【第3話】
冥府転移門で冥府総督府の玄関先に降り立つと、待ち構えていたオルトレイとアッシュに出迎えられた。
「ご苦労だったな、キクガよ。ロックハート女史は遅刻と主張をしなかったか?」
「オルトから聞いたぞ、キクガ。無断欠勤になったんだってな」
「心配をかけてしまったようで申し訳ない訳だが」
オルトレイとアッシュに微笑みかけたキクガは「何も問題はなかった訳だが」と言う。事実、本当に何も問題はなかった。ルージュから怒られるような出来事も起きなかった。
今日の分の給金が差し引かれてしまうのは日本人の真面目な性格を鑑みると良心が痛むが、それ以上に現世で大役を負ってきたばかりである。空気の悪い記録課の仕事部屋でオートマチックライターをカタカタ叩いている暇はないのだ。
キクガはオルトレイとアッシュの2人に視線を巡らせ、
「オルト、それからアッシュも。君たちに頼みたいことがある訳だが」
「何だ、キクガよ。聞くだけ聞いてやろうではないか」
「どうした。改まって言われると何か怖えんだけど」
キクガの言葉に、オルトレイとアッシュは僅かに警戒心を滲ませる。2人に無茶なお願いをしたことはないが、頼みたいことと聞いて警戒する気持ちは理解できる。
「実は現世の死刑執行に立ち会う必要が出てきた訳だが。私は刑が執行された罪人を冥府天縛で拘束し、冥府の法廷まで連行する大役を負った」
「ほーん、それは確かに大役だな」
他人事のように言うオルトレイに、キクガは要求を提示した。
「そこで、課長である君たちには冥府の法廷を占拠してほしい訳だが」
「雲行きが変わったな」
「確かに出来るけど、それやったらオレたち全員の首が飛ぶぞ。物理的か業務的かどっちになるか分からねえけど」
キクガの要求に、オルトレイとアッシュは難色を示した。ちょっと説明が悪かったかもしれない。これではテロリストと同等の扱いとなってしまう。
「すまない、説明が悪かった訳だが。刑が執行され次第、私は冥府天縛で拘束した罪人を冥府転移門《めいふてんいもん、》で法廷まで連行する手筈になっている。君たちには他の裁判の予定が入らないように、冥府の法廷を占拠してほしい訳だが」
「ああ、なるほどな。わざわざ大回りして冥界にやって来ずとも、お前には冥府転移門があったか」
「つーか、それ占拠って言わねえだろ。歴とした理由があるんなら、冥王様だって予定を空けてくれるだろうし」
改めて説明をして、オルトレイとアッシュもようやく納得してくれた。
一介の獄卒でしかない上、何かと反発しているキクガでは要求を聞き入れられないだろうが、課長として立場のあるオルトレイやアッシュが言えば話ぐらいは聞いてくれるだろう。そもそもこの仕事は中央魔法裁判所からの依頼なので、断る理由はないだろうが。
キクガは続けて、
「そこで、この裁判に関わる人物の選定をしたい訳だが」
「まあ進言ぐらいは出来るだろうが」
オルトレイは難しげな表情を浮かべると、
「一体誰を指定するつもりだ?」
「裁判にはキサラギ補佐官を、そして記録係として記録課課長のレイモンド・カタラーナを筆頭とした第1分室所属の獄卒を同席するように進言してもらいたい訳だが」
「あいつをかぁ?」
顔を顰めるオルトレイの横で、アッシュもあからさまに嫌そうな表情を見せた。オルトレイの反応はまだ分かるが、アッシュもレイモンドに対して嫌な印象しか抱いていない様子である。
「まあ中央魔法裁判所が絡んだ裁判だ、キサラギの奴は喜んで裁判に関わってくるだろうよ。そんな重要な裁判に関われるのだからレイモンドの奴も参加するに違いない。記録課を同席させるのは異例だがな、昨日のようなこともあり得る」
「ああ、見たことない裁判記録の作成を押し付けられたって? 殴ればよかったのに」
「それが出来れば苦労はしない訳だが」
アッシュが軽い調子で拳を掲げたことに対して、キクガは苦笑で応じる。暴力で解決できればいくらでも拳を振るうのだが、殴ったところであの課長は絶対に課長の椅子を手放さないだろう。体力が削られるような無意味な行動は避けたい。
「概ね理解した。冥王を含めて関係者に通達しよう」
「助かる」
要求を了承してくれたオルトレイに、思い出したようにキクガは「あ、そうだ」と言った。
「裁判には君たちも同席してもらいたい訳だが」
「は?」
「何で?」
オルトレイとアッシュは口を揃えて同じような反応を見せた。
冥王の裁判を補佐するのが主たる業務である『冥王裁判課』や故人の生前の記録などをまとめて管理する『記録課』とは対照的に、呵責開発課や獄卒課は裁判とは全く関係がない。むしろ判決が下されたあとが彼らの仕事である。
それなのに「裁判に同席してもらいたい」という要求である。その反応は至極当然と言えた。
だが、これには理由がある。
「私が連行した罪人が脱走をするかもしれない。君たちには脱走防止の為に同席をお願いしたい訳だが」
「冥府天縛の拘束を振り解くことが出来るような罪人などいないと思うがな」
「刑執行は2日間に分けて執り行われるから、何があるか分からない訳だが。私だけでは対処しきれない可能性もある。この世界の技術や文化に詳しい君たちにもぜひ同席をお願いしたい」
「ううむ……」
オルトレイが腕組みをして難色を示す側で、アッシュはあっさりと納得した。キクガのもっともらしい説明を聞いて「おう、分かった」と返事をする。
「それならいいぜ。逃げた獲物を捕まえるのも得意だ」
「おい、アッシュ。考えもなしに頷くのはどうかと思うぞ、俺は」
「キクガがここまで頼んでんだ、悪いことじゃねえだろうがよ」
「それはそうだが」
オルトレイはやれやれとばかりに肩を竦め、
「仕方あるまい。求めに応じて、裁判に同席してやろう。まあキクガの晴れ舞台をこの目で見てやるのも一興か」
「ありがとう、オルト。やはり世界で2番目に優しい魔法使いは言うことが違う訳だが」
「煽てても何も出んぞ。夕食に1品追加してやろう」
「出てるじゃねえか」
とりあえず協力を得られたことで安堵するキクガに、オルトレイが逆に質問を投げかけてきた。
「そういえば、キクガよ。裁判に同席するのは構わんが、刑が執行される罪人の情報については聞いているのか? 2日間に分けて執り行われるということは、相手は夫婦か恋人か兄弟か何かではないのか?」
「ああ、それに関しては――」
感情を悟らせてはいけない。オルトレイにはそれが分かってしまう。
嘘を悟らせてはいけない。アッシュは鼻が効く。
なるべく情報を制限した方が、やりやすい。
「――私も、聞いていない訳だが。当日になって分かる手筈になっている」
諸々の感情を押し殺し、キクガは朗らかな笑みを見せるのだった。




