【第4話】
中央魔法裁判所とやらに足を踏み入れると、巨大な天秤のオブジェがお出迎えしてくれた。
「立派なものだ」
巨大な天秤のオブジェを見上げ、キクガはポツリと呟く。
2階をまとめてぶち抜いた吹き抜け構造となっている中央魔法裁判所の正面玄関は、多数の人間が行き交っていた。今日が冥府書記官の試験日だからか、受験者だろう人々が集まっているのだろうか。それとも裁判所なので裁判の傍聴か、もしくは関係者かもしれない。
オルトレイから事前に預かった受験票を確認すると、試験はどうやら『第3講義室』と呼ばれる場所で執り行われるらしい。場所がどこなのか分からない。
とりあえずその辺の通行人に第3講義室と呼ばれる場所への道案内を頼もうかと思った時、背後から軽薄な声が聞こえてきた。
「だからいいじゃん、試験を一緒に受けるぐらいさぁ」
「連れがいるって言ってんだろ」
軽薄な声をあしらうのは、百合の花の如き凜とした声だった。
振り返ると、巨大な天秤のオブジェの下で男女が何やら揉めている様子だった。主に男の方が女に「一緒に試験を受けよう」と誘ったらしいが、にべもなく振られた様子である。会話の内容から判断して相当しつこく男の方が女の方に執着していた。
男の方はどこにでもいる中肉中背の一般人のように見えた。人混みに交じれば誰が誰だか分からなくなる程度には、飛び抜けて目立つ印象は全くない。ただ声が異常に大きいので、この静かな中央魔法裁判所では悪目立ちをしていた。
そして女の方は、
「なるほど」
キクガは納得した。
女の方は、飛び抜けて美しかった。そこに立っているだけで絵画にでもなりそうなほど容姿に優れており、視線1つで世の中の男性を従わせてしまいそうな雰囲気がある。まさに魔性の女と呼ぶに相応しい。
透き通るような銀髪と色鮮やかな青い瞳、陶器の人形を凌駕する整った目鼻立ちと白磁の肌。喪服を想起させる真っ黒なドレス姿だが、肌の白さを際立たせる黒装束が余計に彼女の美しさを引き立たせる。『黒は女を美しく見せる』とはどこかで聞いたが、まさにその通りだと改めて実感した。
あの男は銀髪碧眼の美女を前に狂ったようだが、魅了した自覚がないのか女は鬱陶しそうな表情で拒否の姿勢を貫く。その声にも若干の苛立ちが混じり始めていた。
「ふむ」
キクガは少しだけ考えて、
「止めなさい、彼女は嫌がっている訳だが」
「あ?」
銀髪碧眼の美女とモブ男の間に割って入り、キクガは制止を呼びかける。
「誰だお前、邪魔すんな」
美女との逢瀬を邪魔され、怒りを露わにした男がキクガの胸倉を掴んだ。オルトレイから借りたシャツに皺が寄る。せっかくの借り物なのに何と言う乱暴なことをしてくるのか。
ここで暴力を振るわれる訳にはいかないので、先手必勝――というか胸倉を掴まれたので正当防衛を主張すべくキクガは相手の顎に拳を叩き込んだ。見事なアッパーカットだった。
顎へモロに攻撃を食らった男はそれはそれは綺麗な放物線を描いて吹っ飛ばされ、大理石の床に背中から叩きつけられる。相手が起き上がろうとしたので、キクガはすかさず額を蹴り付けて再び床へ縫い留めてやる。
「止めろ、と言ったのが聞こえなかったのかね」
怯えたような表情の男を見下ろすキクガは、
「次は全裸に剥いて外に放り出す。社会的に死になさい」
「ひッ、ひいッ」
男はキクガの声から、その行動が本気であると悟ったようだ。引き攣った悲鳴を上げると、四つん這いになりながら中央魔法裁判所から逃げ出す。
逃げていく男の背中を見送ってから、キクガは銀髪碧眼の女の方へ振り返った。
キクガの暴行現場を目の当たりにした彼女は、何故か指を差してケラケラと笑っていた。何がそんなに面白かったのだろうか。
「……大丈夫かね?」
「ふッ、ふふふッ、あれだけ強気だったのに殴られただけで屁っ放り腰になるなんて情けねえったらねえわ……ふひひッ、おっと」
キクガが声をかけたことに気づいた銀髪碧眼の女は、軽く咳払いをしてから応じる。
「助かった。何度断ってもしつこいもんでな」
「それはよかった」
キクガは軽く微笑み、
「ところでつかぬことを聞くが」
「何だ? 助けてもらったお礼だ、個人情報以外なら教えてやるが」
「第3講義室の場所を知りたい訳だが。初めて中央魔法裁判所で冥府書記官の試験を受けるので、どこに何があるのか分からない」
「へえ、初めて試験か」
銀髪碧眼の女は「なるほどな」と頷き、
「実はアタシの連れも初試験なんだよ。ここで会ったのも何かの縁だ、一緒に試験を受けるか?」
「いいのかね。先程の男性は断っていたが」
「しつこい男は嫌いだが、お前は助けてくれた恩もあるしな」
にこやかに応じる銀髪碧眼の美女。何だかオルトレイを想起させる面倒見のよさである。きっと彼を女性のようにすれば、目の前の美人みたいになるだろうか。
試験会場がどこか不安だったが、一緒に試験を受けてくれるのであれば心強い。試験に受かる自信はあれど試験を受けられなければお話にならない。
すると、
「おい」
キクガの背後から、低い声。
「テメェ、ウチの魔女様に何の用だ?」
振り返ると、見上げるほどの筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》とした巨漢が仁王立ちしていた。キクガもそれなりに身長は高い方だが、相手はそれ以上に高い。
白いシャツ越しに浮き彫りとなる鋼の肉体は彫像の如く美しく、顔立ちは狼を想起させる野性味に溢れた印象がある。明るい灰色の髪を肩まで伸ばし、後頭部でハーフアップにまとめているが、側頭部を刈り上げているのでワイルドさが際立つ。銀灰色の鋭い双眸が、真っ直ぐにキクガを貫いていた。
ウチの魔女様、ということはこの銀髪碧眼の美女の関係者だろう。つまり彼女の連れということで。
「戦友よ、今日の試験を共に乗り切ろう」
「ええッ!? ちょっと待ってぇ、ウチの魔女様をナンパした下衆野郎じゃなくて何でこっちに来るのぉ!?」
「うははははは!!」
「笑ってないで助けてよ魔女様ぁ!!」
いきなり手を握ったことで警戒心から恐怖心へと変換されてしまい、キクガは見上げるほどの巨漢を危うく泣かせる羽目になった。うっかりである。もう一度言うが、うっかりである。




