【第12話】
「キクガよ、お前にまた手紙が届いているぞ」
「む」
バターをたっぷり塗ったトーストをちまちま齧るキクガに、オルトレイが2通の手紙を差し出した。
宛先はキクガの名前、そして差出人は中央魔法裁判所である。昨日の出来事に協力したことに関して何か言われているのか、それとも死刑囚を連行した時のお礼の手紙か。
食事中ではあるが急ぎの内容かもしれないので、キクガは早速手紙を開封する。丁寧に折り畳まれた手紙を広げると、最高裁判官であるルージュからのものではなかった。
「内容は?」
「君の娘からな訳だが」
「ほう」
対面で優雅に紅茶を啜るオルトレイは、
「仲良くなってしまって、羨ましいことこの上ないな」
「君も手紙を出すかね?」
「戯け。死者から手紙が届くなんぞホラー小説もびっくりな真似はせんわ」
彼はレイモンドと違い、現世と折り合いをつけている。娘のことは親として多少心配をしているだろうが、積極的に現世の出来事に関わろうとはしない。何の行動が脱走と判定されるか不明だから、という理由もあるだろい。
現世で生きる彼の娘宛に手紙を送れば、脱走や脱獄を企てていると判断されかねない。脱走や脱獄は重罪だ。獄卒として築いた地位も崩れ、深淵刑場に叩き込まれる羽目になる。
彼の娘であるユフィーリアへの手紙の返信は後ほどやることにして、キクガはもう1通の手紙を手に取った。
「ぬ」
「今度は何だ」
「辞令な訳だが」
もう1通は冥府総督府が発令した辞令である。記録課への転属が認められてからお目にかかるのは2回目になる。
今度は何を言われるのかとキクガは若干うんざりしながらも手紙を開いた。その横からオルトレイが手紙の内容を覗き込んでくる。
ほとんど真っ白な手紙の中、簡素な文章が並んでいた。
アズマ・キクガ殿
貴殿を記録課課長に任命する。
冥王ザァト
どうやらキクガが次の記録課の課長となったらしい。
「大躍進ではないか。この短期間でまさか課長にまで上り詰めるとは」
「…………」
「どうした、キクガよ。嬉しくなさそうではないか」
「……いや、嬉しいには嬉しい訳だが」
キクガの心境は複雑である。
記録課の課長に昇進したのは嬉しいことだ。元より、あのいけ好かない課長は引き摺り落としてやるつもりだったので目標は達成している。
問題は、それ以外だ。
「記録課の他の獄卒たちが何と言うか」
「あー、なるほどな」
キクガの言葉に、オルトレイも納得したように頷いた。
レイモンドが課長だった頃、彼に逆らった際に陰口を叩かれる羽目になった。敵意を向けられたのは間違いない。オルトレイも「記録課の連中はレイモンドの金魚の糞」という評価を下すぐらいだ。
それが、急に課長が交代するという展開である。レイモンドの金魚の糞と評された記録課の獄卒たちが、キクガを課長として歓迎するだろうか。反感を買う未来が目に浮かぶ。
難しげな表情で腕組みをしたオルトレイは、
「まあ、仕事を放棄するような真似をするなら新しい獄卒を入れるまでだ。今日のところは出勤してみて、状況を判断した方がいいだろうな」
「求人を出すにはどうしたらいいだろうか。給料と福利厚生面をきちんと確認しなければ……」
「? 何故そのようなものを確認する必要がある。適当でいいだろう、そんなの」
「罪人の延長線上にいるとはいえ、給料をもらっているのだから福利厚生面を考えるのは上司として基本中の基本な訳だが。オルト、財務面で確認したい訳だが。君、冥府総督府の財政状況とか」
「知る訳ないが?」
「…………拳による教育でも必要かね?」
「止めろ拳を構えるな!! 一体何がお前をそんな行動に走らせる!?」
拳を構えるキクガから、オルトレイは急いで距離を取る。
金銭面に関しては、どうやらキクガがオルトレイに教育を施さなければならないらしい。いや、おそらく冥府総督府全体に関わるだろうが。
☆
気は重いが、出勤せねばならない。
「…………」
記録課の第1分室の仕事部屋前で、キクガは難しい表情で立っていた。
仕事部屋から物音は聞こえてこない。数名の獄卒は出勤しているだろうから、おそらく始業準備でもしているのだろう。もしかしたら仕事を投げ出して出勤していないかもしれないが。
重くため息をついたキクガは、意を決して第1分室の仕事部屋に足を踏み入れる。
「おはようございます、アズマ課長!!」
「本日からよろしくお願いいたします!!」
「机の掃除をしておきました、どうぞお使いください!!」
「!?」
仕事部屋に足を踏み入れた瞬間、やけに笑顔な獄卒たちがワッと押し寄せてきた。予想していた展開とは違い、キクガは戸惑う。
名前も把握していない獄卒たちが、薄気味悪い笑顔を張り付けてキクガを課長として出迎えたのだ。陰口を叩き、気怠そうに仕事をしていた姿は一体どこへ行ったのか。
言葉を詰まらせるキクガだったが、同時にどこか納得した。
「なるほど、誰でもいいと」
「課長、どうしました?」
「いや、何でもない訳だが」
責任を取り、自分たちの雨除けになってくれる存在であれば誰でも媚を売るというのが彼らの考えなのだろう。部下としては当然の思考だ。キクガも納得できる。
だが、態度を変えて擦り寄ってくる彼らの目には、何か別の欲望が透けているようだった。キクガを煽てて、いつか背後から課長の座を掠め取ってやろうという欲望か。あるいはまた別の――。
頭をよぎった悪い考えを振り払い、キクガは思考回路を切り替える。
「始業準備に取り掛かりなさい。もう間もなく仕事が始まる訳だが。始業に遅れるような部下は必要ない」
瞳に冷酷さを宿し。
言葉には威厳を込め。
キクガは記録課の頂点に君臨する。
「仕事の時間な訳だが」




