【第6話】
席に座ってから数分、試験監督が第3講義室に入ってきた。
「静粛に」
そんな厳しい声と共にやってきた試験監督は、全体的に赤い魔女だった。
緩やかに巻かれた赤い髪は色鮮やかで美しく艶やか、意志の強さを宿した紅玉の瞳が受験者たちを品定めするように見回す。気の強さを思わせる顔立ちは『デキる女』という印象を見る相手に与え、白磁の肌は丁寧に手入れが施されているようでシミやシワなどが一切見当たらない。
髪や瞳、口紅だけではなく、身につけたドレスまでもが真っ赤である。赤色の濃度は部位によって異なるものの、全体的には赤色だけで統一されており網膜に容赦なく焼き付けられる。瞼を閉じても、彼女の鮮烈な赤色が残像としてよぎりそうだ。よほど赤色が好きなのだろう。
第3講義室に置かれた講演台の前までやってきた真っ赤な魔女は、受験者の名前が記載された紙束を講演台に広げる。それを一瞥することなく、キクガたち受験者の顔を再度ぐるりと観察した。
「本日、試験監督を務めることになりましたルージュ・ロックハートですの。よろしくお願いいたしますの」
流れるようにお辞儀をする試験監督――ルージュ・ロックハート。
オルトレイの話では、中央魔法裁判所に務める裁判官の中で最高位に君臨する裁判官の中の裁判官らしい。表裏一体である冥府総督府の中に於ける冥王ザァトと同じ立ち位置と見ていいだろう。
彼女は、冥府総督府の関係者であるキクガの受験を知っている数少ない人物の1人だ。冥府総督府の関係者が現世で資格試験を受けることを多くの人間に知られてはならないので、わざわざ試験監督を請け負ってくれたのだろう。
胸中でキクガがルージュに対してお礼を言うのをよそに、彼女の説明は続いていく。
「試験内容は問題文を録音した特殊な耳当てを配布いたしますの。その耳当てから問題文である音声が流れてきますので、その文章を正確にオートマチックライターで入力するように」
ルージュは「なお」と言葉を続け、
「機材に細工や、魔法薬の使用などは認められていませんの。不正が発覚し次第、不合格とさせていただきますの」
そんな不正があるのか、とキクガは少しだけ驚いた。魔法の世界にもドーピングの概念があるのか。
「それでは耳当ての配布をしますの。装着は合図をしてから装着しなさいですの」
ルージュがそう言うと、軽く右手を掲げた。その手にはいつのまにやら、真っ白な枝に薔薇が絡み付いた細長い棒が握られている。
よく見ると、どうやら魔法の杖のようである。あんな洒落たデザインの魔法の杖があるのかとキクガは驚きが隠せなかった。ちょっと羨ましい。
どうでもいいことを考えるキクガの視線など気にした様子もなく、ルージュは魔法の杖を一振りした。すると、
「わ」
「どうした、急に」
「いきなり目の前にヘッドフォンが」
「へっど、何だって?」
「何でもない」
急にヘッドフォンが出現したことで、キクガは思わず声を出してしまった。その声に反応したユフィーリアが不思議そうに首を傾げる。
ルージュは耳当てと言っていたが、どう見てもヘッドフォンである。耳に当てる部分はスピーカーになっているし、コードがどこにも繋がっていないヘッドフォンだ。きっと元の世界にあるものでもかなりの高性能なヘッドフォンかもしれない。使ったことはないが。
どこからともなく出現したヘッドフォンに警戒するキクガに、ユフィーリアが「何をそんなに驚くんだよ」と軽く笑う。
「ただの転送魔法だろ。まあ驚くのも無理はないかもしれねえけど」
「受験者全員へ一斉に配布できるのはなかなかの腕前だと思う訳だが」
「そりゃそうだろ、ルージュは最高裁判官だぞ。魔法の腕前がなきゃなれねえ立場だ」
ユフィーリアの説明に、キクガは納得する。確かにそれはそうである。
ルージュが「では、耳当てを装着なさい」と許可を出し、受験者が一斉に目の前のヘッドフォンを頭に装着した。キクガも同様にヘッドフォンを装着する。
このヘッドフォンはどうやら雑音を遮断してくれるようで、装着した途端に周囲が静寂に包まれた。受験者たちが一言も喋っていないという理由もあるだろう。ヘッドフォンを装着した受験者は、目の前に置かれたオートマチックライターへと向き直る。
『これより試験問題が流れます。流れてくる文章を正確に入力してください。入力できた文字数によって合否が判定されます』
ヘッドフォンから音声が流れてきた。しかも平坦な女性の声である。元の世界の機械音声にもよく似ていた。
『聖和暦804年、レティシア王国第38代目国王ブラッセリーが始めた東洋進軍によって龍帝国と武力衝突が勃発し――』
流れるように読み上げられる文章。
キクガは滑らかに耳元で読み上げられる文章を、オートマチックライターで打ち込んでいく。台座に挟まれた紙に文字が順調に踊る。
読み上げられる文章の速度は一定なので、キクガの入力速度もその速さに合わせて緩められた。本当はもっと速く打てるのだが、文章を予想して打ち込む訳にもいかないので、読み上げられる文章へ寄り添うようにしてカタカタとオートマチックライターに指を這わせた。
その入力速度は、他の受験者からすれば異常である。
「え、ちょ」
「速くない?」
「ていうか全然止まらないんだけど……」
他の受験者が戦慄の目をキクガに向ける。
「お、おい、止まる気配がねえぞこいつ……」
「ど、どうなってんのぉ……?」
そして隣に座るユフィーリアとエドワードも、何か恐ろしいものでも見るかのような視線を寄越してきた。
――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタチーン。
――カタカタカタカタカタカタカタチーン。
――カタカタチーン、カタカタカタカタカタカタカタチーン。
改行するたびに鐘の音が鳴り響く。
淀みのないタイピングを披露するキクガに、受験者全員が化け物でも見るかのような眼差しを向けていた。そのせいで入力が疎かになり、慌てて自らも入力を始めてもキクガの速度と正確性には誰にも追いつけなかった。




