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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第7章:記録課

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【第5話】

「あの課長のことだ、どうせ第1分室ぶんしつとかにいるのだろう」



 苛立ちたっぷりに足音を立てながら、キクガはとりあえず第1分室の仕事部屋を目指す。

 視界の隅を『第17分室』『第16分室』と他の分室の仕事部屋が流れていく。垣間見えた部屋の様子は、誰もが仕事が終わったことに対する困惑こんわくの感情を抱いているようだった。音の出なくなった受信機をつぶさに観察し、それから交換機をぺちぺち叩いたり裏側を確認したりと忙しない。大半は機材の故障を疑っている様子だった。


 そんな獄卒たちに構わず、キクガはついに『第1分室』と書かれた札の下がる仕事部屋を発見した。



「失礼、カタラーナ課長は在籍――」



 キクガは言葉を失った。


 第1分室の仕事部屋に足を踏み入れると、そこは無人だった。誰もいなかった。受信機や交換機が置かれた座席には誰も座っておらず、オートマチックライターも放置され、ついでに言えば明かりも落とされて仕事部屋として機能していない。

 閉店とか、閉業という単語が脳裏をよぎる。第1分室に属する獄卒が、みんな雲隠くもがくれしてしまっていた。こんなことがあるだろうか。他の分室はまだ獄卒たちが待機していたと言うのに。


 相手が雲隠れしてしまった以上は引き受けなければならないか、とキクガが苦々しげな表情で舌打ちをすると、



「む」



 第1分室の机のあちこちに、冥王台帳めいおうだいちょうが積み上げられているのを発見した。誰かが閲覧えつらんしたまま戻していないのだろう。使ったものを元の場所に戻すことが出来ないとは、獄卒というより大人としてどうなのだろうか。

 まあ片付ける暇がなかったと推理すれば納得できてしまう話だが、課長のお膝元に来たからには何かしら弱みを握らなければ気が済まない。あれらの冥王台帳に何かないかとキクガは考えた。


 大量の紙束かみたばを胸に抱えたまま、キクガは机に積まれた冥王台帳を確認する。



「アイリス・ジェミナ、リドリー・グウェン、アンナ・トイズ……」



 積まれているのは女性の名前ばかりである。中身を確認すると、どうやら娼婦しょうふであることが判断できた。娼婦としての仕事っぷりが詳細にページ上を踊る。

 他にも貴族らしい娘や孤児院にいる子供、生まれたばかりの赤子、今にも冥界にやってきそうな老婆まで多岐たきに渡る。中には男性の冥王台帳が積まれていたが、おそらく女性の獄卒がこの座席を使用していたのだろうと判断できた。


 キクガは顔をしかめ、



「何故、冥王台帳めいおうだいちょうがこんなにも……」



 ふと、キクガは背後を振り返る。


 その机は、他の机よりも立派だった。第18分室の室長であるミハイルの机よりも明らかに立派なそれは、おそらく課長のレイモンドが使用している机だろう。

 その机にも、他と同じく冥王台帳が積まれていた。名前を確認すると、例外に漏れず女性の名前ばかりである。さらに共通しているのは、現世で一定以上の地位を持っており、かつ優秀な魔女ばかりという点だった。



「ルージュ・ロックハート――確か中央魔法裁判所で1番偉い裁判官と言っていた訳だが」



 オルトレイからの話をふと思い出す。


 そのルージュ・ロックハートは中央魔法裁判所で最も偉い地位にいる魔女と教えられた。顔も見た覚えはある。燃えるような真っ赤な髪と真紅のドレス、意思の強そうな顔立ちをした貴婦人だ。

 他にもリリアンティア・ブリッツオールと銘打たれた冥王台帳めいおうだいちょうも発見した。確か、世界最大派閥を有する宗教団体『エリオット教』の教祖を務める聖女だったか。中身を確認すると僅か11歳とあった。11歳の子供に何をしようと思っていたのか。


 そして、



「ユフィーリア、エイクトベル……」



 目に留まった。


 脳裏をよぎる、あの銀髪碧眼の美しい魔女の姿。呵責開発課課長の魔法使いによく似て面倒見がよく、竹を割ったような性格が魅力的な彼女。

 そんな魔女の行動記録を記した冥王台帳が、何故か課長のレイモンドの机の上に積まれていた。彼は、あの美しい魔女の姿など知らないはずである。会ったことも、話したこともないだろう。なのに、何故ここに。


 唐突に、嫌な予感が浮上した。同時に吐き気を催す。



「まさか、まさかとは思うが……」



 忌々(いまいま)しげに舌打ちをしそうになる。実際に出ていたかもしれない。

 想像してはいけないことだろうが、あの下卑た笑みを浮かべた太っちょの課長ならば想像に難くない。むしろやりそうだという印象しかない。


 つまり、彼女たちの冥王台帳は――彼女たちが生きた証は、汚らしい獄卒たちの欲望のけ口に使われていた可能性がある。



「こんなにも汚れていたとは考えられない訳だが。同性として反吐へどが出る」



 想像力がたくましいのは驚くべきところだが、知り合いの娘で懸想けそうをされるのは怒りを覚える。この事実を知れば、あの娘思いな父親は怒り狂ってその手を血で汚すことだろう。――まあ正直に言った方がいい気もするが。

 これ以上の下衆げすな真似はさせないべく、キクガは机に積まれていた冥王台帳を抱える。それから第1分室で獄卒たちの使用する机に積まれていた冥王台帳は全て回収した。厚さがあるので抱えきれず、仕方なしに冥府天縛めいふてんばくで縛ってから冥府転移門めいふてんいもんに放り込んだ。きっと第18分室では急に冥王台帳が降ってきたから驚いていることだろう。


 さて戻るかときびすを返したその時、



「何をしている?」


「…………」



 ちょうど第1分室に戻ってきただろう、レイモンドと目が合った。怪しむような視線を寄越してきている。

 キクガの腕に抱えた冥王台帳を見て、彼はどう思っただろうか。表情が引きる様は見えない。名前が彼の位置からでは見えないのだ。


 キクガは至って無表情のまま、



「……裁判記録を作成するのに冥王台帳めいおうだいちょうを探しにきただけな訳だが」


「ふん、そうか。せいぜいはげめ」



 鼻を鳴らすレイモンドの横を通り抜け、キクガは何事もなかったかのように元来た道を戻る。


 沸騰ふっとうしかけた思考回路が、徐々に冷静さを取り戻す。あそこで冥府天縛めいふてんばくで縛り上げてボンレスハムにしなかったのは自分でも褒めてやりたいぐらいだ。

 暴行に及ぶのは今ではない。そしてまた、キクガ自身でもない。舐めた真似をする連中には痛い目を見てもらうのが最適だ。



「さて、まずは……」



 これからの行動を頭の中で思い描きながら、キクガは第18分室を目指すのだった。

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