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異世界出身の獄卒、アズマ・キクガは上昇《のぼ》りたい  作者: 山下愁
第6章:現世へ

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【第7話】

 結果から言えば、キクガは文句なしの首席合格であった。

 他の受験者は全滅であった。



「何と」


「落ちるわ、そりゃ」


「化け物が隣にいれば誰でも萎縮いしゅくするよぉ」


「化け物……」



 自分が化け物扱いされていることにようやく気づいたキクガは、エドワードの正直すぎる表現にちょっぴりしょんぼりと肩を落とした。


 試験ではオルトレイからつけてもらった練習通りに出来たが、他の受験者はキクガの化け物っぷりが圧力あつりょくをかけてしまったようで思うように成績が出なかったらしい。合格者発表として張り出された紙にはキクガの受験番号しか書かれていなかった。

 別に圧力をかけたつもりは微塵みじんもないのだが、止まることなくタイピングをするキクガに誰もが恐れをなしたらしい。「あんな勢いでオートマチックライターを打ち込める奴はいない」とユフィーリアからありがたいお言葉をもらった。


 とりあえず無事に合格証を受け取ることが出来たキクガは、



「これで仕事に活かせる訳だが」


冥府書記官めいふしょきかんの資格を活かすような職業って?」


「書き物をしていると必要になってくる訳だが」


「なるほど?」



 ユフィーリアの疑問へ適当に誤魔化ごまかしたキクガ。危うく冥府総督府めいふそうとくふの関係者であることが知られるところだった。



「それにしてもあそこまで速く打ち込むことが出来るのはすげえな。何かコツでもあるのか?」


「ひたすら練習にはげむのみだが」



 コツと聞かれても、反復練習はんぷくれんしゅうぐらいしか思いつかない。キクガとて最初はあそこまで速く打ち込むことは出来なかったのだ。

 タイピング練習用のゲームなどでひたすら反復練習をこなせば自然と手元を見ずに打ち込むことが出来るようになったし、日々仕事をこなしていけば他人の話している言葉を文章にまとめることも可能となった。全ては慣れである。


 とはいえ、キクガにとっては慣れっこなものだが、異世界の人間からすれば物凄い技術なのかもしれない。オルトレイも驚いていたぐらいだ。



「もしよければ上達じょうたつするように指導しどうする訳だが」


「本当か!?」


「本当にぃ?」


「おっと」



 ユフィーリアとエドワードの食いつきが半端ではなかった。勢いが凄すぎてキクガも思わずったぐらいである。



「そこまで上達したいのかね? 練習すればいつかは出来そうなのだが」


「いやいや、冥府書記官めいふしょきかんの資格を甘く見たらダメだ。あれの合格率は100人受験して1人合格できるかどうかだぞ」


「ユーリなんか3回も受験して落ちてるんだよぉ。今回で4回目だけどぉ」


「何と」



 あまりの合格率の低さに、キクガは驚きを隠せなかった。しかもユフィーリアは4回も受験して4回とも不合格になっているとは想定外の出来事である。元の世界の人間が同じ資格を受験したらポンポンと合格者を出せそうなものだが、この世界ではどうもそう簡単にはいかない資格らしい。

 そう思ったのだが、ユフィーリアの「まあ、識字率しきじりつもあまりよくねえからなぁ」というつぶやきで納得できた。キクガの元の世界の識字率は高く、文字の読めない・書けない人間はほとんどいなかった。基準が全然違うのだ。不合格者が多くても仕方がない。


 キクガは「分かった」とうなずき、



「私が出来ることであれば協力する訳だが」


「助かるわ。ああ、具体的な指導日とか話をめたいから、この近くの喫茶店にでも行こうぜ。よかったらめしおごるよ」


「本当かね。実は受験代以外の持ち合わせがなくて困っていたところな訳だが」


「ちょうどいいな。ええーと、喫茶店はどっち方面だったかな……」



 ユフィーリアが周囲に視線を巡らせ、喫茶店の位置を探る。エドワードが「あっちじゃなかったっけぇ?」と言い、ユフィーリアが「あっちの喫茶店は飯が不味いからやだ」と返す。再び彼らだけにしか分からないやり取りが交わされることとなってしまった。


 手持ち無沙汰ぶさたになったキクガが中央魔法裁判所の正面玄関へ視線をぐるりと巡らせると、ふらふらと覚束おぼつかない足取りの子供がキクガのすぐ側を通り過ぎた。顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうな雰囲気がある。

 その子供は、今しがた入ってきたばかりの身なりのいい男に歩み寄った。おそらく父親だろう。その子供が父親に何事かをつぶやくと、彼の顔色が変わった。



冥府書記官めいふしょきかんの資格に落ちただと? ふざけるな、この愚図ぐずが!!」



 父親の怒号が中央魔法裁判所内に響き渡り、それまでにぎやかだった正面玄関が水を打ったように静まり返る。


 随分と教育熱心な父親である。子供の年齢は10歳にも届いていない見た目をしているのに、冥府書記官の資格に挑戦させられるとは可哀想かわいそうなことだ。あの年齢だったらまだ遊びたい盛りだろうに。

 思えばキクガも継母が教育熱心で、やりたくもないのに習い事ばかりをさせられた記憶がある。特にピアノにかける情熱は凄まじいものがあり、朝も夕もピアノの練習ばかりさせられたので、継母のピアノの弦全てを断ち切った上で灯油をいて燃やしてやった。キクガの残虐性ざんぎゃくせいはそこから始まったのかもしれない。


 若人わこうどよ反抗しろ、とキクガが密かに応援するのをよそに、父親は子供の華奢きゃしゃな両肩を掴んで叫ぶ。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


「は?」



 キクガの口から思わず声が漏れていた。


 冥王の元に行けない?

 何故、その年齢から死後の世界のことを想定する必要がある?


 冥界は、現世で思い切り自分の人生を楽しんだあとにやってくるべきである。相手はまだ子供だ、死後の世界のことを考えるには早すぎる年齢だ。

 あの口振りでは冥府書記官めいふしょきかんの資格を取ったら即座に死ねと言っているようなものではないか。異常なやり取りである。子供を何だと思っているのか。


 せめて何か言ってやろうと思ったキクガの身体を、太くてたくましい腕が軽々と抱き留める。弾かれたように顔を上げると、無表情のエドワードがキクガを制していた。



「……離してくれないかね」


「他人の家庭事情に首を突っ込むのはよくねえぞ、キクガさんよ」



 ユフィーリアは子供を引きずって中央魔法裁判所から立ち去る父親の背中を見送ると、



「理由は喫茶店で説明してやる。だから今は我慢してくれ。首を突っ込んで余計にこじれたら、あの子がどんな目に遭うか分からん」


「…………承知した」



 我が子をさとすような静かな声音に、キクガは頷くしか出来なかった。

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