【第11話】
「ただいま戻りました」
冥王の法廷に戻ってきたキクガを、妙な空気が出迎える。
法廷の最奥に居座る冥王ザァトは、色とりどりの眼球を蠢かせてキクガを静かに見下ろしていた。そのすぐ側では冥王第一補佐官のキサラギが鬼のような形相でキクガを睨みつけている。騙すような真似をしたので、当然の反応と言えた。反省は微塵たりともしないが。
そして、裁判に同席を依頼したオルトレイとアッシュもキクガを静かに見据えるだけであった。「お帰り」も「お疲れ」もなかった。そこだけが少しばかり寂しさを覚えた。
「裁判は」
「最初から嘘な訳だが」
冥王ザァトの短い問いかけに、キクガは当たり前のように返した。
「死刑囚を冥界に連行する業務は昨日で終了している。今日はあの脱走者を深淵刑場に叩き込むことを目的として、法廷を独占させてもらった次第な訳だが」
「貴様、冥王様に対して何だその態度は!!」
キサラギの怒号が響き渡る。この冥王第一補佐官、相変わらず喧しくて鬱陶しい。
「わざわざ法廷の予定を空けておいたというのに、それが全部嘘だと!? ふざけるのも大概にしろ!!」
「ならば逆に聞こう」
怒髪天を突く勢いで怒りを露わにするキサラギを真っ向から見やり、キクガはいつものように淡々とした口調で尋ねた。
「レイモンド・カタラーナの所業を知って、どのような判断を下すかね?」
「何を言って」
「彼が犯した罪は事実であり、自らが犯した罪を顧みないどころかさらに罪を重ねる始末だった。そのような獄卒が存在してもいいと?」
獄卒が罪人の延長線上にいるならば、反省もしないで罪を重ねる獄卒は果たして何なのだろうか。冥府総督府で勤務することが反省の姿勢を示すものなら、仕事をサボって自分の欲望を発散することに明け暮れていたあの元記録課課長は獄卒と呼べるのか。
罪に対して真摯に向き合うことがないならば、罪人に落としても獄卒として雇用しても無駄である。永遠に終わらない世界に追放した方がいい。その点を考えると、深淵刑場行きは妥当である。
言葉を詰まらせたキサラギから視線を外し、キクガは冥王ザァトを見上げて言う。
「多くの女性の心を傷つけるような課長など必要ない訳だが。早急な人事の再編成を要求する」
「…………」
「ちなみに宣言する訳だが」
何も言わない冥王ザァトに、キクガはさらに言葉を続けた。
「第1分室から課長を選出するような真似をすれば、私は再び新しい課長を深淵刑場に落とす訳だが。よく考えて選出するように、要求する」
言いたいことだけを告げ、キクガは会釈する。それから颯爽と冥王の法廷から歩き去った。
背後からキサラギの絶叫が聞こえたような気がしたが、当然のように無視をした。どうせキクガの悪口である、言わせるだけ言わせておけばいい。
☆
「キクガよ」
「む」
冥王の法廷から去ってから少し間を置き、キクガは聞き覚えのある声に呼び止められた。
振り返ると、何やら神妙な顔をしたアッシュとオルトレイが立っていた。キクガが去ってから追いかけてきてくれたのだろう。
冥王や冥王第一補佐官を騙すような真似をしても良心は微塵も痛くはならないが、友人と自分は認識しているアッシュとオルトレイに黙って事を成したのはやはり気がかりである。彼らもきっと怒っていることだろう。
キクガは「すまない」と謝罪し、
「君たちに助言を求めることなく、勝手に行動したことには謝罪をする訳だが」
「いや、その点に関しては特に言及することはない。問題は」
オルトレイが大股でキクガと距離を詰めてくる。端正な顔立ちがキクガの視界いっぱいに占拠してきた。間近に迫るオルトレイの顔面から逃げるように、キクガは思わず身を仰け反らせてしまう。
何をするのかと思えば、オルトレイはさらにキクガの両肩を掴んだ。力強さを感じる指先である。簡単に振り解けない雰囲気があった。
怒鳴りつけられると思って身構えるキクガに、オルトレイが叫んだ。
「狡いではないか!!」
「は」
「いや、言われてしまうと俺も自然な演技が出来なくなるので詳細は言わないでもらうのが正解だがな!! それでも記録課の連中の足止めを頼むぐらいの一言はあってもよかったと思うぞ!! おかげで生前は味わったことのない地面の味を覚える羽目になったわ!!」
「えと」
思っているような反応ではなく、キクガは困惑した。助けを求めるようにアッシュへ視線をやると、灰色の体毛を持つ狼はオルトレイの言葉へ同意するようにうんうんと頷いている。
「レイモンド・カタラーナを罠に嵌めるような形で深淵刑場送りにした訳だが、批判とかないのかね」
「ある訳がないだろう」
「ある訳ねえだろ」
オルトレイとアッシュは口を揃えて否定し、
「脱走や脱獄が『世界の仕組みに対する裏切り』と判定され、深淵刑場に送られるという話は知っているとも。獄卒が冥界から逃げ出すような真似を画策するような馬鹿たれがいないから、今まで言及しなかっただけだ」
「それにあの野郎、勤務態度も悪けりゃ性格も悪いしな。仕事中に風俗通ってるってもっぱらの噂だったぜ。深淵刑場に叩き込まれて清々した」
オルトレイとアッシュは「事実を知らせたら祭りだろうな」「今日はいい酒が飲めるかもしれねえ」と会話を交わす。思った以上にレイモンド・カタラーナという男は周りから恨まれている様子だった。
呆けたような表情を浮かべていたキクガだが、オルトレイとアッシュの反応を目の当たりにして笑みをこぼす。彼らの優しさに、どこか救われたような気がした。
キクガは「ありがとう」と感謝の意を伝え、
「次に同じことがあるようであれば、君たちにも相談する訳だが」
「うむ、ちゃんと忘れんようにな」
「脳筋だけじゃねえってところを見せてやらァ」
オルトレイとアッシュから頼もしい回答を得られた。その頼もしさが、キクガにとっては非常にありがたい。
「ところで、冥府転移門から銃弾が飛び出してきた訳だが。あれは一体誰が?」
「俺だ。魔法で火器を構築するのが得意でな、もちろん弾丸も魔法によって組み上げられているので弾切れを気にせず撃てるぞ。魔力切れは起こすが」
「いきなり冥府転移門めがけて猟銃をぶっ放した時は頭がおかしくなったと思ったぜ。あれちゃんと当たってたのか?」
「ちょうどレイモンド・カタラーナの手の甲に命中した訳だが」
「ふははははは、さすがだな俺は!!」
「この一言がなけりゃ『凄えな』って言えたのにな」
そんな賑やかな会話が、冥府総督府の廊下に落ちる。
2人の存在に有り難さを噛み締めつつ、キクガは冥府総督府の廊下を進むのだった。




