【第8話】
ユフィーリアに案内された喫茶店は、小洒落た外観が特徴的な店だった。
日当たりのいいテラス席には多くの利用客が見受けられ、店内にもちらほらと利用客の存在が確認できる。店も静かな雰囲気が漂っており、少しお茶を楽しむ程度ならば居心地がよさそうな店だ。
キクガたちが通されたのは、店内の角の座席である。他の利用客からは少し距離があるので、内緒の話も出来そうであった。胸糞の悪い話も聞かれないで済むことだろう。
注文を聞きにきた店員へ適当に注文したユフィーリアは、「さて」と話を切り出す。
「まーだ納得できてなさそうな顔をしてるな。あそこでエドが止めなかったら何してたつもりだ?」
「殺そうと」
「止めてよかった。エド、よくやった」
ユフィーリアがエドワードの頭をぐりぐりと撫でる。撫でられている方のエドワードは「ちょっとぉ、髪の毛が乱れるじゃんねぇ」と苦言を呈するものの表情は緩んでいる。
「言って納得してもらえるか分からないが、ありのままを話す。一部の魔法使いや魔女の家系は、冥界の私物化を主張している」
「冥界の私物化?」
「いわゆる『死後の世界は俺たちが牛耳っている。俺たちの言うことを聞いていれば、死んだあとはよしなにしてやる』という感じだな。冥王に口利きできるとでも思ってんだろ」
「何だね、それは。荒唐無稽な話な訳だが」
キクガは低い声で唸った。
冥界の私物化とは笑わせる。そんな傲慢なことが罷り通れば、死後の世界など崩壊するだろう。
いいや、あるいはすでにそうなっているから冥界は崩壊寸前まで進んでしまったのかもしれない。冥王の裁判でも誤審が起きる訳である。
「冥界に連れて行ってやろうか……」
「何て?」
「何でもない。少し独り言を」
不思議そうに首を傾げるユフィーリアに、キクガは微笑んで誤魔化した。冥府総督府の関係者であることを知られてはいけないのに、余計なことを喋りそうになった。
「で、その私物化を実現するのが生贄って話だ。あの子供はいずれ冥王に捧げられる生贄となるだろうよ」
「そんなことをしても冥王の法廷に立たされるだけでは?」
「さあな。その私物化の供物の行く末なんて知らねえよ。冥界なんて死ななきゃ行けねえ世界なんだから」
あまりにも投げやりなユフィーリアの言い方に、キクガは言葉を詰まらせた。
普通の常識では、冥界は『死ななければ行くことはない世界』である。死者が現世の壁を乗り越えることはない。それが出来てしまうキクガが異常なだけだ。
あの子供が将来、冥界を私物化する為の生贄として法廷まで送り込まれたその時は、冥王はどんな判断を下すのだろう。所定の刑場に落とすのか、それとも冥界の住人にするのか。そんな出来事に遭遇したことがないので、キクガでは想像がつかない。
だが、止めなければならないのは事実だ。子供がみすみす殺される現実に黙っている訳にはいかない。
「何も出来ないのかね? 止めたりなどは」
「残念だがな、無理な話だ。何せ『魔法』を理由にすれば殺人だって正当化されるご時世だぜ」
ユフィーリアは肩を竦めると、
「魔法ってのは神秘性が高く、由緒正しいお貴族様や金持ちしか使えないって触れ込みだ。しかもその仕組みを明かすことはない。『魔法の為に必要な犠牲だ』とでも言えば信じちまうのが今の世の中だ」
「それでは無秩序に魔法を使いたい放題されるではないか。何とかならないのかね」
「どうにもならない。誰かが声を上げたところで、世界が聞いてくれるはずもない」
キクガは愕然とした。
ユフィーリアの言い方は、もはや世界を変えることなど諦めている様子だった。「誰が何を言っても無駄だ」と割り切っていた。
確かに少数の人間が声を上げたところで、その意見は大多数に封殺されてしまう。人間社会とは得てしてそういう傾向がある。目の前の魔女が諦めの感情を抱くのも無理はなかった。
だが、それで諦めるようなキクガではない。
「では、法律で縛るという手段は有効かね?」
「法律で? 新しい法律を制定するってのか?」
「内容はこれから考える。だが、非現実的な話ではない訳だが」
魔法の使用を制限する法律を制定すれば暴動は間違いないだろうが、使用用途を制限する法律ならば反発も少数で済むのではないだろうか。無制限に、無秩序に魔法を使うのではなく、正義の為に、世の中の為に、人間の善性の為に使用するのが正しいやり方ではないか。
内容の精査はこれから持ち帰って検討することになるが、悪い方法ではないとキクガは考える。秩序をもたらすには法律が必要だ。
ユフィーリアは少し考えてから、ちらと隣のエドワードを見やる。それから、
「そんな法律が制定されれば、アタシは諸手を挙げて賛成しよう。難しいだろうが、悪い話じゃない」
「そう言ってくれるとありがたい訳だが」
話がまとまったところで、店員が紅茶のカップとポットを運んできた。それをキクガたちが利用するテーブルの上に置き、恭しくお辞儀をして立ち去った。
キクガが紅茶のポットからカップへ中身を注ごうとしたところ、エドワードが率先して動いてくれた。飴色の液体が紅茶のカップに並々と注がれ、花の香りが鼻孔をくすぐった。
湯気が立ち上るカップを恨めしげに眺めていたユフィーリアだが、唐突に思い出したように「そうだ」と口を開く。
「オートマチックライターの件はどうしようか」
「予定は中央魔法裁判所のルージュ・ロックハート女史を経由して手紙を出してほしい訳だが。少々手紙が届きにくい場所に住んでいるもので」
「龍帝国にはそんな場所があるんだな。ルージュなら知り合いだし、そうしておく。こっちはいつでも大丈夫だから、キクガさんの予定に合わせるよ」
「助かる訳だが」
そんな約束を交わしたあとは、雑談に花を咲かせることになった。
やはりオルトレイの娘なだけあるのか、ユフィーリアは話し上手でキクガもだいぶ助かった。




