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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第7章:記録課

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【第2話】

「よし」



 社員寮の部屋にて、キクガは真新しい制服を身につけていた。


 喪服もふくを想起させる制服である。真っ黒なスーツにネクタイ、シャツはきちんとアイロンがけがされたものを支給され、革靴かわぐつはピカピカに磨き抜かれている。これからは新しい職場かと気合も入る。

 この制服は、辞令を受けてから総務課を経由して送られてきた代物である。こうもあっさりと辞令が下りるとは思わなかったが、このタイミングで記録課に転属できたのは僥倖ぎょうこうだ。しっかり経験を積んでいこうと決める。


 姿見すがたみに映る自分の姿を確認して、キクガは頷く。やはりスーツは身が引き締まる思いだ。



「む、朝食の時間か」



 ちょうどそこに、部屋の扉を叩く音を聞いてキクガは我に返った。時計を確認すると朝食の時間を指し示そうとしているところだった。

 いつも朝食はオルトレイが迎えに来てくれるところから始まる。部署が変わっても迎えに来てくれたようで、扉の向こうから「キクガやーい、飯の時間だぞー」と声がかけられていた。ありがたい話である。


 最後にキクガは部屋に忘れ物がないことを確認してから、オルトレイの呼び声に応じるのだった。



 ☆



「キクガよ、いじめられたらすぐに言うんだぞ。工具片手に乗り込んでやる」


「心強い」


「あとちゃんと食事はるように。昼食はしっかり食べろ」


「分かっている」


「定時で仕事はきちんと終わらせるように。あのど腐れコンコンチキ野郎に仕事を振られた際は定時を主張することも忘れるなよ」


「善処する」


「それから」


「まだ言うのかね」



 冥府総督府めいふそうとくふに到着し、キクガが記録課の部署に向かおうとした矢先にオルトレイから呼び止められてこのやり取りである。デジャヴを感じざるを得ない。相変わらず子供扱いされているらしい。

 オルトレイは何度も何度も振り返り「無理をするなよ、絶対だぞ!!」と言い残して、呵責開発課かしゃくかいはつかの作業場がある方面へと消えていった。最後まで実に面倒見のいい魔法使いの同僚ではあるものの、子供扱いだけはいただけない。


 1人残されたキクガは「さて」と思考回路を切り替え、



「記録課の部屋はこちらだったか」



 以前、オルトレイや呵責開発課の先輩獄卒たちと一緒に行った時の道を思い出しながら、キクガは記録課の部屋へと向かう。

 廊下を何度か曲がるうちに、カタカタチーンというオートマチックライターの打鍵音だけんおんが聞こえてきた。やがて見覚えのある両側に部屋が備わった廊下と、妙に奥行きのある部屋の群れに行き着いた。





 ――カタカタ、チーン。


 ――カタカタカタカタカタ、チーン。


 ――カタカタ、チーン。





 静かな廊下には、無数のオートマチックライターから奏でられる合奏がっそうだけが落ちる。

 地獄の刑場けいじょうを駆け回って罪人に罰を与える現場の獄卒や、罪人に与える罰の内容を考える呵責開発課かしゃくかいはつかの獄卒とは明らかに違う職場の雰囲気だ。息が詰まるような静かさはもはや懐かしさを覚える。現場を経験する獄卒は、この場に来ただけで皮膚ひふを掻きむしるかもしれない。


 朝早くから働く記録課所属の獄卒たちの様子に感心するキクガだったが、



「ノーマンが白目をいて気絶しました!!」


「医務室に放り込んでこい」


「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃーッ!!」


「殴って正気に戻せ!!」


「全裸最高、全裸最高!!」


「こ、こいつ全裸になると物凄く早くなるのか……!?」



 色々おかしいような気がする。



「…………」



 キクガは足を止めた。


 あちこちの部屋からオートマチックライターの奏でる打鍵音だけんおんに紛れて、奇声きせいが聞こえ始めたのだ。しかも正気を取り戻す方法が拳である。物理的な方法に頼りすぎではないか。

 というより、獄卒たちが狂うほどの業務量とは何だろうか。それほどの激務ゆえなのか、それとも元々所属している獄卒たちが変人変態ばかりなのか。課長のあの余裕のある態度は何だったのかとキクガの脳内で様々な憶測おくそくや疑問が飛び交う。


 固まるキクガの前に、記録課の仕事部屋の1つから獄卒が出てきた。何やらビクビクと痙攣けいれんする男を背負っている。あんな状態になるまで何をしていたのか。



「頑張ってください、医務室に運びますので…………」



 痙攣けいれんする男をはげますような言葉を投げかけるその獄卒は、キクガの姿を見て固まった。


 まずい、と本能的に感じ取った。これはよくない、多分よくない傾向である。

 ただでさえ激務に追われる記録課に、まだ正気を保った状態の新人獄卒がやってきたのだ。「余計なことをしてくれたな」という意味合いでいじめられる訳ではなく、何と言うか、満面の笑みで「本当の地獄にようこそ」と沼に引き摺り込まれるような恐怖心と寒気を感じ取った。


 すぐに逃げようとするも、時すでに遅し。その獄卒は自分が今しがた出てきたばかりの部屋を振り返ると、



「室長、新人です!! まだ正気を保った新人です!!」


「何だと本当か!!」



 すぐさま部屋から大量の獄卒が転がり出てきた。様々な容姿をしているが、一貫して同じなのが目元のクマである。不健康な証拠だった。



「ようこそ新人地獄にようこそ自分はミハイル・マクガーフィンだ記録課第18分室の室長をしているさあこちらだ君の地獄が待っている!!」


「お腹が痛いので早退を」


「いざ!!!!」


「話を聞いてくれ。せめて部署の説明を」


「いざ!!!!!!!!」


「彼は叩けば直るだろうか」



 逃がしてくれる雰囲気ではなさそうなので、キクガは仕方なしに地獄へ足を踏み入れるのだった。

 記録課に転属を希望したのは早い判断だったかもしれない。

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