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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第8章:葬送

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【第7話】

 裁判は拍子抜ひょうしぬけするほどあっという間に終わった。



「アッシュ、オルト。今回は手伝ってくれて助かった訳だが」


「別に何もしてねえけどな」


「ただ立っていただけでお礼を言われるのはどうにも納得できんが」



 裁判が終了し、法廷ほうていから追い出されたキクガはアッシュとオルトレイにお礼を述べた。


 彼らには罪人の脱走防止策として法廷内に待機してもらっていた。脱走防止策としてアッシュとオルトレイを同席させることに冥王第一補佐官のキサラギはかなり渋ったようだが、罪人の脱走が起きたら大変なので冥王ザァトが許可を出したと聞いている。

 見るからに鈍臭どんくさそうな上、逃げた罪人を捕まえる手段さえ有していない冥王第一補佐官のキサラギが対処できるはずもなかった。その点、アッシュとオルトレイならば身体能力に優れているので、もし罪人が逃げ出したとしても安心である。



「君たちの存在が抑止力よくしりょくにはなっていたと思う。明日の仕事も頼む訳だが」


「ああ、そういえば2日間に分けて死刑執行が執り行われるのだったか」



 オルトレイが思い出したような口振りで言う。



「2日間に分けて死刑執行するのも異例よな。普通であればその日のうちに終わらせるというのに、わざわざらすような真似をするとは何を考えているのだかな」


「その辺りは私も把握はあくしていない。中央魔法裁判所の考えに従う他はない訳だが」



 2日間に分けて死刑の執行が執り行われることに対して疑問を持つオルトレイに、キクガは知らぬ存ぜぬの態度を貫いた。彼の『感情感知の魔眼』で何らかの感情を読み取られないか不安だったが、特に言及もしてこないので自ら明かすことはない。



「まあでも、中央魔法裁判所も何か考えてるんだろ。オレは馬鹿だから頭のいい連中の考えることなんて分からねえけど」


「疑問に思うことはあれど、まあ微々たるものだしな。俺も言及は避けよう、面倒臭い」



 アッシュの言葉に同意するように、オルトレイも思考を放棄した。これ以上の言及はなさそうなのでありがたかった。



「でも、気になる部分はあったけどな」


「何かあったのかね?」


「レイモンドの奴の態度だ。アイツ、最初から最後まで間抜けヅラを晒してばかりだったぜ。記録を取る素振りも見せねえし」



 アッシュが「何か怪しいんだよなぁ」と呟き、その顔をひっそりとゆがめた。


 キクガも上司であるレイモンドの様子は把握していた。彼は最初から最後まで記録課課長としての責務をこなすことはなく、ポカンとした表情で固まるばかりだった。入力作業に従事していたのは第1分室の獄卒たちのみで、肝心のレイモンドは瞳を見開いたままピクリとも動く気配がなかったのである。

 彼が異常事態に陥ったのは、キクガが法廷に現れてからだ。おそらく、初めて冥府転移門めいふてんいもんの存在を認識したのだろう。



「キクガ、明日は冥府転移門めいふてんいもんを使う時は気をつけろよ。間違って獄卒が飛び込むような真似があったら洒落しゃれにならねえからな」


「そうだな。俺たちも裁判に同席する予定だし、より一層警戒をせねばならんな」


「すまない、2人とも。迷惑をかける訳だが」


「気にすんな、これぐらいしか役に立てねえんだから」



 快活に笑うアッシュの隣で、オルトレイが「明日もせいぜい気をつけろよ」などと言ってくる。本当に優しい2人である、だましていることに申し訳なさを覚える。

 そんな会話を交わしていると、いつのまにやら記録課の仕事部屋まで到着した。キクガはここでお別れである。オルトレイとアッシュは新しい呵責道具の件で揃って呵責開発課の作業場に戻る予定だった。


 アッシュとオルトレイはキクガへと振り返り、



「ではな、キクガ。また終業後に迎えに行くから勝手に帰るなよ」


「じゃあな、キクガ。あとそろそろウチのチビどもが会いたがっていたから、予定教えてくれ」


「承知した。アンドレ君とエリザベス君にも『楽しみにしている』と伝えてほしい訳だが」



 なごやかな雰囲気で別れを告げ、キクガはオルトレイとアッシュの背中を見送る。2人は何やら互いに小突き合いながら徐々に遠ざかり、やがて廊下の奥へと姿を消した。

 2人の姿が消えていくのを確認し、耳を澄まして会話すらも聞こえなくなったことを改めて認識する。呵責開発課の作業場と記録課の仕事部屋は距離がある。ここでの会話は聞こえないだろう。


 思考回路を切り替え、キクガは背後へと振り返った。



「カタラーナ課長、本日はお疲れ様でした」


「…………」



 キクガの背後には、いつのまにかレイモンドが立っていた。こちらに恨めしげな視線を寄越してくる。今日に限って言えば悪いことはしていないのに、睨まれる筋合いはない。



「仕事に戻ります。明日も記録を」


「待て」



 仕事場に戻ろうとするキクガを、レイモンドが引き留めた。



「貴様、冥府転移門めいふてんいもんを使えるのか」


「はい」



 キクガが即答すると、レイモンドはニヤリと笑う。



「上司命令だ。冥府転移門を使わせろ」


「お断りします」



 レイモンドの命令に対して、キクガは即座に拒否を突きつけた。


 キクガは冥府天縛めいふてんばくの所持者として冥府転移門めいふてんいもんの使用を許されているが、他の獄卒が冥府転移門を使用することは禁じられている。すでに死んだ人間が再び現世の地を踏むような真似は法律で許されていない。

 レイモンドの要求はそうした法律に抵触しかねない。もし言われるがままに冥府転移門の使用を許可すれば、キクガの身にも何が起きるか分かったものではないのだ。


 だが、目先の欲に駆られたレイモンドにとっては関係ないことらしい。彼は顔を真っ赤にすると、



「何故だ、上司命令だと言っただろうが!!」


「君の命令は法律に抵触する訳だが」



 上司に対する敬語を消したキクガは、淡々と応じる。それでもキーキーとレイモンドは喧しく騒ぎ立てるが、全て無視した。

 平気で法律違反になるようなことを命じてくる上司など必要あるだろうか。たとえ有能だとしても色々とよろしくはないだろう。中央魔法裁判所からも何のおとがめもないことが奇跡のようだ。


 キクガは念押しするように、



「明日の裁判では、間違っても冥府転移門めいふてんいもんに飛び込まないでほしい訳だが」



 それ以上の会話は仕事を理由にして遮断し、キクガは早々にその場から離脱した。取り残されたレイモンドが何を考えていたのかなんて知らないふりをした。

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