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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第8章:葬送

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【第4話】

 現世げんせの用事でキクガが無断欠勤をしてから、3日が経過した。


 記録課の業務をこなしている間に、オルトレイとアッシュがキクガの要求通りの働きを見せてくれた。冥王の法廷の予定に関しては中央魔法裁判所の後押しもあってすんなりと確保され、裁判に関わる人員の指定も予定通りに運んだ。

 重要な仕事を任された影響か、記録課課長のレイモンドはご機嫌な様子だった。それどころか、彼の直属の部下である第1分室の獄卒たちも何やら浮き足立っている。自分の昇進がかかっているのだから、気合の入り方も違うのだろう。


 そして刑執行の当日、キクガは予定通り中央魔法裁判所までやってきた。



「ご苦労様ですの」


「今日はよろしく頼む訳だが」


「むしろこちらがお願いしていることですの。あなたは大衆たいしゅうの目に触れることはありませんので、どうか気を楽になさるんですの」



 冥府転移門めいふてんいもんを潜り抜けた先で待っていたルージュに「こちらですの」と案内される。キクガは先日と同じく、彼女の背中を追いかけて中央魔法裁判所の建物内に足を踏み入れた。

 今日が死刑執行日だからか、中央魔法裁判所の職員も慌ただしく駆け回っている。「手配が」とか「民衆は」とか様々な話題がキクガの目の前を通り過ぎていった。


 それらの話題を横目にルージュを追いかけていくと、待ち受けていたのは薄暗い地下へ繋がる階段であった。



「地下室かね?」


「脱走防止の防衛魔法が仕込まれておりますの」



 冷たい印象を与える石壁いしかべからは燭台しょくだい等間隔とうかんかくに設置され、ぼんやりとした明かりを落としていた。よく見ると、壁には円形の模様が刻み込まれている。おそらくあれが脱走防止用の魔法なのだろう。

 ルージュが階段を降り始めたので、キクガも追いかけるようにして階段を降りる。コツコツと響く足音。カビ臭さと埃っぽい臭いが鼻孔びこうかすめた。


 階段はすぐに終わりを迎え、終着点では鋼鉄の分厚い鉄格子付きの扉が行手ゆくてふさぐ。



「この先に、死刑の執行が予定された囚人がおりますの」


「なるほど」


「何を言われても無反応を貫いてくださいまし。反応を見せれば相手に取り込まれる可能性もあるんですの」


「殴ったり蹴ったり目玉をえぐるのはありかね?」


「なしですの」



 ルージュに「何を言ってるんだコイツは」と言わんばかりの目で見られたので、キクガは笑って誤魔化ごまかした。暴力系の話題は、現世では御法度ごはっとらしい。暴力を出せるのは冥界だけに限った話のようだ。


 ルージュが扉に向けて手をかざすと、ガチャンと鍵の外れる音がキクガの耳朶じだに触れた。ギィと蝶番ちょうつがいきしませながら、ひとりでに扉が開かれる。

 扉の向こうにあった部屋は狭い。四方を石造りの壁に囲まれ、中央には木製の椅子がポツンと置かれているのみだ。その椅子に赤色の縄で縛られた状態で草臥くたびれた印象の男が座らされている。


 扉が開いたことで、椅子に腰掛けた男がゆっくりと顔を上げた。ギラギラとした光を宿す双眸そうぼうせこけた頬、伸ばしっぱなしになった影響でボサボサの状態の茶髪と不清潔な見た目を余すところなく揃えていた。



「ひひッ、これはこれは最高裁判官様ァ……もう死刑執行ですかい?」


「口をつつしみなさい、囚人76552200番。あなたに答える義理はありません」



 ルージュは男に厳しい口調で告げると、遅れて入ってきたキクガへと振り返った。



「こちらの囚人の拘束を」


「承知した」



 キクガは頷き、右手を軽くかかげる。


 すると、キクガの意思を汲み取った冥府天縛めいふてんばくが自動的に獲物を捉え、椅子に座った男を拘束する。純白の鎖で縛り上げられた途端、男を拘束していた赤い縄が泡のように弾けて消えた。どうやら魔法で作られた縄だったようである。

 冥府天縛で縛られてもなお、男は余裕の表情を崩さない。ニヤニヤと笑いながら「ああ、いい締め付けだねェ」なんて気味の悪いことを宣う。本当に、暴力を振るうことが出来ないことがやまれた。冥界だったら迷わず拳で5発ぐらいは殴っていたかもしれない。



「それでは連行しますの。ついていらして」


「ああ」



 用事は済んだと言わんばかりにきびすを返すルージュを追って、キクガも死刑囚の男をりながら部屋を出ようとした瞬間である。





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「ッ!!」



 キクガは息をんだ。


 目の前に音もなくたたずむその影は、影ではない。どうやら人のようである。真っ黒なコートを身につけ、真っ黒なフードで頭全体を覆い隠してもなお、その全貌ぜんぼう把握はあくできないほど不気味で異質な雰囲気をまとわせる。体格はおろか、身長さえもぼかされているようで酷く曖昧あいまいだ。

 それは果たして、本当に人間なのか。ルージュの使用した何らかの魔法ではないのか。正体不明の黒い人物に、キクガは戸惑いを隠せなかった。



「第七席、いらしていたんですの。ご苦労様ですの」


「…………」



 そんな黒い人物に、ルージュは労いの言葉を投げかける。その気さくな態度に、キクガは驚きを隠せなかった。



「ルージュ君、あの、これは」


「今回の死刑執行を担当する処刑人ですの。腕利きの処刑人ですので、ご心配なく」



 ルージュに紹介され、黒い人物はわずかに頭部を下げた。会釈えしゃくのつもりだろうか。



「さあ、処刑開始まで間もなくですの。馬車の時間もありますので急ぎますの」


「……承知した」



 不気味な黒い影からとりあえず視線を外し、キクガは死刑囚を引き摺ってルージュのあとを追いかけた。

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