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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第1章:こんにちは、冥界

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【第3話】

「まさかこのオレがあっさり負かされるとは……」


「眼球をえぐられる程度で降参するとはまだまだ甘い訳だが。つめがされただけで泣きそうだな」


「…………テメェ、誰よりも獄卒に向いてるよ」



 罵倒ばとうが飛び交う漆黒の大地を歩くこと数分、アッシュが「あそこだ」と指差す方角にキクガは視線を投げた。


 毒々しい真っ赤な空を貫かん勢いでそびえ立つ尖塔せんとうをいくつもようし、全体的におどろおどろしい雰囲気の漂う西洋風の王城が待ち構えていた。死後の世界に相応ふさわしい外観と言えよう。あるいは西洋風のお化け屋敷と表現してもいいかもしれない。

 地獄を統括とうかつする最高責任者が『冥王めいおう』と呼ばれていたので、なるほど確かに地獄の王が座するのに適した見た目だ。さぞ立派な王がいるに違いない。


 恐ろしい見た目の王城を前に立ち尽くすキクガをよそに、アッシュは「じゃあな」と告げてそそくさと立ち去ろうとした。



「待ちなさい。どこへ行くつもりかね」


「いや、ここまで案内したんだから行ってこいよ」


「部外者を放置するつもりか」



 キクガは逃げようとするアッシュの肩を掴み、



「最後まで案内しなさい」


「イダダダダダダダダダ肩を掴むな折れる折れる!!」


「お望みなら折るかね?」


「お望みじゃねえよ!?」



 アッシュはキクガの手を振り払うと、



「あそこにゃ気に食わねえ奴が働いてるんだよ。なるべく顔を合わせたくない」


「何だ、君の好みの問題かね」



 キクガは納得したように頷き、流れるようにアッシュの着ている囚人服の襟首を引っ掴んだ。そんな理由が罷り通るのであれば社会は崩壊しているのである。



「君の事情など知らん。とっとと案内しなさい」


「悪魔かテメェは!?」


「よく知っている訳だが。『赤眼せきがんの悪魔』と呼ばれていた訳だが、ちょっと厨二臭いので止めていただきたい」


「何言ってるかサッパリ分からん!!」



 ぎゃーすかと暴れに暴れて抵抗するアッシュをものともせず、キクガは魔王城みたいな外観をした冥王の城へと迷わず進んでいく。


 城への距離が近づけば近づくほど、真っ白な衣服を身につけた男女が多くなってきた。真っ白いタキシードを着た男性や真っ白なドレスを身につけた女性、子供も大人も似たような西洋らしい正装を着用して緊張した足取りで冥王の城を目指す。

 彼らは、これから冥王による裁判を待つ哀れな死者なのだろう。大人が死ぬ分にはどうでもいいが、幼い子供が死者の行列に混ざっていると何だか可哀想に思えてしまう。若い身空みそらで冥界に辿り着いてしまうとは、子供を持つ父親として悲しくなる。


 そんな死者の行列に混ざって進んでいくと、冥王の城の眼前で呼び止められた。



「おい、そこの」


「誰だ。どうして獄卒課の課長を引きずっている」


「む」



 冥王の城前で門番よろしく立ち塞がってきたのは、神父服を身につけた眼鏡の男2人組である。どちらも似たような見た目をしているのでまぎらわしいが、身長の高さが若干異なることをキクガは見抜いた。見抜いたところで何の交渉材料にもならないが。

 アッシュと比べて、神父服の眼鏡野郎どもは明らかに鍛えられていない。華奢きゃしゃ体躯たいくを包んでいるのは、装飾品を限りなく削ぎ落とした神父服だ。薄い胸元で錆びた十字架が揺れているのが唯一の装飾品だろう。聖職者として扱うには偽物っぽさが目立つ。


 2人を締め上げて冥王に謁見えっけんを申し込むことは可能だろうが、キクガはあえて「失礼」と丁寧な態度を心がけることにした。



「訳あって異世界よりこの地にやってきた。最高責任者である冥王に謁見えっけんを願いたい。こちらの狼は」



 キクガは逃げ出したそうなアッシュを一瞥すると、



「人質な訳だが」


「オレが人質ィ!?」


「そうだ、冥王に謁見えっけんできなければこの狼は首輪を繋げて私が飼うことにする。尊厳も破壊した哀れな姿を拝みたくないだろう」


「おいふざけんな、誰がテメェなんかに飼われるか!!」


「黙れ駄犬だけん


「くぅん……」



 キクガの舌鋒ぜっぽうに勝てず、アッシュはへにょりと耳と尻尾を垂れ下げた。狼男ではなく、限りなく犬に近い何かではなかろうか。



「さて、どうする? 謁見許可が得られなければ、このワンちゃんは私の飼い犬な訳だが。獄卒課の課長をどこぞの誰とも知れない男に手籠てごめにされる気分はどうかね?」


「オレの意見は?」


「君の意見は聞いていない。人質としての役割を果たせ」


「くぅん……」



 さらに言い負かされ、アッシュは悲しそうな顔をしていた。人質のくせにベラベラと喋るのでちょっと迷惑げな視線をキクガは突き刺しておく。



「くッ、卑怯な……!!」


「獄卒課の課長を飼うなど、何てことだ……!!」


「私が言うのもあれだが、少々本気で心配するほど信じやすいのは何故なのかね」


「オレに言うんじゃねえよ」



 神父服の眼鏡野郎どもは苦々しげに顔を歪めると、片方が懐から小さな頭蓋骨ずがいこつを取り出した。手のひらに乗るほど小さな骸骨は人間のものではなさそうな見た目をしている。装飾品にしては悪趣味だ。

 何をするのかと思えば、その小さな骸骨がいこつの額を指先で突いた。突かれたことが合図となり、骸骨がいこつの綺麗に並んだ歯列しれつがカタカタと音を立てて『何だ』という厳しい声を紡ぐ。通信機器の類のようだ。余計に悪趣味さが目立つ。


 眼鏡2人組の片方は小さな骸骨がいこつに向かって、



「冥王第一補佐官様、冥王様に謁見えっけんさせろと仰る悪漢が」



 眼鏡野郎が報告している途中で、キクガは動いた。


 骸骨に向かって話しかける眼鏡野郎を足払いですっ転ばせ、手から滑り落ちた骸骨が地面に叩きつけられるより早く拾い上げる。それをアッシュに「持っていなさい」と握らせてから、すっ転ばせた相手の背後を取った。

 目を白黒させる眼鏡の背中に組み付くと、両足を自分の足を使って固定。そして細い首に腕を巻き付かせて容赦なく締め上げる。本日二度目のチョーク・スリーパーだった。


 貧弱な眼鏡を締め上げている間に、キクガはアッシュに持たせた骸骨に向かって言う。



「こちらには人質が3人いる訳だが。部下を見捨てるような薄情はくじょうな上司として名をせたいかね?」


人質ひとじちが増えてるんだけど」


「黙れ、駄犬」


「くぅん……」



 名前も知らない貧弱な眼鏡を締め上げながらの脅しが功を奏したのか、骸骨から『連れてこい』と聞こえてきたのは数秒経ってのことだった。

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