【第2話】
屈強な囚人服の男に案内された先は、罵声の嵐が待っていた。
「くたばれええええ!!」
「痛えか!? 痛えだろうなあ!!」
「その頭が飛び散る瞬間を見せてくれよお!!」
飛び交う罵声の数々に、キクガは怖気のようなものを感じていた。自然と顔が強張る。
「どうした?」
「いや……」
先導する囚人服の男が心配するような表情で振り返り、キクガは苦い表情で告げる。
「知性の欠片もない罵倒だと思って」
「仕方ねえだろ、獄卒課には脳筋しかいねえんだよ。そんな頭のいい奴はみんな本部勤務だ」
「なるほど……」
キクガは納得したように頷く。
道すがら、この屈強な囚人服の男にこの世界の詳細を教えてもらっていた。どうやらこの世界は『地獄』と呼ばれる場所であり、キクガが現在立っている場所は第1刑場と呼ばれる処刑場だった。処刑といっても刑罰を与える場所であるので、死ぬまで殺し続けるのが仕事らしいが。
そして囚人服を着た男は、この地獄で働く獄卒だった。罪人に暴力を振って生前の罪を償わせる為に日夜働いているらしい。殴って蹴ってを繰り返す仕事なので、これほど筋肉がついているのかとキクガは密かに感心した。
地獄勤務の獄卒は、第1刑場で何かを見つけると「課長!!」と声をかけた。
「お疲れ様です」
「ン、おお。アナベルじゃねえか、どうした?」
「担当していた罪人が逃げ出しちまいまして、捕まえに行ってたんです」
「ご苦労なこった。捕まえられたんなら逃がすんじゃねえぞ」
「はい、すんません。――で、あの」
キクガをここまで案内してくれた獄卒は、
「何か変な奴がいまして」
「罪人か?」
「いやちょっと違うんですけど」
獄卒が「テメェも挨拶しろ」と、誰かの前にキクガを突き出した。
その誰かとは、見上げるほどの巨躯を持った灰色の狼である。筋骨隆々とした人間らしい体躯は全身が余す所なく灰色の毛皮に覆われており、しかし首から上の部分だけが狼のものとなっていた。キクガを高い位置から見下ろす銀灰色の双眸が、さながら刃の如き鋭さを宿している。
左右に引き裂けるように開いた口からは、ぞろりと鋭い犬歯が生え揃っていた。尖った鼻をふすふすと鳴らし、ピンと立った耳をピコピコと動かしてキクガから情報を読み取ろうとしている。二足歩行をする狼というより、狼人間だと表現した方がいいだろうか。
他の獄卒と同じように白黒縞模様が特徴的な囚人服を身につけた狼男は、キクガを見下ろして首を傾げる。
「誰だ、テメェ。どこからやってきた」
「始まりの神セイレムより『とある世界を救ってほしい』と依頼され、異世界より馳せ参じた異世界人な訳だが」
「異世界人?」
狼男は「ははははは!!」と何が面白いのか、高らかに笑う。
「何の冗談だよ。異世界人なんて馬鹿じゃねえのか? 夢でも見てんだろ」
「ですが、課長。さっき面妖な技で俺の担当してた罪人をのしちまったんですよ」
部下らしい獄卒の報告を受け、狼男の眉根がぴくりと持ち上がる。そしてキクガの全身を品定めするように観察してきた。
事実を報告されても受け入れ難いのは理解できる。何せキクガは自分が思うよりも細身だ。身長だけが嫌に高くなっただけで、力では押し負けそうな気配がある。
だが、残念ながらキクガは暴力と暴言だらけの世界に身を置いていた。細身であっても力の使い方は学んでいる。むしろ他人を害する方が得意である。
どこも恥じることなどないとばかりに堂々と狼男を見据え返すと、相手はニヤリと笑った。
「いい目じゃねえか」
狼男はグッと拳を握ると、
「獄卒課課長のアッシュ・ヴォルスラムだ。異世界人とやら、テメェの名前は?」
「アズマ・キクガと言う。キクガが名前な訳だが」
「キクガな。ふぅん」
余裕そうな狼男ことアッシュは、続けてこう言った。
「テメェのようなヒョロガリが罪人を仕留めるなんて考えられねえが、もしオレに一太刀でも入れることが出来れば冥王様に口利きしてやるよ」
「分かった」
頷くと同時に、キクガは懐に隠し持っていた拳銃を抜き放った。相手が拳を突き出してくるより先に、キクガはアッシュの膝めがけて引き金を引く。
がうん、というけたたましい銃声と共に放たれた銃弾は、的確にアッシュの左膝を撃ち抜いた。アッシュの口から悲鳴が漏れ、堪らず黒くて硬い地面の上をのたうつ。
ゴロゴロと転がる灰色の狼の顔面を足で踏み潰し、キクガは不思議そうな声で言う。
「おや、どうしたのかね。先程まで随分と偉そうに啖呵を切っていた訳だが、その程度か?」
「て、テメェ、狡いぞ……!!」
「狡いとは人聞きが悪い。こういうのは先手必勝な訳だが。悔しかったら銃弾よりも早く動いてみなさい、異世界人。非力な私よりも力があるのだろう」
「く、くそぅ……!!」
悔しげに顔を歪めるアッシュに、キクガは「さて」と足を退けて要求した。
「冥王とやらがこの世界の最高権力者かね。案内してほしい訳だが」
「小狡いことしか出来ねえ奴に会わせられるか」
「ほう」
起き上がったアッシュの鼻先をぐわしと鷲掴みにし、キクガは人差し指と中指の2本を掲げた。その指先をアッシュの銀灰色の右目に添えると、
「右目はいらないかね?」
「すんませんでしたイダダダダダダダダダ力強いなオイ!?」
渾身の握力でアッシュの鼻先を握りしめて脅し、キクガは見事に冥王との謁見を取り付けることに成功した。
ちなみにこの間、部下らしい獄卒の男はキクガの所業を目の当たりにして震えていた。この程度で怖気付いていたら闇のある世界では生きていけないのである。




