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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第7章:記録課

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【第3話】

「記録課には18の分室ぶんしつがある。自分はそのうち第18分室の室長として250人の獄卒を管理している。他の分室にも大勢の獄卒が所属しており、手分けして現世の人々の行動記録を作成しているのだ」



 そう淡々(たんたん)と説明をする第18分室の室長、ミハイルはオートマチックライターのキーをぽちぽちと叩く。今までの説明は個人の行動記録を作成しながら行われていた。

 キクガは彼の側でひかえ、ミハイルの説明に耳をかたむけていた。18の分室が存在するから、課長のレイモンドが統括とうかつする分室はろくな仕事量をこなしていないのだろう。ミハイルは不健康にせているのに対して、レイモンドは不健康に太っているのが証左しょうさだ。


 この忙しい状況で仕事を増やすような真似は心苦しいが、キクガはあえて質問をした。



「業務内容は個人の行動記録をオートマチックライターでつづることだが、作成した行動記録はどのように冥王台帳めいおうだいちょうへ綴られるのね」


「その辺に放り捨てておけばいい」



 ミハイルはそう言って、完成したばかりの追加ページをポイと床に放り捨てた。

 ひらひらと重力に従って舞い落ちる冥王台帳めいおうだいちょうの追加ページ。それは床を滑るのとほぼ同時にフッと存在が掻き消えた。魔法で転送されたかの如く綺麗きれいな消え方だった。


 驚きのあまり固まるキクガに、ミハイルが言葉を続ける。



「紙と冥王台帳めいおうだいちょうが連動しているのだ。用紙に入力した人名を自動的に参照し、当該人物の冥王台帳につづられる万能ばんのうの魔法がかかっている。非常に便利だぞ」


「なるほど、確かに便利な訳だが」



 キクガは同意するように頷いた。


 あの整理整頓せいりせいとんされていない膨大な冥王台帳から該当の人物を探して手作業で綴るのかと思いきや、ちゃんと業務の効率化はされていたようだ。少しだけ安堵あんどを覚える。まずは冥王台帳めいおうだいちょう在処ありかを記憶しなければならないところから業務が始まるのだと思ってしまった。

 それなら業務内容は単純である。ひたすらに現世を生きる人々の行動記録を入力していけばいい。問題はその人数が想像を絶するほど膨大だと言うことだが。



「ちなみに重要なのは受信機じゅしんきの方だ。受信機で行動記録を傍受ぼうじゅして入力する」


「あの穴だらけの機材は」


「行動記録を再生する際の速さ調整と、次の行動記録を作成する時に切り替える為に使用する『交換機こうかんき』と呼ばれる機材だ。受信機に切り替えの機能はついていないから、あの機材で切り替える必要がある。個人の行動記録は完全にランダム抽出ちゅうしゅつだ」



 つまり、全ての人間の行動記録を冥王台帳めいおうだいちょうつづることが出来れば、何の音も聞こえなくなるという計算になる。完全にランダム抽出ならば誰が誰を担当するなどということがなくなる。実にいいことだ。


 説明を終えたミハイルは、オートマチックライターで冥王台帳のページ作成作業に戻ってしまった。それ以上の説明はなかったのであとは好きにしていいとキクガは判断する。

 第18分室の仕事部屋をぐるりと見渡すと、課長のレイモンドが根城ねじろにしている部屋と全く同じような構造をしていた。長机ながづくえの上にはずらりと数え切れないほどの穴が開いた機材が並べられており、受信機と呼ばれていたヘッドフォンが無造作むぞうさに投げ出されている。機材のすぐ横に年季の入ったオートマチックライターも完備されていた。


 他の獄卒は、すでに適当な場所で行動記録を綴る作業に従事じゅうじしている。誰も喋る気配がない。カタカタチーンというオートマチックライターの規則正しい打鍵音だけんおんが響くだけである。



「適当な場所に座ろう」



 キクガはそうつぶやき、とりあえず近場にあった座席を陣取る。


 あしが低めの椅子に腰掛けると、目の前に鎮座ちんざする機材がまるで壁のように視界を圧迫あっぱくしてきた。無数に存在する穴は一昔前の電話交換機の如き見た目ではあるが、悪い意味で捉えるならばはちの巣だろうか。穴の奥からうごうごと芋虫いもむしが這い出てくるところを想像して、思わずぶるりと背筋を震わせた。

 機材の横にはツマミが取り付けられている。確認すると速さを調整する為のものらしく、ツマミはちょうど真ん中を示していた。普通程度の速さで情報を流してくれる様子と見た。


 少し考えてから、キクガはツマミをいじる。カチカチと捻り、速さを調節した。



「よし」



 頷いてから、キクガは投げ出されていたヘッドフォンを頭に装着した。耳当ての部分が自分自身の耳元を完全に覆い、余計な雑音ざつおんが遮断される。

 ヘッドフォンから伸びる配線を、目の前に聳える機材の穴に突き刺す。ぶすりとすんなり配線は機材に挿入された。


 その直後、無機質で平坦な印象を受ける女性の声が流れる。



『これよりマリー・トワルの6月10日の行動記録を再生いたします。交換機に配線が接続されていることを確認してください。内容を繰り返す場合は配線はいせんの位置を維持したままお待ちください』



 キクガは年季の入ったオートマチックライターを手繰たぐせ、キーに指を置く。台座に紙を設置すると、受信機から再び音声が流れ始めた。



『6時起床朝食を開始朝食内容はトーストジャムサラダ6時20分朝食終了後片付けをしつつ歯磨き6時30分身支度化粧水がなくなりそうだと嘆く』



 怒涛どとうの勢いで流れてくる個人の行動記録。朝食の情景じょうけいから身支度みじたくの様子、そして彼女が口に出した言葉まで詳細な情報が耳から脳へ直接伝わってくる。

 あまりにも目まぐるしく流される行動記録に、おそらく誰もが戸惑うはずだ。この情報を果たして入力できるかと不安を覚え、そして躓くことだろう。まともに記録できない速さだった。


 しかし、





 ――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタチーン、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタチーン。


 ――カタカタチーン、カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタチーン、カタカタカタカタカタチーン。





 キクガは動じなかった。

 物凄い速度で流れていく行動記録に怯むことなく、オートマチックライターで記録していく。流れるようなタイピングは健全だった。


 それからキクガは時間も忘れて記録の仕事に没頭ぼっとうするのだった。

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