【第5話】
「へえ、東の方から。その黒髪だと、じゃあ龍帝国かな」
「いいなぁ、あそこって美食大国って言われてるじゃんねぇ。お腹いっぱいに屋台飯とか食べてみたいよぉ」
「店が破産するから止めろ」
「財布の方ではなく?」
銀髪碧眼の美女と筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の巨漢に案内され、キクガは『第3講義室』と呼ばれる場所までやってきた。
同じように冥府書記官の試験を受ける人間で溢れ返っており、中には子供の姿まで確認できる。緊張した面持ちの子供があんな難しい試験を受けるというのだろうか。まあ、入力の腕前に長けていれば子供でも受験できそうではあるが。
開け放たれた第3講義室の扉から伸びる行列に並んだキクガたち3人は、
「君たちはどこから?」
「すぐ近所」
「何言ってんのぉ、この魔女様ぁ」
しれっと答える銀髪碧眼の美女の隣で、筋骨隆々の巨漢がジト目で言う。
「この人ぉ、魔法が得意だから移動も魔法だよぉ。指をパチンと弾けばもう家から中央魔法裁判所じゃんねぇ」
「お前もその恩恵を受けてるじゃねえか。帰りは置いてくぞ」
「ごめんなさい、連れて帰ってください。ご飯作りますので」
「2日間な」
「2日間で済ませてくれるのは優しい」
2人の間で何やらやり取りがなされ、さらに罰則までも済ませられてしまった。急展開すぎて分からないが、とりあえず解決したということでいいのだろう。
それにしても、魔法とは便利なものである。オルトレイから魔法についての授業をいくらか受けているもののキクガは微塵も魔法を使うことが出来ないので、知識だけが無駄に増えていく一方だ。冥府天縛を使うことが出来るのが、キクガが魔法使いや魔女に対抗できる唯一無二の手段である。
すると、
「はい、次の方」
どうやらキクガたちの番が回ってきたようだった。
第3講義室の前に門番よろしく待機していた受験の監督官らしき男が、キクガに向けて右手を差し出して「受験票をご提示ください」と要求してくる。元の世界で資格の試験を受けた時の感覚を思い出した。
オルトレイからあらかじめ預かった受験票を提示するキクガ。受験票を受け取った男は矯めつ眇めつ受験票に書き込まれたキクガの名前を観察する。
「ご本人確認をします。お名前は?」
「アズマ・キクガな訳だが」
「はい、確認できました。座席は自由です、お好きな場所に座ってお待ちください」
あっさり通されてしまった。生年月日まで言わされるのかと覚悟していたが、そうでもないらしい。
キクガは第3講義室に足を踏み入れた。
等間隔に並べられた長机の上に、オートマチックライターが設置されている。キクガも見覚えのある形式のものだ。変な形をしていたら戸惑ってしまうが、一般的な形をしていればキクガも問題なく試験に臨めそうである。
さて、残りの2人を待とうと思って入り口付近で待つキクガに、銀髪碧眼の美女が受験票の確認作業のやり取りをする声が聞こえてきた。
「本人確認をします。お名前は?」
「ユフィーリア・エイクトベル」
「はい、確かに」
銀髪碧眼の美女が第3講義室にやってくると、次はあの筋骨隆々とした男が確認作業のやり取りをしていた。
「本人確認をします。お名前は?」
「エドワード・ヴォルスラムでぇす」
「はい、確かに」
無事に確認作業を終えて、筋骨隆々とした男も第3講義室にやってきた。
キクガは彼らの名前を聞いて驚きが隠せなかった。
銀髪碧眼の美女は『ユフィーリア・エイクトベル』と、そして筋骨隆々とした巨漢は『エドワード・ヴォルスラム』とそれぞれ名乗った。本人確認もそれで通過してきた。つまり、あれらは彼らの本名となる。
固まるキクガをよそに、そのユフィーリアとエドワードは「どこ座るよ」「どこでもいいんじゃない?」とやり取りを交わす。
「出やすいところにするか」
「じゃあ入り口に近いところでぇ……あれ?」
エドワードがキクガへと振り返ると、
「キクガさんだっけぇ? どうしたのぉ?」
「ああ、いや」
我に返ったキクガは、ユフィーリアとエドワードにそれぞれ視線を巡らせる。
「ユフィーリア・エイクトベル君と、エドワード・ヴォルスラム君でよかったかね」
「そうだけど。ああ、名乗るの忘れてたか。悪いな」
「うん、そうだよぉ」
ユフィーリアとエドワードはそれぞれ頷く。それから不思議そうに首を傾げた。
「何かあったか?」
「…………」
キクガは思わず「君たちの父親に世話になった」と正直に言いそうになった。冥界で彼らの父親に世話になったのは事実だからである。
我が子がどこで生きているのかさえ分からない中、こうして巡り会えたのは何かの奇跡だ。この感動を冥界で待っていてくれているオルトレイやアッシュにも伝えてやりたいところであるが、キクガが冥界からやってきたという事実を彼らに知られてはいけない。
だから、
「昔、君たちのお父様に随分と世話になった訳だが」
「へえ、親父が生きていた頃の知り合いか?」
「ああ」
ユフィーリアは「そうかぁ」とどこか懐かしそうに頷く横で、エドワードは納得できなさそうな難しい表情でさらに首を傾げていた。
「父さんと知り合い? 本当にぃ?」
「随分と昔のことで、まだ君も生まれていなかったはずだ」
「ああ、それなら納得できるかもぉ。狩猟民族だしぃ、そういうこともあるかもねぇ」
エドワードも納得してくれた様子である。「ふぅん、そっかぁ」なんて頷いていた。
「じゃあ、親父の知り合いに格好悪いところは見せられねえな。3人揃って合格しようじゃねえか」
「だねぇ。頑張ろぉ」
「ああ、頑張ろう」
思い出話に浸るのもそこそこに、今は目の前の資格試験に集中するキクガだった。




