【第5話】
鋼鉄の馬車に揺られて移動すること10分程度、周囲をざわめきが満たす広場に到着した。
「ここは」
「処刑広場ですの。普段は普通の広場に活用されておりますが、死刑囚の処刑場として使用されますの」
鋼鉄の馬車に取り付けられた鉄格子の隙間から外の様子を伺うキクガに、ルージュの軽い説明が入る。
大勢の人間で犇めいているものの、確かに広場であることが分かる。綺麗な草花が咲き乱れる花壇と立派な噴水、広場を訪れた人々が休めるようにベンチがいくつか設置されている。処刑の瞬間を一眼でも見ようと広場を訪れた人々の視線は1ヶ所に集中しており、その方向を見やると小高い台座のようなものが用意されていた。
何の変哲もない台座である。平穏な雰囲気の漂う広場にはあまりにも似つかわしくない、酷く物々しい気配のある台座だった。大人が数十人単位で乗っても崩れないようにしっかりと設計されている様子である。
おそらく、あれが処刑台なのだろう。鋼鉄の馬車は、自然と広場に設置された台座を目指していた。
「あれが処刑台かね?」
「そうですの」
「いつもあんな処刑台が広場に設置されていたら気も休まらないだろうに」
「死刑執行日の夜明けに魔法で作っていますの。死刑執行が終了すれば取り壊される予定ですの」
「魔法とは便利なものな訳だが」
あんなしっかりした台座が一瞬で作られてしまうとは、魔法とは実に便利なものである。キクガも何かしらの魔法が使えないかと自分の右手に視線を落とすものの、魔法の気配すら感じられなかった。
やがて、鋼鉄の馬車がゆっくりと停止する。遅れて外側から馬車の扉が開けられると、全身を甲冑で包んだ誰かが「到着しました」と中にいるキクガたちに報告した。
最初に馬車から降りたのはルージュである。次に、促されるようにしてキクガが罪人を引き摺りながら降りる。死刑囚である男はズルズルと荷物の如く引き摺られ、抵抗する素振りはない。最後に、全身真っ黒なコートで身を包んだ何某が馬車を降りて馬車の扉は閉ざされた。
ルージュは真っ黒なコートの人物へと振り返り、
「それでは第七席、お願いしますの」
「…………」
真っ黒なコートの人物はフードで包まれた頭部を上下に揺らしてから、純白の鎖で拘束される死刑囚の首根っこを引っ掴む。冥府天縛で拘束された男はされるがまま引き摺られていくが、鎖が終わる気配が見えない。どこまでもどこまでもズルズルと伸びていく。
伸縮自在とは聞いていたが、無限に伸びるとは便利なものである。巨躯を誇る冥界の番犬すらも容易く拘束できるだけはあるというものだ。
ルージュと共に処刑代の裏側で待機するキクガは、
「あの死刑囚は一体何の罪を犯したのかね?」
「これから発表されますの」
ルージュがそう応じると、先程キクガたちが乗ってきた鋼鉄の馬車の扉を開けた甲冑の誰かが羊皮紙を広げて声を張り上げた。
「ただいまより、死刑囚ドミトリー・ラグナの死刑執行を執り行う!!」
わあ、と観衆が声を上げる。中には「殺せ!!」「ざまあみろ!!」などと心ない罵声をぶつける者もいた。
黒いコートの人物に引っ張られ、死刑囚が処刑台に上がる。姿を見せた途端に民衆たちの声も最高潮に到達した。
よほど彼は恨まれている様子である。死刑を言い渡されるぐらいだ、よほど凶悪な事件を起こしたに違いない。それこそ人類滅亡を企んだオルトレイと同等か。
「かの者の罪状は『殺人罪』!! 185人の子供を誘拐し、殺害し、剥製にして販売した罪がある!! 我々は決してかの罪人を許してはならない!!」
観衆から「そうだそうだ!!」「許すまじ!!」と声が聞こえてくる。子供が犠牲になったのだ、親からすれば許し難い事件だろう。
「剥製にして売ったと言っていたが、そんなことがあってもいいものかね」
「現在の法律では殺人罪として死刑執行に処すのが限界ですの」
キクガの言葉に、ルージュは苦い表情で言う。
「魔法使いや魔女には倫理観がないと民衆から言われておりますの。それのせいか、一般の方々との対立もありますの」
「なるほど」
キクガは納得する。納得するしかなかった。
現行の法律では殺人の罪で処刑台送りにすることが限界ならば、冥界で待ち受ける裁判もまた同様だろう。どれほど他人を惨たらしく殺し、その死体を弄んだとしても『人を殺した』程度の罪でしか裁けないのだ。
倫理観の欠如した魔法使いや魔女と、その他の善良な魔法使いや魔女が同一視される――それこそルージュやユフィーリアに迷惑がかかる。そういった連中との棲み分けをどうにかして考えなければならない。
そう思考回路を巡らせていると、
「ほら、終わりますの」
「え?」
キクガが顔を上げる。
処刑台に膝をつく死刑囚の男の首に、側に立った黒いコートの何某が刀を落とした。陽光を受けて煌めく刀身は、冷水を流し込んで固めたかの如く冴え冴えとした青色。虚空に薄青の軌道を描いて、寸分の狂いもなく男の首を断ち切った。
ゴロリと転がる首。ボサボサの髪をむんずと掴み、黒いコート姿の誰かは首級を掲げる。割れんばかりの歓声が広場を包み込んでいた。
ビリビリと歓声を肌で受け止めるキクガは、新たな感覚が手に生まれていることに気づいた。軽く、右手に巻き付けた冥府天縛を引っ張る。
「お」
純白の鎖が引っ張られ、終着点で巻き付いていた死刑囚の身体から半透明の人間を引き摺り出す。冥府天縛で拘束されたその半透明の人間は、ジタバタと暴れながらキクガの元まで引っ張られた。
その半透明の人間は、つい今しがた首を落とされたばかりの男であった。黒いコートの人物の足元で転がる胴体だけとなった本体を戒めるものは何もなく、ただ言葉も発さないまま倒れているだけだ。拘束された影も見当たらない。
男はキクガを睨みつけると、
「クソ、離せ!! 死んでまで拘束されるなんてアリかよ!!」
「前歯を折るぞ」
「やってみろってんだ、どうせ触ることすらぐぶえッ」
キクガは冥府天縛で拘束された男の顔面を迷わずぶん殴った。宣言通り、前歯もきっちり折ってやった。あとは地獄の獄卒たちがどうにかしてくれることだろう。
死刑囚の男に迷わず拳を叩き込むキクガに、ルージュは嫌悪感のある視線を突き刺してきた。問答無用で暴力を振るうのは立場的に許容できることではないが、もう冥界に連れて行かれるので何も言えないのだろう。
キクガは冥府転移門を呼び出しつつ、
「では、これを冥府の法廷まで連れていけばいいかね?」
「ええ、手筈通りにお願いいたしますの」
「承知した」
死刑執行がなされた報告を背後で聞きながら、キクガは暴れる男を荷物のように引き摺って冥府転移門を潜るのだった。




