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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第1章:こんにちは、冥界

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【第4話】

「ふう、なかなか手間取ってしまった訳だが」


「おいそれ」


「何かね」


「いや、何でも……」



 先導せんどうするように冥王めいおうの居城を歩くアッシュに視線を逸らされ、キクガは不思議そうに首を傾げるばかりだった。


 冥王への謁見えっけんが許可され、キクガは冥王の城前で門番よろしく突っ立っていた貧弱眼鏡の2人組を手早く気絶させた。今や2人はキクガに襟首を引っ掴まれてズルズルと荷物のように引きずられている。キクガからすれば手土産を持ってきた気分である。

 交渉ごとには人質が必要だろう。さしもの部下の命を握られていれば、冥王とて話を聞かざるを得ない。人質が見捨てられたらそれまでだが。


 アッシュはそんなキクガを一瞥するなり、深々とため息を吐いた。



「いきなりひざを壊してくるし、冥王様に何もなけりゃいいが」


「私とて最高責任者を相手に暴力を振るう真似はしない訳だが」



 キクガはそう言って、アッシュの撃ち抜いたはずの膝に視線をやった。



「おや、治ってる」


「あの程度だったらすぐに治る」


「治癒力が人並み外れている訳だが。それなら腎臓じんぞうの1つや2つぐらい売り飛ばしても」


「おい止めろ、オレの身体で何をするつもりだ!?」



 ぎゃんぎゃんと吠え立てるアッシュを無視して、キクガは冥王の居城の内部に視線を巡らせる。


 おどろおどろしい外観をしていたが、内装も外観とよく合致がっちしていた。石造りの壁や床は冷え冷えとした空気を発しており、高い天井を支える石柱が等間隔に並ぶ。天井から吊り下げられた照明器具には数え切れないほどの蝋燭ろうそくが灯っているのかと思いきや、それらは全て鬼火おにびだった。

 まるで西洋のお化け屋敷を歩いているような気分になってくる。自然とキクガの足取りも軽くなった。お化け屋敷などのアトラクションは結構好きな方なのだ。


 すると、



「着いたぞ」


「む」



 先導していたアッシュが立ち止まり、キクガは危うく彼の背中に顔面から飛び込みそうになったが何とか踏み止まった。


 視線を持ち上げると、行く手を塞ぐように巨大な扉が鎮座していた。扉の両脇は巨大な2体の骸骨がいこつが固めており、扉の表面に骨だらけの手を添えている。さながらその巨大な骸骨たちが逃亡者を押さえ込んでいるようである。

 冥王の居城の最奥にある扉は、まさに冥界の最高責任者がおわす空気感に満ち満ちていた。簡単に近寄ってはならない雰囲氣がある。これから裁判を受けるだろう死者たちは恐れをなして逃げ出したくなるのも頷ける。


 扉を見上げるキクガは、そそくさと身をひるがえして逃げようとするアッシュの襟首えりくびを掴まえた。



「どこへ行く」


「も、もういいだろ!? ここまで連れてきたんだからお役御免だろうがよ!!」


「冥王に口利くちききをすると言ったのはどこの誰だったかね」


「いやオレだけど……」


「ならば分かるだろう」



 キクガは真っ直ぐにアッシュを見据えると、



「君は、君の責務を全うしなさい。まあ自分の吐いたつばを床に這いつくばって舐めとる勢いで前言撤回するなら、手土産として右眼球をいただく訳だが」


「分かったよ分かった、行きゃいいんだろ!!」



 やけっぱちみたいにアッシュは叫ぶと、巨大な骸骨が支える扉を開けた。


 ギィ、と蝶番が軋む音がキクガの耳朶じだに触れる。扉の隙間から漏れ出す黒い闇は瘴気しょうきのようであり、身体をむしばまれているような嫌なものがあった。「出来れば長居をしたくない」という気持ちが心の奥底から湧き上がってくるが、根性で弱音を吐く心をねじ伏せた。

 アッシュが漏れ出る瘴気をものともせず扉の向こうに消えていくのを、キクガは慌てて追いかけた。もちろん、事前に調達した手土産を持つのを忘れない。きちんと眼鏡の2人組は荷物のように引きずられていた。


 暗い闇に身を沈ませた途端、





 ――ぼうッ。





 そんな音を立てて、どこからかやってきたのか不明な鬼火おにびがキクガのすぐ近くでめらめらと燃えていた。

 鬼火は徐々に数を増やしていき、ひとりでに動くと部屋の上空に吸い込まれるようにして消えた。鬼火が消えると同時にランタンが点灯する。どうやら鬼火の動力源にして点灯する仕組みになっているようだ。


 無数のランタンが部屋の中をわだかまる闇を掻き消し、キクガの目の前を明るく照らす。部屋が明るくなってから、その存在に初めて気がついた。



「見慣れぬ格好をしておるな」



 声が頭上から降ってくる。


 キクガの目の前に鎮座しているのは、見上げるほど巨大な執務机に向かう黒いもやのような何かである。ボロボロの布を被り、黒い靄の表面に浮かぶのは大小様々で虹彩こうさいの色も豊かに揃えられた20にも及ぶ眼球たち。明らかに人間の形を保っていないのだが、そでらしき場所から伸びる灰色の肌をした手は老人のように骨張っており、しわくちゃだった。

 どこから発声しているのか不明だが、ギョロギョロとうごめく20個の眼球たちがキクガを睥睨へいげいする。あれは果たして人なのか、それとも何かの怪物なのだろうか。


 執務机以外にまともな家財道具が見当たらない、伽藍がらんとした部屋の中。おどろおどろしい居城の主人であるその怪物は、おごそかに言う。



「余は冥王ザァト。冥府総督府の最高責任者であり、冥界を統治する王である」



 自らを冥王ザァトと名乗った怪物を前に、キクガも口を開く。



「いあいあ、はすたぁはすたぁ」


「テメェ、冥王の御前ごぜんでふざけるな!!」


「いだッ」



 自然とまろび出てしまった祝詞のりとを「ふざけている」と判断したアッシュによって、キクガは後頭部をぶん殴られた。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、こんにちは。新作楽しみにしておりました! →「いあいあ、はすたぁはすたぁ」 キクガさんのおふざけなしの天然発言に大笑いしました。クトゥルフを知っていたのかと言うことや、いきなりこん…
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