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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第8章:葬送

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【第9話】

 あと少し、あと少しだ。

 もうちょっとで現世に行ける!


 現世に行ける!!


 現世に戻ったら何をしよう。まずは女を抱こう。最初は誰がいいだろうか。冥王台帳めいおうだいちょうのページ上で踊る文章に欲望を任せるのはもう止めだ。

 これからは好きなだけ女を抱ける。抱いて、生意気な女は殴れば大人しくなるだろう。屈服させるのは気位きぐらいの高い女が最高だ。男に慣れていない彼女たちが暴力の前におびえ、涙を流しながら懇願こんがんしてくる姿が興奮する。


 最初は誰にしようか。そうだ、あいつがいい。ユフィーリア・エイクトベルと言ったか。生意気な呵責開発課の課長の娘だろう。確か公爵家のご令嬢だから男には慣れていないはずだ。ああ今から楽しみだ!



「はは……」



 背後から聞こえてくる怒鳴どなり声を聞きながら、レイモンドはついに夢にまで見た現世へ繋がる扉に飛び込んだ。

 爆風さえも自分の覇道はどうを後押しする。これ以上ないほど清々しい気分だった。昨日、生意気な新人の獄卒が「間違っても冥府転移門めいふてんいもんに飛び込まないでほしい」とか言っていたが、開いていたのだから飛び込めと言っているようなものである。知らん。


 希望とこれからの未来に胸を膨らませ、レイモンドは今、現世の大地を踏んだ。









「――――()()()()









 現世の明るい世界が視界に飛び込んだ瞬間、レイモンドの身体に幾重いくえにも純白のくさりが巻き付いた。



「は?」



 腕に、足に、首に、胴体に純白の鎖が絡み付き、前に進むことが出来ない。それどころか後ろに戻ることすら不可能だ。

 これは、何だ。動くたびに鎖はレイモンドの身体を締め上げ、徐々に呼吸が阻害そがいされていく。引きがそうと鎖を掴んでも、まるで取れる気配がない。肌に吸い付いたかの如く鎖は離れない。


 躍起やっきになってガチャガチャと鎖を鳴らして抵抗するレイモンドの前に、誰かが立ち塞がった。



「気分はどうかね、課長」



 落ち着いた声。

 顔を上げると、背筋も凍る絶対零度の眼差しがレイモンドを見据えていた。


 アズマ・キクガ――記録課に配属されたばかりの、新人獄卒!!



「貴様ァ!!」


随分ずいぶんと無様な格好をさらしている訳だが」



 つばを飛ばしながら怒りを露わにするレイモンドに冷めた視線を突き刺すキクガは、あざけるように笑った。



えさに食いついてくれてよかった」



 ☆



 中央魔法裁判所の敷地内で冥府転移門めいふてんいもんをわざと開いて待ち構えていたら、案の定、レイモンドが飛び込んできた。

 レイモンドの晴れやかな表情が見えた瞬間、キクガは冥府天縛めいふてんばくで相手を拘束した。右手を掲げただけで冥府天縛はキクガの意図をみ、レイモンドの太った身体を容易く締め上げる。突き出た胴体に鎖がめり込んだその様は、まるでボンレスハムのようだった。いいや、それではハムに失礼だろうか。


 キクガにぎゃーすかとやかましく騒ぎ立てるレイモンドに、別方向から声。



「記録課の課長とおうかがいしておりましたが、随分と下品な殿方とのがたですの。性格の問題ですの?」



 キクガの背後からルージュが呆れ顔をのぞかせる。


 ルージュの美貌びぼうを前にしたレイモンドが、ごくりと生唾を飲み込んだ。のどが上下する様がしっかりと確認できた。確かに彼女は飛び抜けた美人ではあれど、あの下衆な男が狙っているのはそれだけではない。

 ルージュ・ロックハートという魔女は名家の当主である。中央魔法裁判所の最高裁判官を務めている才女だ。地位ある女性が、レイモンドの狙いである。


 レイモンドが言葉を発するより前に、ルージュが口を開く。



「レイモンド・カタラーナ、あなたの罪状は記憶しておりますの。23人の子爵および男爵令嬢に性暴力を振るい、殺害した。その果てに死刑が執行され、冥界に送られたんですの」


「いやぁ、はは……」


とぼけようとしても無駄ですの。あなたの罪はすでに記録されており、死刑執行の事実もある。罪を償ってもいないのに、よくもまあ現世の地を踏めましたの。たかが23年4ヶ月65日冥界で獄卒として勤務していただけで、あなたの罪が許されると思うんじゃないんですの」



 ルージュの語気が強くなる。彼女の赤い瞳にも、呆れの感情の他に侮蔑ぶべつの色がにじんでいた。

 女性からすれば、性犯罪者は憎き仇だろう。全女性の天敵と言っても差し支えはない。レイモンド・カタラーナという男は生前、それだけのことをしてきたのだ。


 引き攣った笑みを浮かべて視線を逸らすレイモンドに、キクガも追撃を仕掛けることにした。



「君の、冥界での素行も調べがついている訳だが。娼婦への暴行、通行人女性への強姦行為、比較的裕福な家庭が多い5番街区を徘徊する姿も確認している。反省する気はまるでないと判断できる訳だが」


「うるさい!! 貴様に何が分かる!!」



 キクガが相手になった途端、レイモンドは自分の身体をいましめる純白の鎖をガチャガチャと鳴らしながら噛み付いてきた。



「いいからこの鎖を外せ!! ぼくにこんな真似をしておいて、タダで済むと思うなよ!!」


「ほう、どの口が言えるのかね」



 未だに自分が偉いと思い込むことが出来るレイモンドのおめでたい思考回路に、キクガは感心するしかなかった。一体どのような教育を受ければ、彼のような思考回路を持つ人間が生まれるのだろうか。もはや一種の病気ではないかと疑ってしまう。

 とはいえ、重大な違反を犯した獄卒に手加減をしてやるつもりは毛頭ない。餌に釣られる方が悪いのだ。


 キクガはふと顔を上げ、



「では、脱走者の刑を執行しよう」



 次の瞬間。

 冥府天縛めいふてんばくによって拘束されるレイモンドの胸を、巨大な氷柱が貫いた。

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