だが。そんなのはいなくなってくれていい。首から下を刑場に埋めないだけありがたいと思ってほしい訳だが」


「今の言葉で考えが変わったな。積極的に実験台として使ってやろう」


「だな。キクガにしごかれて可哀想だから手加減してやってたが、これからは普通にしごくか。ここが何たるか教えてやらねえとな」



 オルトレイとアッシュは真剣な表情で頷いていた。分かってくれて助かる。


 キクガも異動させた端から補充要員を求人広告で募集をかけ、きちんと技術面で優れた冥界の住人を冥府総督府の獄卒として採用している。冥王第一補佐官のキサラギはぎゃーすかと文句が多かったが、キクガは華麗に無視していた。彼が採用を決めるのではなく、冥王が決めることだ。

 そしてキクガによる異動をまぬがれている獄卒たちは、あとからやってきた優秀な後輩に負けぬように仕事へ打ち込むようになった。負ければ自分の異動がかかっているのだ。それは本気にもなろう。



「だがキクガよ、お前はやたら働きすぎだと思うがな」


「? どこがかね」


「お前の仕事内容を言ってみろ」



 オルトレイに言われ、キクガは自分の仕事内容を振り返る。確か、



冥王台帳めいおうだいちょうの記録作業、裁判記録の作成、あとは冥府総督府の帳簿の確認と給料面や福利厚生面の改善を提案して現在有効の法律を学び」


「どんな頭の構造をしていればそんな仕事量を定時でこなすのだ。阿呆アホの仕事量だぞ」


「それ休めるのか? テメェの仕事じゃねえだろ、大半が」



 オルトレイとアッシュが心配の視線を寄越してくる。


 確かに大半がキクガの仕事ではない。だが、気になってしまっては整えてしまいたいのがキクガの性格だ。この性分はもはや変えようがなく、その過程で自分に負担が降りかかろうとも構わない。

 そんなもので部下以上に仕事をこなしていようとも苦とも思わないのだ。ぶっちゃけた話、仕事は部下を使うよりも自分でやりたい派である。


 だが、キクガも人間である。休む時は休むのだ。



「明日は休暇となっている訳だが」


殊勝しゅしょうな考えだが、まさか現世に行って仕事をする訳ではあるまいな」


「仕事ではない訳だが」



 疑ってくるオルトレイに、キクガは心外なと言わんばかりに返す。



「明日は現世でオートマチックライターの指導をしてくる」



 有意義な休暇の過ごし方を教えたつもりだったが、オルトレイとアッシュに口を揃えて「それも仕事の一環だ」と指摘されてしまい、キクガは不満げに唇を尖らせた。こんなのは仕事のうちにも入らない、と考えるのは社畜根性丸出しであるという事実に気づいていない様子だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ