【第1話】
キクガが冥府書記官の資格を取得してから、2週間が経過した頃のこと。
「キクガよ、お前宛に2通の手紙が届いているぞ」
「苦情かね。出るものを出そう」
「出すな、その物騒な鎖をしまえ」
いつもの如くオルトレイの自宅で夕飯をご馳走になっていたところ、どうやらキクガ宛に2通の手紙が届いたらしい。あわや苦情かと勘違いして暴力で対処するところだった。
オルトレイの手に握られた2通の手紙は、それぞれ封筒の材質が異なっていた。片方は見た目から上質さが伝わるもの、もう片方は明らかに事務的な印象を与えるものと正反対である。色々と察してしまいそうだった。
オルトレイから手紙を受け取ったキクガは、まず上質そうな素材を使用したらしい封筒から開けることにする。きちんと封蝋まで使って閉じてあるのは流石の一言に尽きた。
「おや」
「誰からだ?」
「現世で仲良くなった魔女からな訳だが。この前の冥府書記官の資格試験を共に受けた」
「ああ、確かそんなことを言っていたな。お前が化け物っぷりを発揮してしまい、うっかり試験を落としてしまったとか言う」
「オルト、私でも化け物扱いはちょっと落ち込む訳だが」
オルトレイから化け物扱いを受けるのは心外だが、この世界にとってキクガのオートマチックライターの腕前は化け物じみているから仕方がないのだろう。もはや化け物扱いが妥当なように思えてならない。
手紙の相手はユフィーリアだ。内容は『オートマチックライターの練習の日取りはいつにするか?』というものである。そういえば「稽古をつける」と言ったっきり何も連絡をしなかったので、少しばかり申し訳ない気持ちになる。
本当は今すぐにでも稽古をつけてやりたいところだが、あいにくとキクガも獄卒の仕事がある。主に呵責開発課を隠れ蓑にして法律関係のお勉強中だ。将来的に新しい法律を制定するならば現行の法律も知っておくべきだとオルトレイから有難いお言葉をいただいたばかりである。
さていつ頃にしようかと頭を悩ませていると、
「現世で仲良くとはな。どのような魔女だ?」
「……君によく似た、とても綺麗な魔女な訳だが」
「ふむ?」
オルトレイは青色の瞳を瞬かせ、
「それは、俺の娘の誰かか?」
「誰か?」
「娘が6人もいるのでな。俺によく似て魔法の素質がありまくりで、お転婆な娘たちだ」
娘のことを語るオルトレイは、どこか自慢げである。やはり我が子は可愛いのだ。我が子が目の前で処刑されたことに恨みを持ち、世界を滅ぼそうと企む子煩悩なだけある。
「まあ、おそらくそうだろう」
「そうかそうか。魔女には寿命の概念がないから、元気で暮らしているのならばそれでいいそれで」
頷くキクガにオルトレイは満足げに語ってから、
「それで? 我が娘と仲良くなって、うっかり俺のことを漏らしたりしていないだろうな。お前が冥界の住人であると知られると厄介だぞ」
「私は龍帝国という国で宮廷書記官という職業に就いている認識となつている訳だが。『東から来た』と言っただけで相手が勝手に情報を付け足してくれた」
「想像力が豊かなことだ。よし、その設定は維持しよう。宮廷書記官は国の党首の言葉を書き留めて、それを国中に広める仕事がある。冥府書記官の資格を持っていても何ら不思議ではないな」
そんな仕事があるとは、キクガも初耳である。だが都合がいい設定なので、オルトレイの言葉通り、龍帝国出身の宮廷書記官という偽の職業は維持した方がよさそうだ。
「して、内容は?」
「オートマチックライターの稽古をつけてほしいそうだ。私の打ち込む速度があまりにも速かったからコツを聞かれたので、よければ敬語をつけると言ってしまった訳だが」
「まあ、俺でもあの速度で打てたらいいなとは思うがな」
オルトレイは「勉強熱心なものだ」と感心した口振りで呟く。その表情どこか嬉しそうではあった。
キクガはあとで返信をすることを決めて、2通目の手紙を開封する。こちらは事務的な印象を与える無地の封筒で、中身もペラッとした紙が1枚だけ折り畳まれた状態で入っていた。
封筒から紙を引っ張り出すと、簡素な文章が淡々と並んでいるだけである。味気のない文章はこう記してあった。
アズマ・キクガ殿
貴殿を呵責開発課から記録課への転属を認める。
冥王ザァト
記録課課長 レイモンド・カタラーナ
どうやら異動願いは無事に受理されたらしい。
「もう1通は?」
「辞令な訳だが。記録課への転属が決定された」
「おお、よかったな!!」
オルトレイは本当に嬉しそうに語る。
ただでさえ呵責開発課では役に立たず、毎日のようにオルトレイ手製のおやつを食べては異世界の技術を紙に書き留めるだけの仕事しかしていなかったが、ようやく自分の持てる技術で戦える場所に辿り着けた気分だ。人手が足りなくなってしまうのは少し罪悪感がない訳でもないが、これも冥界を変える為である。寂しいのは我慢だ。
キクガはオルトレイへと向き直ると、
「今まで世話になった訳だが」
「何を言う、お前の戦いはこれからだろうに。俺はせいぜい、お前の背中を押してやるぐらいしか出来ん」
オルトレイはキクガの頭を撫でると、
「まあでも、異世界の技術を聞きに記録課へ押しかけるやもしれんがな」
「その時はいくらでも話す訳だが。まだ色々とネタはある」
「楽しみだな、次はお前からどんな話が聞けるのだろうなぁ!!」
弾んだ声を上げて紅茶の準備をし始めるオルトレイを眺めつつ、キクガは1通目の手紙を一瞥した。
(……記録課の仕事に慣れるまで、せめて1週間後の日取りで設定することにしよう)
返信の文章を頭の中で組み立てるキクガは、静かに紅茶が出てくるのを待つのだった。




