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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第8章:葬送

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【第1話】

 記録課へ転属となった翌日の、朝食の時のことである。



「キクガよ、お前にまた中央魔法裁判所から手紙だ」


「む」



 カリカリに焼いたトーストをかじるキクガの目の前に、オルトレイが封筒を差し出してきた。

 宛先はキクガの名前となっており、封蝋ふうろうは中央魔法裁判所の証である天秤てんびんの紋章が刻まれている。中央魔法裁判所を通じてユフィーリアが手紙を寄越してきたのだろうか。そういえば、オートマチックライターの指導の話が有耶無耶うやむやになっていた気がする。


 封筒を受け取ったキクガは「ありがとう」と感謝の言葉を述べ、



「食事の最中だが、中身を確認してもいいかね?」


「食事の作法に関してとやかく言わん。早く読め」


「感謝する」



 濃いめに入れた紅茶をすするオルトレイから投げかけられる好奇の眼差しから何とか目を逸らしつつ、キクガは封筒を開けた。


 丁寧に折り畳まれていた手紙を広げると、差出人はユフィーリアではなかった。少し安堵あんどを覚える。彼女の父親が目の前にいる状況で、娘御むすめごから送られてきた手紙を読むのはどう誤魔化していいのやら。

 簡素に並んだ文章に目を通すと、差出人は中央魔法裁判所の最高裁判官であるルージュ・ロックハート女史だった。何やらキクガに対するお願いの文言が、それはそれは丁寧な言葉で飾り付けられて並んでいる。一介の獄卒にどんなお願いだろうか。



「内容は?」


「ルージュ・ロックハート女史がお願いしたいことがあると」


「ほう、なるほど」



 オルトレイは面白そうに目を細めると、



「それはいつ呼び出しを受けている?」


「む、そういえば期日を確認していなかった」



 お願いの内容が明記されていないので、説明は口頭こうとうによるものだろう。だが彼女は現世を生きる魔女であり、キクガは死後の世界であくせく働く獄卒である。そこには生死という絶対に越えられない壁がへだたっている。

 その壁を乗り越えることが出来るのは、現状はキクガだけだ。生死の境目さえ移動する冥府転移門めいふてんいもんを使用すれば、中央魔法裁判所にも行くことが可能だ。相手が冥界を訪れることは不可能だが、逆は出来る訳である。


 そんなもので、面倒な呼び出しの期日を確認してから、キクガは固まった。



「何と」


「いつになっている?」


「今日だ」


「阿呆か?」



 目をくオルトレイに、キクガは証拠と言わんばかりに手紙を見せた。

 キクガから手紙を受け取ったオルトレイは、内容にしっかりと目を通す。手紙の上から下まで彼の青色の瞳が観察し、紙面を飾る文章を読み込み、内容を頭の中で整理してから「馬鹿じゃないのか」という短い感想を吐き出した。キクガも同じ感想を抱いたところである。


 頭を抱えたオルトレイは、



呵責開発課かしゃくかいはつか所属ならばまだしも、今のお前は記録課所属だ。休暇届を出したところで、あのクソッタレが許可を簡単に出す訳がない」


「私も想像できる」



 キクガも真剣な表情で頷いた。


 オルトレイひきいる呵責開発課や、アッシュが中心となる獄卒課所属だったら休暇も取りやすいだろう。2人はそれぐらい上司としては優秀だ。部下をちゃんと見ていると言ってもいい。

 だが、記録課課長のレイモンドと冥王裁判課課長のキサラギは何を言ってくるか分かったものではない。根掘ねほ葉掘はほり情報を引き出そうとしてくるだろう。その上で「却下だ」なんて一蹴するかもしれない。労働基準法など彼らには通用しないのだ。


 それに、レイモンドに関しては懸念点がある。



(あれのことだ、冥府転移門めいふてんいもんなどの話題をチラつかせたらどんな反応をするか……)



 脳裏をよぎったのは、現世を生きる魔女たちの冥王台帳めいおうだいちょうのこと。レイモンドの机に積まれていた、高い地位と優れた能力を持った魔女たちの冥王台帳の存在。

 その中には顔見知りであり、オルトレイの娘であるユフィーリアのものも含まれていた。冥王台帳を確保していたということは、現世へ行く手段を得たらきっと何かしらのことをしでかすつもりだろう。冥府転移門の存在はうってつけである。


 絶対にこれは言わないでおいた方がいい。レイモンドを冥界から出すべきではない。――が。



(いや、いっそ……?)



 そんなことを考えたキクガだが、オルトレイに「おい、キクガよ」と呼ばれて我に返る。



「今日のところは仕方がない。最高裁判官のお呼び出しを無碍むげにすれば、お前にとっても不利になろう。現世に行き、話を聞いてきた方がいい」


「しかし、それでは仕事が」


「どうせ記録課の連中が夜遅くまで残業をしながら片付けるだろう。あの太っちょ野郎の金魚のふんなぞ放っておけ、お前の障害でしかならん」



 ふん、とオルトレイは鼻を鳴らす。「サボるなら保証は俺がしてやろう」との言葉もいただいた。相変わらずの面倒見のよさである。


 まあ、記録課の本質を目の当たりにして出勤しにくいという気持ちはあった。同僚たちからの冷たい眼差しと陰口はキクガの精神をえぐるほど強烈である。オルトレイに励まされていなかったら、今頃どうなっていたか。

 そんな状況で働きたくもないので、ならば今日はルージュ・ロックハート女史の呼び出しに応じた方が有意義である。欠勤分の給金は目の前にいる世界で2番目に優しい魔法使いが責任を取ってくれるらしいので、遠慮なく甘えることにしよう。


 考えがまとまったキクガは、



「では、私は現世に行く訳だが」


「そうしろ。何があったのか、話だけは聞かせてくれ」


「承知した」



 本日の予定をさらりと変更したキクガは、食べかけのトーストを口の中に押し込んで消費していくのだった。

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