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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第7章:記録課

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【第7話】

 同僚どうりょう陰口かげぐちというのは、意外と精神的に来るものである。



「…………」


「どうした、キクガよ。飯出来たぞ」



 オルトレイの屋敷、そのダイニングにてキクガはテーブルに突っ伏していた。


 ちょっと傷心中しょうしんちゅうであった。同僚からの陰口や呪詛じゅそが今になってキクガの精神をむしばんできたのである。こんな感覚は初めてだ。

 いつもだったら陰口を言われても耐えられた。いや、どうだろうか。陰口を言われるような場面に遭遇そうぐうしたことがないので分からない。今までは何と幸運だったのだろうか。


 突っ伏したまま動かないキクガを心配し、じゅうじゅうと音を立てるハンバーグを乗せた鉄板を運んできたオルトレイが肩を揺する。



「何かあったのか? お前からどんよりと落ち込みオーラが出ているが」


「……そういえば、君は感情をオーラ的なもので判別できるのだったか」



 キクガはむくりと身体を起こすと、



「記録課の同僚たちに『余計なことを』と陰口を叩かれた訳だが……」


「何だ、そんなことか。雑魚ざこの言うことなど無視すればいいものを」



 オルトレイはフンと鼻を鳴らし、キクガの目の前にじゅうじゅうと音を立てる鉄板を置いた。



「連中はレイモンドの金魚のふんだぞ。ご機嫌取りをしておけばそれで無事に過ごせると思っているような阿呆どもだ。だから仕事も容赦なく増えるし、定時に終えることなく連日残業が続くのだ。愚かなものだな」


「まあ、確かに仕事は遅かった訳だが……」



 記録課の仕事は、キクガにとっては量は多いが難しい作業内容ではないという印象である。頭を狂わせるほどのものではない。ああいった状態は何日も寝ずに仕事にのぞんだ者だけがいたれる境地きょうちだ。

 すでにキクガは今日の仕事を終わらせた。どれほどの量の冥王台帳めいおうだいちょうを作ったのか分からないが、とりあえずまっていた仕事の大半は終わらせただろう。あの程度の仕事が定時で終わらなかったのならば、どれほどの仕事の遅さだっただろうか。たかが読み上げられる文章を打ち込むだけなのに。


 まあ、仕事の遅いか早いかなど批判ひはんの対象にはならない。他人には他人のペースがある。



「一応、新しい求人は大量に探しておこう。冥府書記官めいふしょきかんの資格を持つ冥界の住人はごまんといる。奴らに声をかければいいだろう」


「求人なんて出してもいいのかね」


「俺の呵責開発課は万年人手不足だからいつでも獄卒を募集しているがな、なかなかいい人材がやってこない。同じく獄卒課も大勢の人手がほしいところだが、やはり集まってこなくてな。ただ記録課は人気職だから求人などあっという間に集まる」


「そうなのか……」



 そこで、キクガは首を傾げる。



「何故、求人の話に?」


「ん? お前、レイモンドの奴を追い出すつもりだろう。上昇志向のある人間はいいぞ、成長するからな」



 オルトレイはニヤリと笑い、



「レイモンドを追い出せば、記録課所属の獄卒は反旗はんきひるがえして冥府総督府に来なくなるだろう。自分たちの安寧あんねいが脅かされると思っているのだろう、記録課をお前1人だけにして高みの見物に洒落込しゃれこむだろうよ。だからその前に新たな人手を雇っておくのが肝要かんようだ。代わりがいると分かった時の連中のゆがんだ顔が拝めるとなったら愉快だな」


「君は性格が悪いな」


「お前ほどではないだろう」


「私ほどの聖人君子はいないが?」


「聖人君子は暴力で解決を図ろうなどとは考えないが」



 軽口かるくち応酬おうしゅうをしたことで、キクガも心に余裕を持つことが出来た。


 恨まれるだろうが、それは腐食ふしょくする冥府総督府めいふそうとくふを変えようとしない怠惰たいだな連中の逆恨みである。誤審ごしんを下す愚かな冥王、傲慢な冥王第一補佐官、そして権力者にしがみついて何やら夢を見る記録課課長と腐敗が目立つ。それを変えようともしないのは怠惰なことだ。

 とはいえ、キクガには守るべきものがないから遠慮なく進めるだけである。もしこの場に家族がいれば、家族を路頭ろとうに迷わせない為にも行動を躊躇ためらったかもしれない。まあ、他の連中がどうなろうが知ったことではないが。



「ありがとう、オルト。気が楽になった」


「ふははははは、世界で2番目に優しい魔法使いに感謝しろよ」


「そうだな」



 高らかに笑うオルトレイは、



「さて、そろそろ飯が冷めてしまう。せっかく出来立てを持ってきたと言うのに」


「すまない。私の悩みのせいで」


「構わん。お前といた方が楽しいからな」



 オルトレイの優しい言葉にいくらか自信を取り戻したキクガは、改めて目の前に置かれた鉄板に視線を落とす。


 今もなおじゅうじゅうと音を立てる鉄板の上には、大きめの肉の塊がどかんと置かれていた。表面は程よく焼き目がつけられており、側には目玉焼きまで添えられている。どこからどう見てもハンバーグである。

 本来の呼び名は『ミートステーキ』らしいのだが、キクガが「ハンバーグだ」と発言したことでこのような呼び名で定着した。そんな簡単に変えてもいいものかと戸惑ったものである。


 ナイフとフォークを使用してハンバーグを切り分け、こんがりと焼き目のついた肉を口に運ぶ。



「美味しい」


「それはよかった」


「焼き加減も抜群だし、肉肉しさが残っている訳だが。これぞまさに理想のハンバーグだ」


「褒められるのは気分がいいな。もっと言ってくれてもいいぞ」



 ふふんとご機嫌な様子のオルトレイを横目に、キクガはハンバーグを食べ進めるのだった。

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